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第12章︰出会いと別れの先
第109話
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「ごめんねルカ。君も危ない身なのに…。」
甲板で海を眺めていた僕の元に、クラーレさんがやってきた。
「いえ…。今は僕よりも、アリサの方が心配です。」
「それなんだけど…。連れ去った犯人はどうやら吸血鬼みたいなんだ。」
「な、なんで吸血鬼が?」
「目的はわからないけど…アリサを吸血鬼の領土に連れて行かれちゃってね…。僕達が吸血鬼の領土に乗り込むのは危険だから、ヴェラに探してもらってるんだ。けど、彼女1人じゃ流石に時間がかかるから、ルカの協力が必要になってね。」
「のんびり船に乗ってる場合じゃないかも…。どうにかして探せないかな…」
「焦ったら駄目だよルカ。まずはヴェラの報告を待つべきだと思う。」
「わかりました…。」
「体調の方はどう?血は足りてる?」
「あ、はい。使ってなかったので今は溜まってます。」
身につけたブレスレットに視線を落とすと、無色透明だった宝石は鮮やかな赤色に変化していた。このブレスレットが、「お前は吸血鬼なんだぞ。」と主張しているように感じた。
「マスター。ルカくーん。どこー?」
「ん?イルムかな?」
「そうみたいですね。イルムー!こっちだよー!」
彼女に向かって手を振ると、それに気づいた彼女がこちらに駆け寄ってきた。
「この船大きいからあちこち探し回っちゃった…。テト様が、2人の事を呼んでました。お部屋でお待ちです。」
「わかった。行こうルカ。」
「ありがとうイルム。ちょっと行ってくるね。」
クラーレさんの後ろをついていき、船内にあるテト様の部屋にやってきた。
「悪いね…呼び出して。座ってくれる?ルカくんと話をしたかったんだ。」
「僕と…ですか?」
「うん。君はルナの身体の中にいたんだよね?ルナがどんな風に生活してたか、聞いてみたくて。」
「ですが…。僕のせいで、ルナは…。」
「君のせいじゃない。クラーレから事情は聞いてる。これは人間と吸血鬼の間で起きた問題だよ…。それに巻き込まれた君達は、被害者なんだ。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると…救われるような気がします…。僕が見ていた所しかお話できませんが…それでもいいですか?」
「うん。お願いするよ。」
それから僕は、レジデンスでの暮らしやエーリで彼女が学んだ事について話をした。その中で出会った多くの吸血鬼達と友達になり、楽しい生活を送っていた事を彼に伝えた。
「そっか。楽しく暮らせてたなら安心したよ。」
「はい。僕も、ルナやミグと過ごせて、とても楽しい時間が…」
「え?ミグ?」
「あ…。」
僕は話の流れのまま、死んだはずのミグの名前を口にしてしまった。
「ミグと会ったの?どこで?いつ?」
「それは…その…。」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣に座っていたクラーレさんがその場に立って、彼に向かって頭を下げた。
「テト様…。申し訳ありません。彼本人の要望で、テト様には亡くなったとお伝えしたのですが…。実は、ルナの使い魔として、常に彼女を支えていたんです。」
「じゃあ…死んでなかったって事?今も生きてるの?」
「使い魔というのは…契約者である吸血鬼に一生ついて回り、契約者が死ぬと使い魔自身も消えてなくなります。彼は…それを承知の上で、ルナの使い魔になりました。使い魔は、人間でもなければ吸血鬼でもありません…。テト様に、余計な心配をかけたくなかったんだと思います…。」
「ミグ…。」
「僕は今でも、どこかでルナが生きていると思ってます。だからミグも、どこかできっと…!」
「やっぱりね…。ミグが死んだなんて、正直信じてなかったんだ。」
「そ、そうなんですか…?」
「うん。あのミグだよ?そう簡単に死ぬ訳ないよ~。」
「は、はぁ…。」
「ねぇルカくん。よかったら、ミグの話も聞かせてくれない?吸血鬼に囲まれた状態で、どんな風に暮らしてたか興味があるよ。」
「あ、はい!できる限りお話します!」
「あぁ。それでその髪飾りとブレスレットを付けてるんだね。」
「はい。いつかルナに返そうと思ってるので…。」
「ルナの事もだけど、ミグの話を聞けてよかったよ。帰ったら墓地に行って、シグに報告しなきゃ。」
「え?シグさん…亡くなったんですか?」
「あー…うん。騎士団の任務で遠出した時にね…。吸血鬼にやられちゃったんだ…。」
「きゅ、吸血鬼に…ですか?」
「あ、でも、ルカくんの事を攻めてる訳じゃないよ?シグは僕の執事だけど、騎士団を率いる団長まで務めてるくらい強かったから、それを倒した吸血鬼はきっとものすごく強く…」
「き、騎士団の団長…?騎士団の長…って事は…まさか…。」
僕は、ルナが人を殺した罪で地下牢に閉じ込められた時の事を思い出した。あの時揉み合いになった人間は、アリサと共に行動していた。そして彼女は、彼の事を騎士長と呼んでいた。
僕はテト様の話を聞いて、彼の正体に気づいてしまった。あの時ルナを襲い、ミグが殺してしまった人間が、シグルドさんだったという事に。
「…うっ!」
「ルカ…!?」
僕は口元を手で抑え、部屋を飛び出した。突如襲ってきた吐き気を抑えきれず、海に向かって吐き出した。
「どうしたのルカ!大丈夫!?」
「ご、ごめんなさい…ちょっと吐き気が…。」
「部屋に行こう。ヴェラから薬を預かってるから、診てあげる。」
「すみません…。」
「少し落ち着いたかな?」
「はい。もう大丈夫です…。」
僕はベッドの上に横になり、彼は側に椅子を寄せて腰を下ろした。
「テト様の話で動揺してたみたいだけど…何かあったの?」
「実は…。」
ミグが殺してしまった人間が、シグさんかもしれないという話を彼に話した。
「そんな…本人はシグさんだって事、わかってなかったの?」
「はい…。仮面をつけてたので、顔がわからなかったんです。」
「そっか…。ルナを襲ったのが、シグさんだって事…知らなくて良かったかもしれないね…。」
「…。」
僕はこういう時、自分だったらどう思うか…そんな事ばかり考えてしまう。
僕にとっての親はクラーレさんであり、自分の勘違いで彼を殺してしまったとしたら、どれだけ自分を責めるだろうか。知らない方がいいと思う気持ちと、知らず知らずのうちに死に追いやってしまった罪悪感が、胸を締め付けた。
「考えてもしょうがないよルカ。今はゆっくり出来る時間だと思って、身体を休めて。」
「はい…。」
彼が部屋から出ていくと、静かになった部屋の中で目を閉じた。
「んん…。」
重たい瞼をゆっくりと開くと、色とりどりの花が咲いている丘の上で目を覚ました。天気は快晴、心地よく吹く風が草花の香りを運んでくる。
「ここ…どこだろう…。」
初めて見るその景色に戸惑いつつ、丘の端の方に歩いて行くと離れた所にお城が建っているのが見えた。
「あんな大きなお城…サトラテールにしかないはずだよね?変だなぁ…ここは夢の中のはずなのに…。」
「あちらは、ミッド王国が建国した際に建てられたミッド城でございます。」
「…だ、誰!?」
後ろを振り返ると、黒の執事服を着た男性が立っていた。
「え…シグさん…?」
「覚えて頂けて光栄です。紅茶をお入れします。どうぞお座りに。」
彼の隣には、いつの間にか用意された椅子とテーブルが置かれていた。その不思議な光景に、これが夢だと言う事を実感した。椅子に腰を下ろすと、目の前に温かい紅茶が用意された。
「シグさんは…座らないんですか?」
「私に足はありませんから。立ったままで構いません。」
「ぁ…。」
すぐ目の前にいる彼があまりにも自然だったせいで、彼が亡くなっていた事を忘れてしまっていた。彼の足元は薄くボヤけ、地面に足がついていなかった。
「ごめんなさい…。無神経な質問をしてしまって…。」
「お気になさらず。気になる事がありましたら、なんでもお聞きください。私で良ければお答えしましょう。」
「その…シグさんはここで何をしてるんですか?」
「テト様を見守っているのです。ここは見晴らしもよく、城だけでなく街も一望出来ますから。」
彼はそういうと、お城が建っている方向を向いて遠くの方を見つめた。
「シグさんは、どうしてテト様の執事になったんですか?」
「私の祖先が、代々王家に使える執事の一族だからです。」
「それでミグも…ルナの執事になったんですね。」
「元々ミグは、テト様のご子息が産まれた際に、その方の執事となる予定でした。しかし、テト様がルナ様をお連れになった事で事情が変わり、ミグはルナ様の執事を務める事になったのです。」
「そうなんですね…。」
「予定通りにはいきませんでしたが、ルナ様に仕える事でミグは成長しました。私は最期に、息子の成長を見る事が出来てよかったと思っています。」
「どうして…あの時、ルナを襲ったりしたんですか?あなたは揉み合っている相手が、ルナとミグだった事をわかっていたはずです!それなのにどうして…」
「私の生きる意味、それがテト様をお守りする事だからです。ルナ様がテト様の婚約者であっても、ミグが私の息子であっても、仕える主が危険にさらされる事がわかった以上…私はああするのが得策だと判断致しました。」
「自分の正体を明かしていれば…死なずに済んだかもしれないとは思わなかったんですか?」
「悔いはありません。主を守り、主の為に死んだのだとしたら、それは私の誇りです。」
「どうしてそこまで…真っ直ぐに生きられるんですか?僕は…」
「若いうちは大いに悩みなさい。失敗は若いうちにするものです。何かを守る為には、何かを失わなければならない。…私の父が、口癖のように言っていました。」
「何かを守る為には、何かを失わなければならない…。」
「時間が来てしまいました。あなたはそろそろ、戻らねばなりません。」
「え?時間ってなんですか?」
すると目の前にあった椅子とテーブルが突然消えて無くなり、身体が後ろに倒れていった。
「痛っ……たぁ…!」
背中と同時に頭を打ち、身体を起こして後頭部を手で抑えた。
「あ、あれ…?夢から覚めたのかな?」
身体に掛けていた布団が足元に投げ出され、隣にはベッドが置いてある。地面も草ではなく木の板になっていて、船特有の揺れも感じられた。
床に落ちた布団を元に戻すと、扉を開けて部屋の外に出た。日差しが強く照りつけ、太陽が高い位置に昇っている。
「まだお昼くらいかな…?みんなは何してるんだろう…」
「おーいルカー。もう起きて平気なのかー?」
「あ、ガゼル…!」
海の方を向いていた彼が、部屋から出てきた僕に気づいて声をかけてきた。彼の元に歩み寄ると、足元に魚の入ったバケツが置いてあるのを見つけた。
「釣りをしてるの?」
「あぁ。する事が無くて暇でさ。」
「確かに、船の上って出来る事が限られて来るよね。」
「それより、気分が悪くなって寝てたんだろ?もう平気か?」
「あ、うん…。船酔いしちゃったみたい。クラーレさんに見てもらったし、一眠りしたからもう大丈夫。」
「イルムが心配してたぞ。部屋にいると思うから、顔出てこい。」
「え?そこまでする必要あるかな…?」
「…お前って結構鈍感だよな。」
「へ?それってどういう…」
「いいから行ってこいって。」
「わ、わかったよ…。」
渋々イルムの部屋に向かうと、扉の向こうから彼女が顔を覗かせた。
「ルカくん…!体調悪くなったって聞いたけど…もう大丈夫なの?」
「あ、うん。ごめんねイルム…心配かけて。もう大丈夫だよ。」
「そっか!なら良かった~。今、本を呼んでた所だったの。ちょっとお話しない?」
「うん。いいよ。」
部屋の中に招き入れられると、椅子に腰を下ろした。テーブルの上にはしおりが挟まれた本とティーセットが置かれている。
「ルカくんも紅茶、飲むよね?」
「あ、じゃあ飲もうかな。」
「はい、どうぞ!」
「ありがとう。何の本を読んでたの?」
「“話し方を変えるだけ!声まで良くなる会話術”っていう本。」
「か、変わった本を読んでるね…。」
「そうかなぁ?」
「他には、どんな本を読んだ?」
「えっと…“人生きらめく整頓の魔法”とか…“嫌われる覚悟”…“察する人と察しの悪い人の差”…“新しい私の…”」
「た、沢山読んでるんだね!」
「うん!ルカくんには敵わないと思うけどね…。」
「そんな事ないよ。沢山読んでも、身につく事と身につかない事があるしね。」
「それは私も思うよ。身にならない事ばっかりで…でも、本を読む事自体は嫌いじゃないかな!」
「僕も好きだよ。心が落ち着く気がするんだよね。」
「ルカくんはどんな本を読むの?よかったら教えてくれない?」
「そうだなぁ…例えばー…」
日が暮れて辺りが暗くなるまで、僕達の話は長く続いた。こうして人と本の話をするのは久しぶりで、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
甲板で海を眺めていた僕の元に、クラーレさんがやってきた。
「いえ…。今は僕よりも、アリサの方が心配です。」
「それなんだけど…。連れ去った犯人はどうやら吸血鬼みたいなんだ。」
「な、なんで吸血鬼が?」
「目的はわからないけど…アリサを吸血鬼の領土に連れて行かれちゃってね…。僕達が吸血鬼の領土に乗り込むのは危険だから、ヴェラに探してもらってるんだ。けど、彼女1人じゃ流石に時間がかかるから、ルカの協力が必要になってね。」
「のんびり船に乗ってる場合じゃないかも…。どうにかして探せないかな…」
「焦ったら駄目だよルカ。まずはヴェラの報告を待つべきだと思う。」
「わかりました…。」
「体調の方はどう?血は足りてる?」
「あ、はい。使ってなかったので今は溜まってます。」
身につけたブレスレットに視線を落とすと、無色透明だった宝石は鮮やかな赤色に変化していた。このブレスレットが、「お前は吸血鬼なんだぞ。」と主張しているように感じた。
「マスター。ルカくーん。どこー?」
「ん?イルムかな?」
「そうみたいですね。イルムー!こっちだよー!」
彼女に向かって手を振ると、それに気づいた彼女がこちらに駆け寄ってきた。
「この船大きいからあちこち探し回っちゃった…。テト様が、2人の事を呼んでました。お部屋でお待ちです。」
「わかった。行こうルカ。」
「ありがとうイルム。ちょっと行ってくるね。」
クラーレさんの後ろをついていき、船内にあるテト様の部屋にやってきた。
「悪いね…呼び出して。座ってくれる?ルカくんと話をしたかったんだ。」
「僕と…ですか?」
「うん。君はルナの身体の中にいたんだよね?ルナがどんな風に生活してたか、聞いてみたくて。」
「ですが…。僕のせいで、ルナは…。」
「君のせいじゃない。クラーレから事情は聞いてる。これは人間と吸血鬼の間で起きた問題だよ…。それに巻き込まれた君達は、被害者なんだ。」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると…救われるような気がします…。僕が見ていた所しかお話できませんが…それでもいいですか?」
「うん。お願いするよ。」
それから僕は、レジデンスでの暮らしやエーリで彼女が学んだ事について話をした。その中で出会った多くの吸血鬼達と友達になり、楽しい生活を送っていた事を彼に伝えた。
「そっか。楽しく暮らせてたなら安心したよ。」
「はい。僕も、ルナやミグと過ごせて、とても楽しい時間が…」
「え?ミグ?」
「あ…。」
僕は話の流れのまま、死んだはずのミグの名前を口にしてしまった。
「ミグと会ったの?どこで?いつ?」
「それは…その…。」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣に座っていたクラーレさんがその場に立って、彼に向かって頭を下げた。
「テト様…。申し訳ありません。彼本人の要望で、テト様には亡くなったとお伝えしたのですが…。実は、ルナの使い魔として、常に彼女を支えていたんです。」
「じゃあ…死んでなかったって事?今も生きてるの?」
「使い魔というのは…契約者である吸血鬼に一生ついて回り、契約者が死ぬと使い魔自身も消えてなくなります。彼は…それを承知の上で、ルナの使い魔になりました。使い魔は、人間でもなければ吸血鬼でもありません…。テト様に、余計な心配をかけたくなかったんだと思います…。」
「ミグ…。」
「僕は今でも、どこかでルナが生きていると思ってます。だからミグも、どこかできっと…!」
「やっぱりね…。ミグが死んだなんて、正直信じてなかったんだ。」
「そ、そうなんですか…?」
「うん。あのミグだよ?そう簡単に死ぬ訳ないよ~。」
「は、はぁ…。」
「ねぇルカくん。よかったら、ミグの話も聞かせてくれない?吸血鬼に囲まれた状態で、どんな風に暮らしてたか興味があるよ。」
「あ、はい!できる限りお話します!」
「あぁ。それでその髪飾りとブレスレットを付けてるんだね。」
「はい。いつかルナに返そうと思ってるので…。」
「ルナの事もだけど、ミグの話を聞けてよかったよ。帰ったら墓地に行って、シグに報告しなきゃ。」
「え?シグさん…亡くなったんですか?」
「あー…うん。騎士団の任務で遠出した時にね…。吸血鬼にやられちゃったんだ…。」
「きゅ、吸血鬼に…ですか?」
「あ、でも、ルカくんの事を攻めてる訳じゃないよ?シグは僕の執事だけど、騎士団を率いる団長まで務めてるくらい強かったから、それを倒した吸血鬼はきっとものすごく強く…」
「き、騎士団の団長…?騎士団の長…って事は…まさか…。」
僕は、ルナが人を殺した罪で地下牢に閉じ込められた時の事を思い出した。あの時揉み合いになった人間は、アリサと共に行動していた。そして彼女は、彼の事を騎士長と呼んでいた。
僕はテト様の話を聞いて、彼の正体に気づいてしまった。あの時ルナを襲い、ミグが殺してしまった人間が、シグルドさんだったという事に。
「…うっ!」
「ルカ…!?」
僕は口元を手で抑え、部屋を飛び出した。突如襲ってきた吐き気を抑えきれず、海に向かって吐き出した。
「どうしたのルカ!大丈夫!?」
「ご、ごめんなさい…ちょっと吐き気が…。」
「部屋に行こう。ヴェラから薬を預かってるから、診てあげる。」
「すみません…。」
「少し落ち着いたかな?」
「はい。もう大丈夫です…。」
僕はベッドの上に横になり、彼は側に椅子を寄せて腰を下ろした。
「テト様の話で動揺してたみたいだけど…何かあったの?」
「実は…。」
ミグが殺してしまった人間が、シグさんかもしれないという話を彼に話した。
「そんな…本人はシグさんだって事、わかってなかったの?」
「はい…。仮面をつけてたので、顔がわからなかったんです。」
「そっか…。ルナを襲ったのが、シグさんだって事…知らなくて良かったかもしれないね…。」
「…。」
僕はこういう時、自分だったらどう思うか…そんな事ばかり考えてしまう。
僕にとっての親はクラーレさんであり、自分の勘違いで彼を殺してしまったとしたら、どれだけ自分を責めるだろうか。知らない方がいいと思う気持ちと、知らず知らずのうちに死に追いやってしまった罪悪感が、胸を締め付けた。
「考えてもしょうがないよルカ。今はゆっくり出来る時間だと思って、身体を休めて。」
「はい…。」
彼が部屋から出ていくと、静かになった部屋の中で目を閉じた。
「んん…。」
重たい瞼をゆっくりと開くと、色とりどりの花が咲いている丘の上で目を覚ました。天気は快晴、心地よく吹く風が草花の香りを運んでくる。
「ここ…どこだろう…。」
初めて見るその景色に戸惑いつつ、丘の端の方に歩いて行くと離れた所にお城が建っているのが見えた。
「あんな大きなお城…サトラテールにしかないはずだよね?変だなぁ…ここは夢の中のはずなのに…。」
「あちらは、ミッド王国が建国した際に建てられたミッド城でございます。」
「…だ、誰!?」
後ろを振り返ると、黒の執事服を着た男性が立っていた。
「え…シグさん…?」
「覚えて頂けて光栄です。紅茶をお入れします。どうぞお座りに。」
彼の隣には、いつの間にか用意された椅子とテーブルが置かれていた。その不思議な光景に、これが夢だと言う事を実感した。椅子に腰を下ろすと、目の前に温かい紅茶が用意された。
「シグさんは…座らないんですか?」
「私に足はありませんから。立ったままで構いません。」
「ぁ…。」
すぐ目の前にいる彼があまりにも自然だったせいで、彼が亡くなっていた事を忘れてしまっていた。彼の足元は薄くボヤけ、地面に足がついていなかった。
「ごめんなさい…。無神経な質問をしてしまって…。」
「お気になさらず。気になる事がありましたら、なんでもお聞きください。私で良ければお答えしましょう。」
「その…シグさんはここで何をしてるんですか?」
「テト様を見守っているのです。ここは見晴らしもよく、城だけでなく街も一望出来ますから。」
彼はそういうと、お城が建っている方向を向いて遠くの方を見つめた。
「シグさんは、どうしてテト様の執事になったんですか?」
「私の祖先が、代々王家に使える執事の一族だからです。」
「それでミグも…ルナの執事になったんですね。」
「元々ミグは、テト様のご子息が産まれた際に、その方の執事となる予定でした。しかし、テト様がルナ様をお連れになった事で事情が変わり、ミグはルナ様の執事を務める事になったのです。」
「そうなんですね…。」
「予定通りにはいきませんでしたが、ルナ様に仕える事でミグは成長しました。私は最期に、息子の成長を見る事が出来てよかったと思っています。」
「どうして…あの時、ルナを襲ったりしたんですか?あなたは揉み合っている相手が、ルナとミグだった事をわかっていたはずです!それなのにどうして…」
「私の生きる意味、それがテト様をお守りする事だからです。ルナ様がテト様の婚約者であっても、ミグが私の息子であっても、仕える主が危険にさらされる事がわかった以上…私はああするのが得策だと判断致しました。」
「自分の正体を明かしていれば…死なずに済んだかもしれないとは思わなかったんですか?」
「悔いはありません。主を守り、主の為に死んだのだとしたら、それは私の誇りです。」
「どうしてそこまで…真っ直ぐに生きられるんですか?僕は…」
「若いうちは大いに悩みなさい。失敗は若いうちにするものです。何かを守る為には、何かを失わなければならない。…私の父が、口癖のように言っていました。」
「何かを守る為には、何かを失わなければならない…。」
「時間が来てしまいました。あなたはそろそろ、戻らねばなりません。」
「え?時間ってなんですか?」
すると目の前にあった椅子とテーブルが突然消えて無くなり、身体が後ろに倒れていった。
「痛っ……たぁ…!」
背中と同時に頭を打ち、身体を起こして後頭部を手で抑えた。
「あ、あれ…?夢から覚めたのかな?」
身体に掛けていた布団が足元に投げ出され、隣にはベッドが置いてある。地面も草ではなく木の板になっていて、船特有の揺れも感じられた。
床に落ちた布団を元に戻すと、扉を開けて部屋の外に出た。日差しが強く照りつけ、太陽が高い位置に昇っている。
「まだお昼くらいかな…?みんなは何してるんだろう…」
「おーいルカー。もう起きて平気なのかー?」
「あ、ガゼル…!」
海の方を向いていた彼が、部屋から出てきた僕に気づいて声をかけてきた。彼の元に歩み寄ると、足元に魚の入ったバケツが置いてあるのを見つけた。
「釣りをしてるの?」
「あぁ。する事が無くて暇でさ。」
「確かに、船の上って出来る事が限られて来るよね。」
「それより、気分が悪くなって寝てたんだろ?もう平気か?」
「あ、うん…。船酔いしちゃったみたい。クラーレさんに見てもらったし、一眠りしたからもう大丈夫。」
「イルムが心配してたぞ。部屋にいると思うから、顔出てこい。」
「え?そこまでする必要あるかな…?」
「…お前って結構鈍感だよな。」
「へ?それってどういう…」
「いいから行ってこいって。」
「わ、わかったよ…。」
渋々イルムの部屋に向かうと、扉の向こうから彼女が顔を覗かせた。
「ルカくん…!体調悪くなったって聞いたけど…もう大丈夫なの?」
「あ、うん。ごめんねイルム…心配かけて。もう大丈夫だよ。」
「そっか!なら良かった~。今、本を呼んでた所だったの。ちょっとお話しない?」
「うん。いいよ。」
部屋の中に招き入れられると、椅子に腰を下ろした。テーブルの上にはしおりが挟まれた本とティーセットが置かれている。
「ルカくんも紅茶、飲むよね?」
「あ、じゃあ飲もうかな。」
「はい、どうぞ!」
「ありがとう。何の本を読んでたの?」
「“話し方を変えるだけ!声まで良くなる会話術”っていう本。」
「か、変わった本を読んでるね…。」
「そうかなぁ?」
「他には、どんな本を読んだ?」
「えっと…“人生きらめく整頓の魔法”とか…“嫌われる覚悟”…“察する人と察しの悪い人の差”…“新しい私の…”」
「た、沢山読んでるんだね!」
「うん!ルカくんには敵わないと思うけどね…。」
「そんな事ないよ。沢山読んでも、身につく事と身につかない事があるしね。」
「それは私も思うよ。身にならない事ばっかりで…でも、本を読む事自体は嫌いじゃないかな!」
「僕も好きだよ。心が落ち着く気がするんだよね。」
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