65 / 165
第7章︰それぞれの過去
第59話
しおりを挟む
森を抜けてしばらく歩いて行くと、小さな街が見えてきた。
「ここが街だ。」
「あ、ありがとうございました…ガゼルさん。」
「いや。大した事はしてない。」
「私、報告…してくる。」
ウナはそれだけ言い残すと、街の奥の方へ行ってしまった。
「悪いな…素っ気ない感じで…。」
「い、いえ…!気にしてませんから…!」
「慣れれば人懐っこい奴なんだが…。ところで、お前等はこれからどうするつもりなんだ?」
「そうだね…。お金も持ってないし…住む所もないし…。」
「なら、俺ん家来るか?」
「そ、そこまでお世話になるわけには…!」
「何言ってんだよ。困った時はお互い様って言うだろ?これでもギルドの人間だしな。」
「ギルドって…なんだい?」
「その辺の話も含めて、ひとまず家に行こう。後の事は、それから決めればいいだろ?」
「ありがとうございます…何から何まで…。」
再び彼について行き、家の中に入っていった。中央にあるテーブルにはポットやカップが置きっぱなしになっていて、椅子の背もたれに彼の物と思われる上着がかけられている。ガゼルはそれを手に取り、奥の部屋へ放り投げた。
「散らかってて悪いけど…」
「とんでもない!急に押しかけてきたぼ…わ、私達の方ですから…。」
「ははっ。」
彼は僕の慌て用を見て、笑い声を漏らした。
「な、何かおかしかったですか…?」
「あぁ…悪い悪い。俺の友達に、似たような奴が居たから…。」
「友達…ですか…。」
「立ち話もなんだし、その辺に座ってくれ。飲み物取ってくるよ。」
「ありがとうガゼルくん。」
「聞きたい事、なんでも聞いてくれ。」
「えっとじゃあ…。ガゼルさんは…いつからここに住んでるんですか?」
「んー…もう何年か経つけど…産まれ育ったのはここじゃない。」
「別の島から来たって事?」
「島って言うか…北の方角にミッド王国って言う大きな大陸があるだろ?サトラテールって街で鍛冶師をしてたんだ。」
その話を聞いて、僕の中の憶測が全て確信に変わった。目の前にいる青年は、僕が想像いたガゼルと同一人物だった。
「じゃあ、ギルドって言うのは?」
「ギルドは、その街にあった組織の事だ。住人からの頼みを、代わりにやるっていう仕事をしてるんだ。」
「へ~…それは便利だね。」
「どうしてこの島に来たんですか?」
「さっきのウナっていう俺の家族…っていうか、同じギルドのメンバーなんだが、あいつの付き添いで来たんだ。」
「妹ちゃんなのかと思ってたけど、血の繋がりはないんだね。」
「まあ妹みたいなもんだな。本当の妹も居るんだが…。」
「フェリ…。」
「ん?」
「あ、なんでも…独り言です…!」
ガゼルの妹であるフェリの事を思い出し、思わずその名前を口にしてしまった。
「ウナちゃんって、さっき神殿に居たけど、それが仕事だって言ってたよね?神殿を管理してる…とか?」
「いや。ウナはシスター見習いなんだ。あの神殿で、毎日祈りを捧げるのがあいつの仕事の1つってだけだ。」
「神殿で…毎日祈りを捧げる…?」
「この島は、ミラ様に守られている神聖な場所だって言ったの覚えてるか?」
「あ、うん…。」
「ここではミラ様っていう女神を信仰してる。あの神殿はミラ様を祀っている場所で、祈りを捧げる事によって神聖な力を維持している。」
「どうして神聖な力を維持する必要があるの?」
「何十年も昔、この島に吸血鬼の大群が押し寄せて来た。その吸血鬼達に襲われて住民のほとんどが殺された。」
「…!」
「けど、協会の偉い司祭様がミラの神殿で祈りを捧げて、神聖な力によってなんとか吸血鬼達を追い払う事が出来た。それ以来、毎日祈りを捧げる事で吸血鬼の脅威から島を守ってきた。」
「その役目をウナ…さんがしてるって事なんですね…。」
「ああ。」
ーコンコン
「ガゼルやー…いるかねー?」
「悪い。客が来たみたいだ。ちょっと待っててくれるか?」
「うん。構わないよ。」
彼は僕達を置いて、家から出て行った。
ここまでの彼の話を聞いて、いくつかの疑問が浮かんでいた。
まず1つは、神聖な力を維持しているこの島で、僕達吸血鬼が平然としていられる事。もう1つは、何故ウナが祈りを捧げる役割を担っているのかという事。
後者はガゼルに聞けばわかるかもしれないが、そこまで詮索すると怪しまれる危険性が高かった。前者に至っては、吸血鬼を敵としているこの島に、住んでいる彼等に聞くことは出来ない。
しかし、彼の話でわかった事も多かった。全て憶測ではあるが、僕達が吸血鬼の力を扱えないのは神聖な力が働いているせいだと思われる。そして、フランが空腹を感じるようになったのもその影響の1つで、今の僕達は吸血鬼ではなく人間に近い状態になっているのだろう。
「悪い。待たせたな。」
「ううん。全然。」
戻ってきた彼は、椅子を手に持っていた。
「それは…?」
「あぁ。さっきのじいさんに、こいつの修理を頼まれたんだ。」
「それが君の仕事なの?」
「そうだ。ギルド…とまでは言えないが、島の住民の頼み事を出来る限り手伝う、何でも屋…みたいなもんかな。」
「そうなんだ…凄いね…。」
「元々鍛冶師だったし、やろうと思えばなんとかな。ちょっとこれ修理しないといけなくなったから…」
「じゃあ、僕達は、街の中を歩いてみようか。」
「あ、うん!」
「日が暮れる頃、鐘がなると思うからそしたら戻って来てくれ。それまでに色々準備しとくよ。」
「ありがとうガゼルくん。」
僕達は街の近くにあった海岸にやって来た。人気のない場所で、彼と吸血鬼の話をする為だった。
「フラン。僕の憶測なんだけど…。」
「うん。聞かせて。」
「ミグが出せないのとか、フランが武器を作れなかったのは、この島に神聖な力があるからだと思う。今の僕達は、吸血鬼じゃなくて人間になってるんだよきっと。」
「確かに彼の話では、吸血鬼を追い払ったって言ってたしね。力が消えちゃってる…って考えるのが自然だよね。」
「僕は元々人間だから、こうして普通に居られるけど…。フランはどうしてなんだろう…。」
「…僕も…元は人間なのかもしれない。」
「え!?」
「ここに来てから…自分が何者なのか、わからない感じになるんだ。僕が…僕じゃないみたいな…。」
「どういう事?」
「よくわからないけど…。懐かしいっていうか…心地いいっていうか…。」
「…。」
「…なんて。そんな訳ないよね。僕がレジデンスで産まれたっていうのは事実なんだから。今の僕が吸血鬼じゃなくて、人間になっちゃってるから変な感じがするんだと思うよ。お腹が空くなんて感じた事無かったし。」
「それはそうだね…。」
「人間って不便だなぁ。料理を食べないと動けなくなるなんて。」
「でも、それが人の楽しみだと思うよ。吸血鬼に比べたら…不便かもしれないけど。」
「せっかくの機会だし、人間っていうのを体験してみるよ。…そうだ。これからどうする?ここの人達に、吸血鬼の街に帰りたいなんて言えないし…。」
「さっきガゼルが話してたサトラテールって街に行けば、知り合いがいるから何とかなるかも。」
「それまでは、彼の家でお世話になるしかないね。島なら船でしか移動出来ないだろうし、その辺も聞いてみるしかないね…。」
「うん。」
綺麗な夕焼けが海に沈むのを眺めていると、街の方角から鐘の音が聞こえ、僕達はガゼルの家に戻って行った。
「おかえり。」
「た、ただいま…です。」
「気楽に話してくれて構わないぞ。話し方にだいぶ無理あるし。」
「そ、そんな事は…。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「フランは元から気楽そうじゃなかった…?」
テーブルの上には僕達3人の分…より2人分多く、食事が用意されていた。
「たくさんあるけど…ここにはガゼルさん以外にも住んでるの?」
「さっきちょっと話したけど、妹達だよ。」
「ガゼ…」
奥の調理場から料理を盛り付けた皿を持って、ウナがこちらにやって来た。
「あ、ウナちゃん。」
「あ…さっきの…。」
「お、お邪魔してます…!」
「はい…。ガゼルに聞き…ました。」
「そっか…。」
ウナと一緒にギルドで暮らしていた頃は、人懐っこく僕の傍を離れようとしなかった可愛らしい少女だった。しかし、今の僕はルカではなくルナになっているせいなのか、彼女との間に出来た溝がとてつもなく大きなものに感じた。
「あ、あなた達がお客様ね。」
ウナに続いて奥からやって来たのは、ガゼルの妹のフェリだった。
「まだ紹介してなかったよな。こっちが血の繋がった妹のフェリシエルだ。」
「初めまして。えっと…ルナさんとフランくんだったわよね?私の事はフェリって呼んで。」
「は、はい。」
「よろしくねフェリちゃん。」
「もう少しで準備終わるから、2人は座っててくれ。」
「あ、いや…手伝います!」
「気持ちだけでいいわよ~。お客様なんだし。」
「じゃ、じゃあ、後片付けは手伝わせて下さい!してもらうだけだと心苦しいので…。」
「うーん…それなら、後片付けは一緒にやりましょう。」
「はい!」
準備を終えて全員が席に着くと、手を合わせ目を閉じた。
「ミラ様に感謝して、頂きます。」
「「頂きます。」」
「頂きます。」
「い、頂きます…!」
食事をする前のこの行動も、ギルドにいた頃は毎日のようにしていた。しかし、しばらくの間していなかったせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた。初めてするであろうフランは、なんの躊躇もなくすんなりと受け入れている様に見える。
「これから先の事考えたか?」
「あ、うん…。サトラテールに知り合いがいるから、そこまで行こうかなと思ってるんだけど…。」
食事をしながら、今後の事を彼等に相談してみる事にした。
「サトラテールだと結構遠いわね。船でも2、3日はかかるわ。」
「み、3日も!?」
「ここ…陸の孤島。」
「それにこの辺りの海域は複雑で、沖に出ても戻って来たりしちゃうのよね。」
「そ、そんなぁ…。」
「すごく…過酷そうな道のりだね…。」
「まぁ、しばらくゆっくり考えるといいわ。乗っていた船が沈んじゃったなら、新しいのも必要だろうし…。」
「そ、そうだよね…。お金も持ってないしなぁ…。どうしよう。」
「なら俺と一緒に何でも屋、やるか?」
「で、出来るかな…?」
「やってみたら出来るかもよ?ガゼルくんが良ければ是非。」
フランの自信は一体どこから来るのだろうか。時々、彼の強引さが羨ましく感じる。
「そうだ!2人は魔法、使える?」
「魔法はあんまり…自信ないかな…。」
「僕も…。」
「そういや…協会で、薬草の調合とかの仕事が溜まってるんだっけ?」
「そう。薬草集める人手も足りないし、調合も間に合ってないのよね。」
フェリはテーブルの上に肘をつき、その上に顔を乗せてため息をついた。
「僕、薬草がどんなのかわかれば集めるの手伝うよ。」
「わ、私も…少しだけ薬草の勉強してたから…役に立てるかも…!」
「よし、なら明日色々試してみるか。」
「はーい。」
食事を終えて後片付けを手伝うと、僕はフェリとウナの部屋で、フランはガゼルの部屋でそれぞれ眠りについた。
「…。」
目を開けると、視界1面に青い空が広がっていた。白い雲が、右から左へゆっくりと流れている。吹き抜ける風で、地面の草が頬を撫でた。
「っ…!」
勢いよく身体を起こすとそこは、草原のど真ん中で周りには建物もなければ、水溜まり1つ見当たらなかった。
「島…じゃないよね…。こんな所あるはずないし…。けど…家がないなら…夢の中でも無いのかな…?」
曖昧な記憶の中、その場に立ち上がると、空に浮かんでいる月に向かって歩き始めた。
「太陽じゃなくて月…。なのに太陽みたいに明るい…。ルナの中も…こんな感じだったような気がするのに…別の場所みたいに感じる…。」
夢と現実の境が曖昧になり、自分が何者なのかそれすらも曖昧になっていく。今の自分はルナなのか、それともルカなのか。吸血鬼なのか、人間なのか。そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、突然現れた木に正面からぶつかった。
「痛っ…!」
その衝撃で後ろに倒れると、周りは目覚めた草原ではなく、森の中だった。
「あ…れ…?いつの間に森の中に…?」
訳が分からないまま森の中を進むと、太陽のように明るかった月も次第に光を弱め、月明かりに変わっていた。
「あ…。」
森の奥の開けた場所に、大きな湖が現れた。その中央にある陸の上に、光り輝く1輪の青い花が咲いている。
「あれって…アスルフロル…?」
アスルフロルは夜にしか花を咲かせない珍しい薬草で、前に僕がルナの為に森に取りに来た事があった。しかし本来、その花が咲くのは日の当たりにくい場所が多い。何も遮る物のない湖の真ん中で、その花は美しく咲き誇っていた。
「なんでこんな所に…。」
「アスルフロルの花言葉は…届く願い。」
後ろから少女の声が聞こえ、振り返るとそこには月明かりに照らされたルナが立っていた。
「ルナ!」
「ルカは…私の為に、その花を探してたんだね。」
「どうして…その事を知ってるの…?」
「部屋の本を読んだの。アスルフロルの花を使って作られた薬は、作った人の想いや願いがその薬の効果になるって書いてあった。」
「…そう…だね。」
「けど私は望んでない。」
「え…?」
彼女は僕の方へ腕を伸ばした。すると、何も触れていないはずの肩が押されて後ろに倒れ、湖の中に落ちた。水の中は重く冷たく、身体はどんどん底へ沈んでいく。次第に胸が苦しくなり、意識が朦朧としていった。
『ルナ…。』
目を閉じ、心の中で彼女の名前を呼んだ。
「ここが街だ。」
「あ、ありがとうございました…ガゼルさん。」
「いや。大した事はしてない。」
「私、報告…してくる。」
ウナはそれだけ言い残すと、街の奥の方へ行ってしまった。
「悪いな…素っ気ない感じで…。」
「い、いえ…!気にしてませんから…!」
「慣れれば人懐っこい奴なんだが…。ところで、お前等はこれからどうするつもりなんだ?」
「そうだね…。お金も持ってないし…住む所もないし…。」
「なら、俺ん家来るか?」
「そ、そこまでお世話になるわけには…!」
「何言ってんだよ。困った時はお互い様って言うだろ?これでもギルドの人間だしな。」
「ギルドって…なんだい?」
「その辺の話も含めて、ひとまず家に行こう。後の事は、それから決めればいいだろ?」
「ありがとうございます…何から何まで…。」
再び彼について行き、家の中に入っていった。中央にあるテーブルにはポットやカップが置きっぱなしになっていて、椅子の背もたれに彼の物と思われる上着がかけられている。ガゼルはそれを手に取り、奥の部屋へ放り投げた。
「散らかってて悪いけど…」
「とんでもない!急に押しかけてきたぼ…わ、私達の方ですから…。」
「ははっ。」
彼は僕の慌て用を見て、笑い声を漏らした。
「な、何かおかしかったですか…?」
「あぁ…悪い悪い。俺の友達に、似たような奴が居たから…。」
「友達…ですか…。」
「立ち話もなんだし、その辺に座ってくれ。飲み物取ってくるよ。」
「ありがとうガゼルくん。」
「聞きたい事、なんでも聞いてくれ。」
「えっとじゃあ…。ガゼルさんは…いつからここに住んでるんですか?」
「んー…もう何年か経つけど…産まれ育ったのはここじゃない。」
「別の島から来たって事?」
「島って言うか…北の方角にミッド王国って言う大きな大陸があるだろ?サトラテールって街で鍛冶師をしてたんだ。」
その話を聞いて、僕の中の憶測が全て確信に変わった。目の前にいる青年は、僕が想像いたガゼルと同一人物だった。
「じゃあ、ギルドって言うのは?」
「ギルドは、その街にあった組織の事だ。住人からの頼みを、代わりにやるっていう仕事をしてるんだ。」
「へ~…それは便利だね。」
「どうしてこの島に来たんですか?」
「さっきのウナっていう俺の家族…っていうか、同じギルドのメンバーなんだが、あいつの付き添いで来たんだ。」
「妹ちゃんなのかと思ってたけど、血の繋がりはないんだね。」
「まあ妹みたいなもんだな。本当の妹も居るんだが…。」
「フェリ…。」
「ん?」
「あ、なんでも…独り言です…!」
ガゼルの妹であるフェリの事を思い出し、思わずその名前を口にしてしまった。
「ウナちゃんって、さっき神殿に居たけど、それが仕事だって言ってたよね?神殿を管理してる…とか?」
「いや。ウナはシスター見習いなんだ。あの神殿で、毎日祈りを捧げるのがあいつの仕事の1つってだけだ。」
「神殿で…毎日祈りを捧げる…?」
「この島は、ミラ様に守られている神聖な場所だって言ったの覚えてるか?」
「あ、うん…。」
「ここではミラ様っていう女神を信仰してる。あの神殿はミラ様を祀っている場所で、祈りを捧げる事によって神聖な力を維持している。」
「どうして神聖な力を維持する必要があるの?」
「何十年も昔、この島に吸血鬼の大群が押し寄せて来た。その吸血鬼達に襲われて住民のほとんどが殺された。」
「…!」
「けど、協会の偉い司祭様がミラの神殿で祈りを捧げて、神聖な力によってなんとか吸血鬼達を追い払う事が出来た。それ以来、毎日祈りを捧げる事で吸血鬼の脅威から島を守ってきた。」
「その役目をウナ…さんがしてるって事なんですね…。」
「ああ。」
ーコンコン
「ガゼルやー…いるかねー?」
「悪い。客が来たみたいだ。ちょっと待っててくれるか?」
「うん。構わないよ。」
彼は僕達を置いて、家から出て行った。
ここまでの彼の話を聞いて、いくつかの疑問が浮かんでいた。
まず1つは、神聖な力を維持しているこの島で、僕達吸血鬼が平然としていられる事。もう1つは、何故ウナが祈りを捧げる役割を担っているのかという事。
後者はガゼルに聞けばわかるかもしれないが、そこまで詮索すると怪しまれる危険性が高かった。前者に至っては、吸血鬼を敵としているこの島に、住んでいる彼等に聞くことは出来ない。
しかし、彼の話でわかった事も多かった。全て憶測ではあるが、僕達が吸血鬼の力を扱えないのは神聖な力が働いているせいだと思われる。そして、フランが空腹を感じるようになったのもその影響の1つで、今の僕達は吸血鬼ではなく人間に近い状態になっているのだろう。
「悪い。待たせたな。」
「ううん。全然。」
戻ってきた彼は、椅子を手に持っていた。
「それは…?」
「あぁ。さっきのじいさんに、こいつの修理を頼まれたんだ。」
「それが君の仕事なの?」
「そうだ。ギルド…とまでは言えないが、島の住民の頼み事を出来る限り手伝う、何でも屋…みたいなもんかな。」
「そうなんだ…凄いね…。」
「元々鍛冶師だったし、やろうと思えばなんとかな。ちょっとこれ修理しないといけなくなったから…」
「じゃあ、僕達は、街の中を歩いてみようか。」
「あ、うん!」
「日が暮れる頃、鐘がなると思うからそしたら戻って来てくれ。それまでに色々準備しとくよ。」
「ありがとうガゼルくん。」
僕達は街の近くにあった海岸にやって来た。人気のない場所で、彼と吸血鬼の話をする為だった。
「フラン。僕の憶測なんだけど…。」
「うん。聞かせて。」
「ミグが出せないのとか、フランが武器を作れなかったのは、この島に神聖な力があるからだと思う。今の僕達は、吸血鬼じゃなくて人間になってるんだよきっと。」
「確かに彼の話では、吸血鬼を追い払ったって言ってたしね。力が消えちゃってる…って考えるのが自然だよね。」
「僕は元々人間だから、こうして普通に居られるけど…。フランはどうしてなんだろう…。」
「…僕も…元は人間なのかもしれない。」
「え!?」
「ここに来てから…自分が何者なのか、わからない感じになるんだ。僕が…僕じゃないみたいな…。」
「どういう事?」
「よくわからないけど…。懐かしいっていうか…心地いいっていうか…。」
「…。」
「…なんて。そんな訳ないよね。僕がレジデンスで産まれたっていうのは事実なんだから。今の僕が吸血鬼じゃなくて、人間になっちゃってるから変な感じがするんだと思うよ。お腹が空くなんて感じた事無かったし。」
「それはそうだね…。」
「人間って不便だなぁ。料理を食べないと動けなくなるなんて。」
「でも、それが人の楽しみだと思うよ。吸血鬼に比べたら…不便かもしれないけど。」
「せっかくの機会だし、人間っていうのを体験してみるよ。…そうだ。これからどうする?ここの人達に、吸血鬼の街に帰りたいなんて言えないし…。」
「さっきガゼルが話してたサトラテールって街に行けば、知り合いがいるから何とかなるかも。」
「それまでは、彼の家でお世話になるしかないね。島なら船でしか移動出来ないだろうし、その辺も聞いてみるしかないね…。」
「うん。」
綺麗な夕焼けが海に沈むのを眺めていると、街の方角から鐘の音が聞こえ、僕達はガゼルの家に戻って行った。
「おかえり。」
「た、ただいま…です。」
「気楽に話してくれて構わないぞ。話し方にだいぶ無理あるし。」
「そ、そんな事は…。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「フランは元から気楽そうじゃなかった…?」
テーブルの上には僕達3人の分…より2人分多く、食事が用意されていた。
「たくさんあるけど…ここにはガゼルさん以外にも住んでるの?」
「さっきちょっと話したけど、妹達だよ。」
「ガゼ…」
奥の調理場から料理を盛り付けた皿を持って、ウナがこちらにやって来た。
「あ、ウナちゃん。」
「あ…さっきの…。」
「お、お邪魔してます…!」
「はい…。ガゼルに聞き…ました。」
「そっか…。」
ウナと一緒にギルドで暮らしていた頃は、人懐っこく僕の傍を離れようとしなかった可愛らしい少女だった。しかし、今の僕はルカではなくルナになっているせいなのか、彼女との間に出来た溝がとてつもなく大きなものに感じた。
「あ、あなた達がお客様ね。」
ウナに続いて奥からやって来たのは、ガゼルの妹のフェリだった。
「まだ紹介してなかったよな。こっちが血の繋がった妹のフェリシエルだ。」
「初めまして。えっと…ルナさんとフランくんだったわよね?私の事はフェリって呼んで。」
「は、はい。」
「よろしくねフェリちゃん。」
「もう少しで準備終わるから、2人は座っててくれ。」
「あ、いや…手伝います!」
「気持ちだけでいいわよ~。お客様なんだし。」
「じゃ、じゃあ、後片付けは手伝わせて下さい!してもらうだけだと心苦しいので…。」
「うーん…それなら、後片付けは一緒にやりましょう。」
「はい!」
準備を終えて全員が席に着くと、手を合わせ目を閉じた。
「ミラ様に感謝して、頂きます。」
「「頂きます。」」
「頂きます。」
「い、頂きます…!」
食事をする前のこの行動も、ギルドにいた頃は毎日のようにしていた。しかし、しばらくの間していなかったせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた。初めてするであろうフランは、なんの躊躇もなくすんなりと受け入れている様に見える。
「これから先の事考えたか?」
「あ、うん…。サトラテールに知り合いがいるから、そこまで行こうかなと思ってるんだけど…。」
食事をしながら、今後の事を彼等に相談してみる事にした。
「サトラテールだと結構遠いわね。船でも2、3日はかかるわ。」
「み、3日も!?」
「ここ…陸の孤島。」
「それにこの辺りの海域は複雑で、沖に出ても戻って来たりしちゃうのよね。」
「そ、そんなぁ…。」
「すごく…過酷そうな道のりだね…。」
「まぁ、しばらくゆっくり考えるといいわ。乗っていた船が沈んじゃったなら、新しいのも必要だろうし…。」
「そ、そうだよね…。お金も持ってないしなぁ…。どうしよう。」
「なら俺と一緒に何でも屋、やるか?」
「で、出来るかな…?」
「やってみたら出来るかもよ?ガゼルくんが良ければ是非。」
フランの自信は一体どこから来るのだろうか。時々、彼の強引さが羨ましく感じる。
「そうだ!2人は魔法、使える?」
「魔法はあんまり…自信ないかな…。」
「僕も…。」
「そういや…協会で、薬草の調合とかの仕事が溜まってるんだっけ?」
「そう。薬草集める人手も足りないし、調合も間に合ってないのよね。」
フェリはテーブルの上に肘をつき、その上に顔を乗せてため息をついた。
「僕、薬草がどんなのかわかれば集めるの手伝うよ。」
「わ、私も…少しだけ薬草の勉強してたから…役に立てるかも…!」
「よし、なら明日色々試してみるか。」
「はーい。」
食事を終えて後片付けを手伝うと、僕はフェリとウナの部屋で、フランはガゼルの部屋でそれぞれ眠りについた。
「…。」
目を開けると、視界1面に青い空が広がっていた。白い雲が、右から左へゆっくりと流れている。吹き抜ける風で、地面の草が頬を撫でた。
「っ…!」
勢いよく身体を起こすとそこは、草原のど真ん中で周りには建物もなければ、水溜まり1つ見当たらなかった。
「島…じゃないよね…。こんな所あるはずないし…。けど…家がないなら…夢の中でも無いのかな…?」
曖昧な記憶の中、その場に立ち上がると、空に浮かんでいる月に向かって歩き始めた。
「太陽じゃなくて月…。なのに太陽みたいに明るい…。ルナの中も…こんな感じだったような気がするのに…別の場所みたいに感じる…。」
夢と現実の境が曖昧になり、自分が何者なのかそれすらも曖昧になっていく。今の自分はルナなのか、それともルカなのか。吸血鬼なのか、人間なのか。そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、突然現れた木に正面からぶつかった。
「痛っ…!」
その衝撃で後ろに倒れると、周りは目覚めた草原ではなく、森の中だった。
「あ…れ…?いつの間に森の中に…?」
訳が分からないまま森の中を進むと、太陽のように明るかった月も次第に光を弱め、月明かりに変わっていた。
「あ…。」
森の奥の開けた場所に、大きな湖が現れた。その中央にある陸の上に、光り輝く1輪の青い花が咲いている。
「あれって…アスルフロル…?」
アスルフロルは夜にしか花を咲かせない珍しい薬草で、前に僕がルナの為に森に取りに来た事があった。しかし本来、その花が咲くのは日の当たりにくい場所が多い。何も遮る物のない湖の真ん中で、その花は美しく咲き誇っていた。
「なんでこんな所に…。」
「アスルフロルの花言葉は…届く願い。」
後ろから少女の声が聞こえ、振り返るとそこには月明かりに照らされたルナが立っていた。
「ルナ!」
「ルカは…私の為に、その花を探してたんだね。」
「どうして…その事を知ってるの…?」
「部屋の本を読んだの。アスルフロルの花を使って作られた薬は、作った人の想いや願いがその薬の効果になるって書いてあった。」
「…そう…だね。」
「けど私は望んでない。」
「え…?」
彼女は僕の方へ腕を伸ばした。すると、何も触れていないはずの肩が押されて後ろに倒れ、湖の中に落ちた。水の中は重く冷たく、身体はどんどん底へ沈んでいく。次第に胸が苦しくなり、意識が朦朧としていった。
『ルナ…。』
目を閉じ、心の中で彼女の名前を呼んだ。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アスカニア大陸戦記 黒衣の剣士と氷の魔女【R-15】
StarFox
ファンタジー
無頼漢は再び旅に出る。皇帝となった唯一の親友のために。
落ちこぼれ魔女は寄り添う。唯一の居場所である男の傍に。
後に『黒い剣士と氷の魔女』と呼ばれる二人と仲間達の旅が始まる。
剣と魔法の中世と、スチームパンクな魔法科学が芽吹き始め、飛空艇や飛行船が大空を駆り、竜やアンデッド、エルフやドワーフもいるファンタジー世界。
皇太子ラインハルトとジカイラ達の活躍により革命政府は倒れ、皇太子ラインハルトはバレンシュテット帝国皇帝に即位。
絶対帝政を敷く軍事大国バレンシュテット帝国は復活し、再び大陸に秩序と平和が訪れつつあった。
本編主人公のジカイラは、元海賊の無期懲役囚で任侠道を重んじる無頼漢。革命政府打倒の戦いでは皇太子ラインハルトの相棒として活躍した。
ジカイラは、皇帝となったラインハルトから勅命として、革命政府と組んでアスカニア大陸での様々な悪事に一枚噛んでいる大陸北西部の『港湾自治都市群』の探索の命を受けた。
高い理想を掲げる親友であり皇帝であるラインハルトのため、敢えて自分の手を汚す決意をした『黒衣の剣士ジカイラ』は、恋人のヒナ、そしてユニコーン小隊の仲間と共に潜入と探索の旅に出る。
ここにジカイラと仲間達の旅が始まる。
アルファポリス様、カクヨム様、エブリスタ様、ノベルアップ+様にも掲載させて頂きました。
どうぞよろしくお願いいたします。
関連作品
※R-15版
アスカニア大陸戦記 亡国の皇太子
https://ncode.syosetu.com/n7933gj/
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる