エテルノ・レガーメ

りくあ

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第7章︰それぞれの過去

第59話

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森を抜けてしばらく歩いて行くと、小さな街が見えてきた。

「ここが街だ。」
「あ、ありがとうございました…ガゼルさん。」
「いや。大した事はしてない。」
「私、報告…してくる。」

ウナはそれだけ言い残すと、街の奥の方へ行ってしまった。

「悪いな…素っ気ない感じで…。」
「い、いえ…!気にしてませんから…!」
「慣れれば人懐っこい奴なんだが…。ところで、お前等はこれからどうするつもりなんだ?」
「そうだね…。お金も持ってないし…住む所もないし…。」
「なら、俺ん家来るか?」
「そ、そこまでお世話になるわけには…!」
「何言ってんだよ。困った時はお互い様って言うだろ?これでもギルドの人間だしな。」
「ギルドって…なんだい?」
「その辺の話も含めて、ひとまず家に行こう。後の事は、それから決めればいいだろ?」
「ありがとうございます…何から何まで…。」

再び彼について行き、家の中に入っていった。中央にあるテーブルにはポットやカップが置きっぱなしになっていて、椅子の背もたれに彼の物と思われる上着がかけられている。ガゼルはそれを手に取り、奥の部屋へ放り投げた。

「散らかってて悪いけど…」
「とんでもない!急に押しかけてきたぼ…わ、私達の方ですから…。」
「ははっ。」

彼は僕の慌て用を見て、笑い声を漏らした。

「な、何かおかしかったですか…?」
「あぁ…悪い悪い。俺の友達に、似たような奴が居たから…。」
「友達…ですか…。」
「立ち話もなんだし、その辺に座ってくれ。飲み物取ってくるよ。」
「ありがとうガゼルくん。」



「聞きたい事、なんでも聞いてくれ。」
「えっとじゃあ…。ガゼルさんは…いつからここに住んでるんですか?」
「んー…もう何年か経つけど…産まれ育ったのはここじゃない。」
「別の島から来たって事?」
「島って言うか…北の方角にミッド王国って言う大きな大陸があるだろ?サトラテールって街で鍛冶師をしてたんだ。」

その話を聞いて、僕の中の憶測が全て確信に変わった。目の前にいる青年は、僕が想像いたガゼルと同一人物だった。

「じゃあ、ギルドって言うのは?」
「ギルドは、その街にあった組織の事だ。住人からの頼みを、代わりにやるっていう仕事をしてるんだ。」
「へ~…それは便利だね。」
「どうしてこの島に来たんですか?」
「さっきのウナっていう俺の家族…っていうか、同じギルドのメンバーなんだが、あいつの付き添いで来たんだ。」
「妹ちゃんなのかと思ってたけど、血の繋がりはないんだね。」
「まあ妹みたいなもんだな。本当の妹も居るんだが…。」
「フェリ…。」
「ん?」
「あ、なんでも…独り言です…!」

ガゼルの妹であるフェリの事を思い出し、思わずその名前を口にしてしまった。

「ウナちゃんって、さっき神殿に居たけど、それが仕事だって言ってたよね?神殿を管理してる…とか?」
「いや。ウナはシスター見習いなんだ。あの神殿で、毎日祈りを捧げるのがあいつの仕事の1つってだけだ。」
「神殿で…毎日祈りを捧げる…?」
「この島は、ミラ様に守られている神聖な場所だって言ったの覚えてるか?」
「あ、うん…。」
「ここではミラ様っていう女神を信仰してる。あの神殿はミラ様を祀っている場所で、祈りを捧げる事によって神聖な力を維持している。」
「どうして神聖な力を維持する必要があるの?」
「何十年も昔、この島に吸血鬼の大群が押し寄せて来た。その吸血鬼達に襲われて住民のほとんどが殺された。」
「…!」
「けど、協会の偉い司祭様がミラの神殿で祈りを捧げて、神聖な力によってなんとか吸血鬼達を追い払う事が出来た。それ以来、毎日祈りを捧げる事で吸血鬼の脅威から島を守ってきた。」
「その役目をウナ…さんがしてるって事なんですね…。」
「ああ。」

ーコンコン

「ガゼルやー…いるかねー?」
「悪い。客が来たみたいだ。ちょっと待っててくれるか?」
「うん。構わないよ。」

彼は僕達を置いて、家から出て行った。
ここまでの彼の話を聞いて、いくつかの疑問が浮かんでいた。
まず1つは、神聖な力を維持しているこの島で、僕達吸血鬼が平然としていられる事。もう1つは、何故ウナが祈りを捧げる役割を担っているのかという事。
後者はガゼルに聞けばわかるかもしれないが、そこまで詮索すると怪しまれる危険性が高かった。前者に至っては、吸血鬼を敵としているこの島に、住んでいる彼等に聞くことは出来ない。
しかし、彼の話でわかった事も多かった。全て憶測ではあるが、僕達が吸血鬼の力を扱えないのは神聖な力が働いているせいだと思われる。そして、フランが空腹を感じるようになったのもその影響の1つで、今の僕達は吸血鬼ではなく人間に近い状態になっているのだろう。

「悪い。待たせたな。」
「ううん。全然。」

戻ってきた彼は、椅子を手に持っていた。

「それは…?」
「あぁ。さっきのじいさんに、こいつの修理を頼まれたんだ。」
「それが君の仕事なの?」
「そうだ。ギルド…とまでは言えないが、島の住民の頼み事を出来る限り手伝う、何でも屋…みたいなもんかな。」
「そうなんだ…凄いね…。」
「元々鍛冶師だったし、やろうと思えばなんとかな。ちょっとこれ修理しないといけなくなったから…」
「じゃあ、僕達は、街の中を歩いてみようか。」
「あ、うん!」
「日が暮れる頃、鐘がなると思うからそしたら戻って来てくれ。それまでに色々準備しとくよ。」
「ありがとうガゼルくん。」

僕達は街の近くにあった海岸にやって来た。人気のない場所で、彼と吸血鬼の話をする為だった。

「フラン。僕の憶測なんだけど…。」
「うん。聞かせて。」
「ミグが出せないのとか、フランが武器を作れなかったのは、この島に神聖な力があるからだと思う。今の僕達は、吸血鬼じゃなくて人間になってるんだよきっと。」
「確かに彼の話では、吸血鬼を追い払ったって言ってたしね。力が消えちゃってる…って考えるのが自然だよね。」
「僕は元々人間だから、こうして普通に居られるけど…。フランはどうしてなんだろう…。」
「…僕も…元は人間なのかもしれない。」
「え!?」
「ここに来てから…自分が何者なのか、わからない感じになるんだ。僕が…僕じゃないみたいな…。」
「どういう事?」
「よくわからないけど…。懐かしいっていうか…心地いいっていうか…。」
「…。」
「…なんて。そんな訳ないよね。僕がレジデンスで産まれたっていうのは事実なんだから。今の僕が吸血鬼じゃなくて、人間になっちゃってるから変な感じがするんだと思うよ。お腹が空くなんて感じた事無かったし。」
「それはそうだね…。」
「人間って不便だなぁ。料理を食べないと動けなくなるなんて。」
「でも、それが人の楽しみだと思うよ。吸血鬼に比べたら…不便かもしれないけど。」
「せっかくの機会だし、人間っていうのを体験してみるよ。…そうだ。これからどうする?ここの人達に、吸血鬼の街に帰りたいなんて言えないし…。」
「さっきガゼルが話してたサトラテールって街に行けば、知り合いがいるから何とかなるかも。」
「それまでは、彼の家でお世話になるしかないね。島なら船でしか移動出来ないだろうし、その辺も聞いてみるしかないね…。」
「うん。」

綺麗な夕焼けが海に沈むのを眺めていると、街の方角から鐘の音が聞こえ、僕達はガゼルの家に戻って行った。

「おかえり。」
「た、ただいま…です。」
「気楽に話してくれて構わないぞ。話し方にだいぶ無理あるし。」
「そ、そんな事は…。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「フランは元から気楽そうじゃなかった…?」

テーブルの上には僕達3人の分…より2人分多く、食事が用意されていた。

「たくさんあるけど…ここにはガゼルさん以外にも住んでるの?」
「さっきちょっと話したけど、妹達だよ。」
「ガゼ…」

奥の調理場から料理を盛り付けた皿を持って、ウナがこちらにやって来た。

「あ、ウナちゃん。」
「あ…さっきの…。」
「お、お邪魔してます…!」
「はい…。ガゼルに聞き…ました。」
「そっか…。」

ウナと一緒にギルドで暮らしていた頃は、人懐っこく僕の傍を離れようとしなかった可愛らしい少女だった。しかし、今の僕はルカではなくルナになっているせいなのか、彼女との間に出来た溝がとてつもなく大きなものに感じた。

「あ、あなた達がお客様ね。」

ウナに続いて奥からやって来たのは、ガゼルの妹のフェリだった。

「まだ紹介してなかったよな。こっちが血の繋がった妹のフェリシエルだ。」
「初めまして。えっと…ルナさんとフランくんだったわよね?私の事はフェリって呼んで。」
「は、はい。」
「よろしくねフェリちゃん。」
「もう少しで準備終わるから、2人は座っててくれ。」
「あ、いや…手伝います!」
「気持ちだけでいいわよ~。お客様なんだし。」
「じゃ、じゃあ、後片付けは手伝わせて下さい!してもらうだけだと心苦しいので…。」
「うーん…それなら、後片付けは一緒にやりましょう。」
「はい!」

準備を終えて全員が席に着くと、手を合わせ目を閉じた。

「ミラ様に感謝して、頂きます。」
「「頂きます。」」
「頂きます。」
「い、頂きます…!」

食事をする前のこの行動も、ギルドにいた頃は毎日のようにしていた。しかし、しばらくの間していなかったせいで、すっかり頭から抜けてしまっていた。初めてするであろうフランは、なんの躊躇もなくすんなりと受け入れている様に見える。

「これから先の事考えたか?」
「あ、うん…。サトラテールに知り合いがいるから、そこまで行こうかなと思ってるんだけど…。」

食事をしながら、今後の事を彼等に相談してみる事にした。

「サトラテールだと結構遠いわね。船でも2、3日はかかるわ。」
「み、3日も!?」
「ここ…陸の孤島。」
「それにこの辺りの海域は複雑で、沖に出ても戻って来たりしちゃうのよね。」
「そ、そんなぁ…。」
「すごく…過酷そうな道のりだね…。」
「まぁ、しばらくゆっくり考えるといいわ。乗っていた船が沈んじゃったなら、新しいのも必要だろうし…。」
「そ、そうだよね…。お金も持ってないしなぁ…。どうしよう。」
「なら俺と一緒に何でも屋、やるか?」
「で、出来るかな…?」
「やってみたら出来るかもよ?ガゼルくんが良ければ是非。」

フランの自信は一体どこから来るのだろうか。時々、彼の強引さが羨ましく感じる。

「そうだ!2人は魔法、使える?」
「魔法はあんまり…自信ないかな…。」
「僕も…。」
「そういや…協会で、薬草の調合とかの仕事が溜まってるんだっけ?」
「そう。薬草集める人手も足りないし、調合も間に合ってないのよね。」

フェリはテーブルの上に肘をつき、その上に顔を乗せてため息をついた。

「僕、薬草がどんなのかわかれば集めるの手伝うよ。」
「わ、私も…少しだけ薬草の勉強してたから…役に立てるかも…!」
「よし、なら明日色々試してみるか。」
「はーい。」

食事を終えて後片付けを手伝うと、僕はフェリとウナの部屋で、フランはガゼルの部屋でそれぞれ眠りについた。



「…。」

目を開けると、視界1面に青い空が広がっていた。白い雲が、右から左へゆっくりと流れている。吹き抜ける風で、地面の草が頬を撫でた。

「っ…!」

勢いよく身体を起こすとそこは、草原のど真ん中で周りには建物もなければ、水溜まり1つ見当たらなかった。

「島…じゃないよね…。こんな所あるはずないし…。けど…家がないなら…夢の中でも無いのかな…?」

曖昧な記憶の中、その場に立ち上がると、空に浮かんでいる月に向かって歩き始めた。

「太陽じゃなくて月…。なのに太陽みたいに明るい…。ルナの中も…こんな感じだったような気がするのに…別の場所みたいに感じる…。」

夢と現実の境が曖昧になり、自分が何者なのかそれすらも曖昧になっていく。今の自分はルナなのか、それともルカなのか。吸血鬼なのか、人間なのか。そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、突然現れた木に正面からぶつかった。

「痛っ…!」

 その衝撃で後ろに倒れると、周りは目覚めた草原ではなく、森の中だった。

「あ…れ…?いつの間に森の中に…?」

訳が分からないまま森の中を進むと、太陽のように明るかった月も次第に光を弱め、月明かりに変わっていた。

「あ…。」

森の奥の開けた場所に、大きな湖が現れた。その中央にある陸の上に、光り輝く1輪の青い花が咲いている。

「あれって…アスルフロル…?」

アスルフロルは夜にしか花を咲かせない珍しい薬草で、前に僕がルナの為に森に取りに来た事があった。しかし本来、その花が咲くのは日の当たりにくい場所が多い。何も遮る物のない湖の真ん中で、その花は美しく咲き誇っていた。

「なんでこんな所に…。」
「アスルフロルの花言葉は…届く願い。」

後ろから少女の声が聞こえ、振り返るとそこには月明かりに照らされたルナが立っていた。

「ルナ!」
「ルカは…私の為に、その花を探してたんだね。」
「どうして…その事を知ってるの…?」
「部屋の本を読んだの。アスルフロルの花を使って作られた薬は、作った人の想いや願いがその薬の効果になるって書いてあった。」
「…そう…だね。」
「けど私は望んでない。」
「え…?」

彼女は僕の方へ腕を伸ばした。すると、何も触れていないはずの肩が押されて後ろに倒れ、湖の中に落ちた。水の中は重く冷たく、身体はどんどん底へ沈んでいく。次第に胸が苦しくなり、意識が朦朧としていった。

『ルナ…。』

目を閉じ、心の中で彼女の名前を呼んだ。
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