エテルノ・レガーメ

りくあ

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第2章︰ルナソワレーヴェ

第11話

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「…い。…きろ!」
「…?」

目を開けると、目の前には見たことの無い顔の男が立っていた。手足を動かすことが出来ず、板に張り付けられていた。

「全く…やっと起きたか。これから幹部の方がお見えになるのだから、しゃきっとしろ!」

意味もわからないまま、男に頬を叩たかれた。

「ちょっとあなた。傷をつけないようにしてくださる?どれほど大事なものかわかっているの?」
「し、失礼しました。」

後ろの方から女の人の声が聞こえ、後ろに首を少しだけ回すと、黒いドレス姿の大人の女性がこちらに歩いてきた。灰色の様にも見える銀髪を首元の左右で分けてまとめ、綺麗にクルクルと縦に巻かれている。

「ようやくお目覚めね。」
「誰…?」
「私は、エレナタリーシア。エレナと呼んでいただければそれでいいわ。」
「ここ…は…。」
「…随分とお喋りなのね。ここがどこだか知ってどうするつもり?」
「帰ら…ないと…。そうだ…ヴェラ…は?」
「ヴェラ?あぁ…。ヴェラヴェルシュの事ね。さぁ…?どこにいるかしら?あの方はお忙しいようだから。」
「ヴェラ…ヴェルシュ…?」
「はぁ…。ちょっと黙って貰えるかしら。」

彼女が手にしたムチが、勢いよく僕のふくらはぎに命中した。

「痛…っ。」
「おい。エレナ。何やってる。」
「あら。思ったより早かったですわね。」

部屋の扉が開くと、またしても見知らぬ男が2人部屋に入ってきた。1人は、片目を眼帯で隠していて、髪も服装も瞳の色さえも全身真っ黒の青年だった。もう1人の方は、生え際が黒く、毛先にいくにつれて白くなっている変わった髪色をしていた。黄色の鮮やかな瞳が、僕の隣に立っている彼女の方を向いた。

「エーレナー!あぁ…君はこんな薄汚い場所にいても、華麗に咲く薔薇のようだね…。」
「うるさいですわよ。レーガ。」
「君になら罵倒されても悪い気はしないなぁ。ね?ライガ?」
「俺に振るな。」

ライガと呼ばれた男は、僕近づくと前髪を掴み上に持ち上げた。

「うっ…。」
「どれ。味見してやろう。」
「えっ…?っ……ふぁ…。」

首元に噛みつかれると、体の力が抜けていき、手の先から血の気が引いていくのを感じた。

「ライガ…!あなた、同性の人間の血を吸うなんて、頭がおかしいのではなくて?」
「黙れ。味見だと言っただろう。」
「僕、男って聞いてもっとむさ苦しいのをイメージしてたけど…。君、結構可愛いね。」
「レーガ…あなたまさか殿方まで…。」
「違う違う!そういう意味じゃないよ!?」
「ふむ…。確かにあいつの言う通りだな。」

彼は首から離れると、血のついた口元を手で拭った。

「彼は、器にするんでしょ?」
「いや。器にするのは惜しい。転向する事にしよう。」
「では、後の作業はフィーに任せてきますわ。」
「ねぇ。君の名前、聞いてもいい?」

レーガと呼ばれた青年が、僕に顔を近づけて微笑んだ。

「…ルカ…です…。」
「せっかくのいい名前なのに…残念だな。次に会う時は女の子であることを祈ってるよ。」
「馬鹿な事を言ってないで、あなたも早く帰りますわよ。」
「はーい。」

意識が朦朧としているせいか、彼等の話す言葉の意味が全く理解できなかった。



「ぅん…?」

天井で明るく光っている照明の眩しさで、目をゆっくりと開いた。右には白い壁があり、左には見慣れない少女がこちらを見ていた。

「お、起きましたか…?」
「…誰?」
「フィースファレム…フィーとお呼びください…。」

フィーと名乗った少女の目は、珊瑚色の長い前髪のせいで見ることは出来なかった。

「ここは…?」
「あなたの部屋…です。その…。これから、ライガの所に行きましょう…。」
「ライガって、誰?」
「大丈夫…怖くない…ですよ。」

彼女に言われるまま、ベッドから起き上がると、自分の長い白髪が頬に垂れた。
扉の脇にある鏡の前に立つと、そこに写る自分の姿は、初めて出会う少女と対面しているかのようだった。右手をあげると、鏡の中の少女も同じように手をあげる。

「何してるですか…?行きましょう…。」

小さい彼女の手が自分の小さい手を握って、廊下を歩き出した。背が低いせいで歩幅が小さく、歩きにくい階段を必死にのぼっていく。

「ライガ…入ります…。」
「フィーか。ご苦労だった。」

入った部屋の中には、見覚えのない青年が立っていた。上から下まで全身真っ黒で、怪我をしているのか片目を眼帯で隠している。彼がこちらに歩み寄ると、隣に立つフィーの頭を撫でた。

「名前は?」

顔の高さが同じくらいになるように、彼はその場にしゃがんだ。

「名前?…思い出せない。」
「どこから来たかわかるか?」
「どこ…?どこだろう…。」
「…無理に思い出さなくていい。名前は俺がつけてやる。そうだな…。ルナ…ルナソワレーヴェ…。」
「ルナ…?」
「とても…いい名前…です。」
「ありがとう…。ライガ…さん…?」
「さんは要らない。今日から俺達は兄弟だ。」
「兄弟?」
「私、お姉さんに…なるんですね。」
「そうだな。夕飯は全員で食べる事にしよう。フィー。みんなに伝えてくれ。」
「はい…!」

彼と手を繋ぎ、必死に登ってきた階段をゆっくりと降りると、食堂と呼ばれている部屋へとやってきた。しばらく椅子に座っていると、先程部屋を出ていったフィーがやってきて、その後に続いて男女2人もやってきた。

「初めましてルナ。エレナタリーシアですわ。エレナと呼んでくださいね。」

黒いドレス姿の彼女は、綺麗に巻かれた銀色の髪をしていて、左右に分けられた前髪の間から青緑色の瞳が見えた。

「よろしくね!エレナ!」
「あぁ…君の笑顔は眩しすぎて、照りつける太陽のようだ…。」

同じくこちらにやってきた青年が前にしゃがみこむと、小さな手を包むようにして握りしめた。

「太…陽…?」
「この男は変態なので、気をつけてくださいね?」
「ヘンタイ…っていう名前?」
「あはは!違うよ~!僕はレーガイルラギト。レーガって呼んでね?」
「わかった!」

隣に立っていたエレナがレーガの手首を掴むと、彼を数歩後ろに引きずっていった。

「改めて俺も名乗ろう。ライガヴィヴァンだ。ライガで構わない。」
「そういえばヴェラ来ないの?」
「ヴェラ?」
「来るって…さっき返事が…。」

勢いよく扉が開くと、黒いローブを着た金髪の女性が歩み寄ってきた。

「遅いぞ。何してた。」
「別になんでもいいでしょ…。」

彼女の茶色の瞳が、こちらを睨みつけるように見下ろした。

「…性別まで変えたのか。」
「えっ?」
「何の話をしている。」
「…別に。」

一言吐き捨てるようにして、彼女は部屋を出て行ってしまった。

「ルナ。気にしなくていいからね?」
「う、うん…。」
「さ、食事にしましょう。ルナはお肉とお魚どっちが口に合うかしら?」
「私は…お肉が好きです。ルナも食べましょう…。」
「うん!ありがとうみんな。」



「ルナ。もう一回だ。」
「う、うん…!」

目覚めてから数日経ったある日、私はライガから魔法の使い方を教わる事になった。
建物に囲まれた中心にある中庭で、目をギュッとつぶり、神経を手に集中させる。

「武器をイメージするんだ。剣でも槍でもなんでもいい。」
「武器…。武器…。」

親指から滴り落ちる血が、足元に染み込んで広がっていく。

「ルナ。」
「なぁに?ライガ。」
「そろそろ休憩しよう。そのままだと身体が持たない。」
「あ、うん…。」

近くのベンチに腰をかけると、彼も隣に座った。血の流れている指をそっと掴むと、口をつけた。

「ライガ…っ…くすぐったいよ…。」
「止血しないといけないんだ。少しは我慢しろ。」
「ライガ!何してるんだ君は!」

2人しかいなかったはずの中庭に、突然彼が現れ、ベンチの後ろに立ってライガの腕を掴んでいた。

「あれ?レーガどこから…?」
「何って止血を…」
「それは僕の役目なのに!」
「役目?」
「下心丸出しだぞ…レーガ。」
「そ、それは、ライガでしょ!?」
「あ、止まったみたい。ありがとうライガ!」
「あ、あぁ…。」
「止血しなきゃいけないなんて、2人で一体何をしてたの?」
「武器を作る魔法の練習!でも、上手くいかなくて…。」
「そんなに早くできるわけが無い。」

背後から女性の声が聞こえて振り返ると、どこから現れたのかレーガの隣にヴェラが立っていた。

「ヴェラ、どこから出てきたの!?」
「ヴェラは魔法で瞬間移動出来るからね。ちなみに僕は走っ…」
「すごい!私もヴェラみたいに、上手く魔法が使えるようになりたいなぁ。」
「そうだ、ヴェラ。お前が教えてやれ。」
「嫌よ。」
「…。」

ライガはしばらく無言で彼女の方を見つめると、彼女は小さくため息をついた。

「…わかったわ。」
「止血なら僕に任せてね!」
「レーガ。お前は俺と、フィーの手伝いに行くぞ。」
「えー!?せっかく来たのに!」
「レーガ、また後でね!」
「しょうがない!可愛いフィーの為に一肌脱がないと…!」
「いいから、さっさと行って。」

彼等が去った後、彼女はこちらに歩み寄り、無言で私を見つめた。

「ヴェラ…?」
「…はぁ。…とりあえず、やってみて。」
「うん!」

ライガに教わった通りにやってみたものの、やはり武器が出る気配はなかった。

「やっぱりだめだなぁ…。」
「まず、もう少し体の力を抜いて。目を閉じる事に力を使いすぎてる。」
「そ、そっか…。ちゃんと目を閉じなきゃって思ってたからつい…。」
「そっと閉じればいいの。後は、武器のイメージだけど、どんなのをイメージしてる?」
「えっと…。剣とか、槍とか、弓とか?」
「具体的な物をあれこれ想像するから、イメージが上手くまとまらないのよ。まずはどれか一つに絞るか、全ての武器に共通する漠然としたイメージを想像するか、どっちかにして。」
「全ての武器に…共通する…。漠然としたイメージ…?」 
「武器は何をするものなのか。武器を出して何をしたいのか。その武器でどんな事が出来るのか。そんな感じ。」
「わかった!やってみる!」

目をそっと閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。

『武器は戦うもの。武器を出してみんなの力になりたい。その武器は誰かを守るもの。私はこの武器で………大切な人を守りたい!』

「ルカ!」
「…!」

目を開くと、手には小さめの銃が握られていた。さらにその足元にも、10丁を超えていそうな程の多くの銃が散乱していた。

「え…なんで…こんなにいっぱい…。」
「…。」
「あら!凄いですわルナ!」

中庭の前を通りかかったエレナが、私の様子を見て手を叩いた。

「エレナ!やっと私、武器出せるようになったよ!」
「おめでとう!さっそくライガに報告しに行きましょう。」
「あれ?ヴェラは…?」

周りを見渡したが、どこにも彼女の姿はなかった。

「あの方は常に忙しいですから…。さ、行きましょう。」
「うん…。」



「あれ?ルナ、どうかした?」

その日の夜、中々寝付けなかった私はレーガの部屋を尋ねた。

「ごめんねレーガ。夜遅くに…。」
「僕はいつでも大歓迎だよ。せっかくだから、お茶でも持ってくるよ。部屋に入って待っててくれる?」
「うん!」

彼が用意してくれた甘いミルクティーを飲みながら、ヴェラの話をした。

「ヴェラの事、どうして知りたいの?」
「ヴェラ、あんまり話しかけてくれないから嫌われてるのかなって思って…。」
「ルナのどこが嫌いになるの?こんなに素直で可愛いのに。」
「でも…。」
「ヴェラはコミュニケーションが苦手なんだよ。どう話しかけたらいいかわからなくて、いるんじゃないかな?」
「そういう時、私はどうしたらいいかな?」
「積極的に話しかけるのもいいし、何も話さなくても笑顔を見せてあげるだけで充分だと思うよ。」
「そっか…!あ、そうだレーガ。」
「ん?」
「ルカって誰?」
「ぇ…?」

彼は目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。

「レーガ?」
「あ、えっと…どうして知りたいの?」
「ヴェラが私の事、そう呼んだ気がして…。」
「聞き間違えたんじゃないかな?そんな名前聞いた事ないよ?」
「そっかぁ…聞き間違いだよね。」
「魔法の勉強で疲れてる?寝れないなら、僕が一緒に寝てあげるよ。他にもお話聞かせてあげる。」
「やった!じゃあ、次はライガの話して!」
「よーし。じゃあ、続きはベッドでね。明かりを消すよ?」
「はーい。」

レーガの話を聞いていると、その心地良さにいつの間にか意識は薄れ、そのまま朝になるまで眠りについていた。
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