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36 車の内装は守られた  

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 唇が近づいてくる。恭弥はぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。
 アランの唇がたわむれるように、軽く恭弥の唇に重なる。子どものようなキスなのに、感電したように恭弥は身体を震わせた。
 
「んんんんぅ……っ!!」
 
 ばんそうこうをしていない乳首がアランの胸でこすれている。甘くてひどい痺れが喉の奥にこみあげて、声を我慢できない。
 
「恭弥くん?」

 名前を呼ばれて、恭弥はおそるおそる濡れたまぶたを開いた。

「そっか、胸、感じちゃってんだ。ばんそうこう、してないから」

 アランの視線が恭弥の胸のあたりに注がれている。視線を追うと、シャツを持ち上げ、ふたつの粒がはっきりとかたちをつくっている。
 恭弥は恥ずかしさでいっぱいになった。ジーンズの中がどんどんと熱を持っていく。
 
「さっきから、なんか様子が変だとは思ってたんだ」

 アランの指がそっと恭弥の唇をぬぐう。恭弥はまた指の下で悲鳴をあげた。
 
「ん……!」
「どうする? 車でする?」

 アランはなんでもないことのように言う。
 恭弥は弾かれたように、必死に首を横に振った。
 
「だ、だめ、それ、だけは」

 アランの祖父が遺したものを、汚すわけにはいかない。
 アランは何を考えているかわからない顔つきで微笑した。
 
「ぼくさぁ、たまに思うんだよ。君にもっと対価を要求したら、もっと君をぼくに縛り付けられるんじゃないか、って」

 アランの指は唇を撫でるのをやめない。恭弥はとろとろとした熱に浮かされていく。
 
(だめだ) 
 
「たとえば、だけど。君がエッチな汁であの車を汚しちゃったら、律儀な君は責任を感じて、もうどこにも行けなくなるんじゃないか……とかさ」

 恭弥はじり、と太ももを擦り合わせた。
 
「うそうそ。君の真面目さにつけこむのはよくない。君に本気で嫌われてしまう」

 アランはぽんと恭弥の頭をなでると、身体を離した。恭弥はアランのシャツにつかまって息を弾ませている。
 
「とにかく、車に戻ろう。こんなこともあろうかと、ばんそうこうの用意はしてあるんだ」

 アランは優しく恭弥の背中に手を回して歩き始めた。
 どうやって歩いたかもよくわからない。車に戻った恭弥はエンジンをつけ、冷房をかける。じっとりと汗をかいている。
 
「はい、ばんそうこう」

 アランはポケットから二枚のばんそうこうを出すと、恭弥の手のひらに握らせた。
 
「いるよね?」

 恭弥は恥ずかしくて何も言えなかった。シャツをそうっと開き、急いでいつもの場所に不織布を貼る。
 粒が完全に覆われると、恭弥はほっと息をついた。

「どうする、もう帰る?」
「大丈夫、だと思います……」

 恭弥はシャツのボタンを閉めなおした。
 感覚が遮断されたおかげで、下半身の熱も徐々にひいていった。
 
(俺……ほんとにこれがないとダメになっちゃった)

 恭弥は情けなくなる。

「はあ。おあずけか。ときどき自分の優しさが嫌になるよ。ばんそうこう胸に貼ってほっとしてる恭弥くん、エッチすぎる」

 アランはぼやいている。

「あの、か、帰ったら……ごにょごにょ」
「ん?」

 よく聞こえなかったようで、アランは聞き返した。

「帰ったら、いっぱいしてください」

 恭弥は蚊の鳴くような声で言った。
 アランは呻いて、手で目を覆った。
 
「ちょっと恭弥くん、そういうこと言う? お兄さん我慢できない……ねえねえ、ほんとにここでする気、ない?」
「ありません」

 恭弥はきっぱりと言った。
 
「……そんなことで汚しちゃったら、あんなに喜んでたよしえさんに合わせる顔がないんで」
「そっかー」

 帰ってから、恭弥がたくさん鳴かされたのは言うまでもない。
 
 
 
「いってきます」
「ほんとに車、使わないの」
 
 翌朝、いつものように自転車にまたがる恭弥に向かって、アランは口を尖らせた。

「使いませんよ。停めるとこないし。第一、あんな高級車で通ってきたら皆さんびっくりするでしょうが」
「今日は諦めるから、せめて天気が悪い日は使いなよ」
「合羽でいいっすね」
「もう、頑固なんだから。いってらっしゃい」

 恭弥は店に向かって漕ぎ出した。
 
「おはようございます」
「おはよう榛名くん」

 サボの妻が店の前をそうじしている。
 彼女は恭弥を二度見した。
 
「ちょっと榛名くん。首にキスマークついてる」
「え、どこです」

 恭弥はかっと赤くなった。アランめ。

「右。お客様に気づかれたら困るから、隠して」

 恭弥はあわてて第一ボタンをきっちりと止めた。
 
「お相手、霜山さん?」
「……はい」
「ほんとに付き合ってるんだ」

 サボの妻はため息をついた。
 
「あのさ、万が一、念のための話だけど……霜山さんとうまくいかなくなっても、うちでの仕事は続けてほしいな」
「うまくいかなくなる……?」

 恭弥は呆然と聞き返した。
 妻はあわてて言葉を足した。
 
「もちろん、そうなるって言ってるわけじゃないよ。霜山さん、榛名くんは特別だっていうし、うん」
「どういうことですか」



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