23 / 26
23 ベータの宿命
しおりを挟む
「……くさい。早く風呂に入れ」
俺は吐き捨てるように言って、背中を向けた。
「くさい……ああ、打ち上げのとき、知らないオメガの子が無理やりひっついてきてたからか。彼氏いるって言ってるのに」
サノユーはのんびりと答えた。
「その子、よりにもよって発情しかけてさ、あわてて抑制剤飲ませて解散したんだよ。困るよねぇ」
発情。
ベータの俺が、絶対になれないものだった。
「お前、オメガ用の抑制剤、持って歩いてるのか」
俺は固い声で尋ねた。
「アルファだったら既婚者だろうが、誰だって持ってるから。マナーなんだよ」
「緊急避妊薬は?」
「使ったことないけど、持ってはいる」
持っているということは、それを使うシチュエーションがありうる、ということだ。
もしサノユーが運命のオメガに出会ってしまったら。そのとき、もし運命のオメガが発情していたら、サノユーはいったいどうするんだろう。
あの無限の欲望で、その子を求めてしまうんだろうか。
また俺は、いらないベータに戻るんだろうか。
「あ、朝くんもしかして、やきもち妬いちゃった?」
「うるさい、早く入れって!」
俺は本気でいらいらしていた。
「……ごめん。デリカシーなかった。今、におい落としてくるね」
サノユーは小さくつぶやくと、風呂場に急いで行った。
(くそ……)
ドアをばんと閉めて、ベッドに腰かける。
ぽつん、ぽつん。雨粒のように、フローリングに水滴がいくつも落ちていく。俺の目からこぼれたものだったことに気づくと、俺はひどくみじめになった。
このままではまた捨てられる。
(もう手遅れなのに)
心も身体も、すっかりサノユーと切り離せなくなってしまったのに。
「朝くん」
風呂からあがったらしいサノユーがそっとドアから入ってくる。
「ごめん、怒ってるね。誤解してるかもしれないけど、僕、なんにもしてないから」
やわらかい声で言って、隣に座った。
「今は、だろ」
「なんでそんなこと言うの?」
俺は暗く言った。
「お前もあいつと同じなんだ。どうせオメガにとられる」
「バカだなぁ。僕はお前しかいらないよ」
頬にむかって伸ばされた手を、俺は払いのけた。
「あいつだって最初はオメガに興味ないとか言ってたくせに、あとで運命のオメガに出会ったんだ。お前たちアルファはみんなそうだ。オメガの影響力を過小評価して、あとで本能に流される」
「そのアルファといっしょにするの、ほんとやめて?」
サノユーは少し気色ばんだ。
「その初恋のアルファみたいに浮気したなら怒られても仕方ないけど、僕は何もしてない」
「ある意味あいつよりひどいだろ」
「なんでだよ!」
「あいつは俺に何もしなかったが、お前は俺を手遅れにした」
「それは」
サノユーは一瞬、言葉につまった。
「……そうだね」
そう言って、サノユーは自虐的な笑いを浮かべた。
「僕はお前を手遅れにしたかった。だからお前のコンプレックスをかきたてて、オメガになれるって餌をちらつかせて、既成事実を作った。ひどいでしょ?」
「オメガになんて、なれないのに」
「うん。オメガになれる確率なんて低いのに。そんなのにつられちゃって。ちょろすぎ」
言葉のきつさと裏腹に、サノユーの声はひどく優しい。
「朝くん、ほんとかわいそうな子だね。オメガになれるかもって期待だけで、身体じゅう開発されて、わけわかんなくなるまで抱かれちゃって、無理やり好きって言わされて……好きだよ、そんなお前が。こんなかわいい子、捨てられるわけないじゃん」
そっと頭を撫でられた。
今度はその手を払いのけることができなかった。
「約束する。僕はオメガなんかに浮気しない。もし万が一本能が暴走しても、ちゃんとお前にぶつけてあげる]
「口約束だろ、そんなの」
「信じてよ」
「俺だって疑いたいわけじゃない」
俺は手のひらに顔を埋めた。
「なんでオメガになれないんだ、俺は。そうすれば全部解決するのに」
「うん。僕だってしてあげたい。オメガになったらお前はもっと僕に依存してくれる」
「俺、ほんとに手遅れなんだよ。捨てられるぐらいなら捨ててやるって、言ってやりたいのに、できない」
「そんなこと、冗談でも言わないでよ」
サノユーは俺を抱きしめた。涙がいくらでも溢れだしてきた。
「すきなんだ、サノユー。お前がいないと、ダメなんだ」
ベッドに押し倒されながら、俺はしゃくりあげた。
俺は吐き捨てるように言って、背中を向けた。
「くさい……ああ、打ち上げのとき、知らないオメガの子が無理やりひっついてきてたからか。彼氏いるって言ってるのに」
サノユーはのんびりと答えた。
「その子、よりにもよって発情しかけてさ、あわてて抑制剤飲ませて解散したんだよ。困るよねぇ」
発情。
ベータの俺が、絶対になれないものだった。
「お前、オメガ用の抑制剤、持って歩いてるのか」
俺は固い声で尋ねた。
「アルファだったら既婚者だろうが、誰だって持ってるから。マナーなんだよ」
「緊急避妊薬は?」
「使ったことないけど、持ってはいる」
持っているということは、それを使うシチュエーションがありうる、ということだ。
もしサノユーが運命のオメガに出会ってしまったら。そのとき、もし運命のオメガが発情していたら、サノユーはいったいどうするんだろう。
あの無限の欲望で、その子を求めてしまうんだろうか。
また俺は、いらないベータに戻るんだろうか。
「あ、朝くんもしかして、やきもち妬いちゃった?」
「うるさい、早く入れって!」
俺は本気でいらいらしていた。
「……ごめん。デリカシーなかった。今、におい落としてくるね」
サノユーは小さくつぶやくと、風呂場に急いで行った。
(くそ……)
ドアをばんと閉めて、ベッドに腰かける。
ぽつん、ぽつん。雨粒のように、フローリングに水滴がいくつも落ちていく。俺の目からこぼれたものだったことに気づくと、俺はひどくみじめになった。
このままではまた捨てられる。
(もう手遅れなのに)
心も身体も、すっかりサノユーと切り離せなくなってしまったのに。
「朝くん」
風呂からあがったらしいサノユーがそっとドアから入ってくる。
「ごめん、怒ってるね。誤解してるかもしれないけど、僕、なんにもしてないから」
やわらかい声で言って、隣に座った。
「今は、だろ」
「なんでそんなこと言うの?」
俺は暗く言った。
「お前もあいつと同じなんだ。どうせオメガにとられる」
「バカだなぁ。僕はお前しかいらないよ」
頬にむかって伸ばされた手を、俺は払いのけた。
「あいつだって最初はオメガに興味ないとか言ってたくせに、あとで運命のオメガに出会ったんだ。お前たちアルファはみんなそうだ。オメガの影響力を過小評価して、あとで本能に流される」
「そのアルファといっしょにするの、ほんとやめて?」
サノユーは少し気色ばんだ。
「その初恋のアルファみたいに浮気したなら怒られても仕方ないけど、僕は何もしてない」
「ある意味あいつよりひどいだろ」
「なんでだよ!」
「あいつは俺に何もしなかったが、お前は俺を手遅れにした」
「それは」
サノユーは一瞬、言葉につまった。
「……そうだね」
そう言って、サノユーは自虐的な笑いを浮かべた。
「僕はお前を手遅れにしたかった。だからお前のコンプレックスをかきたてて、オメガになれるって餌をちらつかせて、既成事実を作った。ひどいでしょ?」
「オメガになんて、なれないのに」
「うん。オメガになれる確率なんて低いのに。そんなのにつられちゃって。ちょろすぎ」
言葉のきつさと裏腹に、サノユーの声はひどく優しい。
「朝くん、ほんとかわいそうな子だね。オメガになれるかもって期待だけで、身体じゅう開発されて、わけわかんなくなるまで抱かれちゃって、無理やり好きって言わされて……好きだよ、そんなお前が。こんなかわいい子、捨てられるわけないじゃん」
そっと頭を撫でられた。
今度はその手を払いのけることができなかった。
「約束する。僕はオメガなんかに浮気しない。もし万が一本能が暴走しても、ちゃんとお前にぶつけてあげる]
「口約束だろ、そんなの」
「信じてよ」
「俺だって疑いたいわけじゃない」
俺は手のひらに顔を埋めた。
「なんでオメガになれないんだ、俺は。そうすれば全部解決するのに」
「うん。僕だってしてあげたい。オメガになったらお前はもっと僕に依存してくれる」
「俺、ほんとに手遅れなんだよ。捨てられるぐらいなら捨ててやるって、言ってやりたいのに、できない」
「そんなこと、冗談でも言わないでよ」
サノユーは俺を抱きしめた。涙がいくらでも溢れだしてきた。
「すきなんだ、サノユー。お前がいないと、ダメなんだ」
ベッドに押し倒されながら、俺はしゃくりあげた。
76
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
今日も、俺の彼氏がかっこいい。
春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。
そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。
しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。
あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。
どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。
間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。
2021.07.15〜2021.07.16
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
この腕が届く距離・後日談
あさじなぎ@小説&漫画配信
BL
この腕が届く距離https://www.alphapolis.co.jp/novel/357150587/762676447 の後日談
アルファである夏目飛衣に囲い込まれたベータの俺は、飛衣が18歳になればこの関係はおわるだろうと考えていた
だから、愛を囁かないでほしい。俺の決意が揺らぐから。
愛したいけど愛しちゃいけない。しょせんアルファとベータが結ばれるなんてないんだから
※ピクシブにものせています
※そんなに続かない
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ガラス玉のように
イケのタコ
BL
クール美形×平凡
成績共に運動神経も平凡と、そつなくのびのびと暮らしていたスズ。そんな中突然、親の転勤が決まる。
親と一緒に外国に行くのか、それとも知人宅にで生活するのかを、どっちかを選択する事になったスズ。
とりあえず、お試しで一週間だけ知人宅にお邪魔する事になった。
圧倒されるような日本家屋に驚きつつ、なぜか知人宅には学校一番イケメンとらいわれる有名な三船がいた。
スズは三船とは会話をしたことがなく、気まずいながらも挨拶をする。しかし三船の方は傲慢な態度を取り印象は最悪。
ここで暮らして行けるのか。悩んでいると母の友人であり知人の、義宗に「三船は不器用だから長めに見てやって」と気長に判断してほしいと言われる。
三船に嫌われていては判断するもないと思うがとスズは思う。それでも優しい義宗が言った通りに気長がに気楽にしようと心がける。
しかし、スズが待ち受けているのは日常ではなく波乱。
三船との衝突。そして、この家の秘密と真実に立ち向かうことになるスズだった。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら
たけむら
BL
何でもできる幼馴染への告白を邪魔してみたら
何でも出来る美形男子高校生(17)×ちょっと詰めが甘い平凡な男子高校生(17)が、とある生徒からの告白をきっかけに大きく関係が変わる話。
特に秀でたところがない花岡李久は、何でもできる幼馴染、月野秋斗に嫉妬して、日々何とか距離を取ろうと奮闘していた。それにも関わらず、その幼馴染に恋人はいるのか、と李久に聞いてくる人が後を絶たない。魔が差した李久は、ある日嘘をついてしまう。それがどんな結果になるのか、あまり考えもしないで…
*別タイトルでpixivに掲載していた作品をこちらでも公開いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる