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22 アルファと交際するということ

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「ひえ、も、もう無理だぞ!! ほんとに死んじゃう」

 俺は後じさりしながら叫んだ。毛布をあわててかき集めて裸を隠す。
 サノユーは眉を下げて笑った。
 
「それ、かえってそそるから、やめて」

 化け物か。

「そんなこと言って、ベータのままでいいの?」

 俺は一瞬言葉に詰まったが、すでに足腰が立たなくなっている気配がする。限界だ。

「きょ、今日はいい! ほんとに、むり……」
「わかった、わかった。いちばんほしかった言葉はもらったし、明日はおたがいにお仕事だし、そろそろ我慢してあげる。ほんとはまだまだ足りないけど」
「嘘だろ……まだまだって」

 アルファの性欲はこわい。
  
「ベータ卒業、できなかったね」
「あれでもダメなのか……」

 あんな思いをしたのに、まだオメガになれないなんて、と俺は肩を落とした。
 サノユーは慰めるように俺の頭を撫でた。

「まあ、毎日気長にやろっか。なんせ僕ら、恋人になったんだし。時間はたくさんあるじゃん」
「ああ……うん」

 そういえば、そういうことになったんだったか。
 最中に無理やり言わされた感じもあったが、一応俺はサノユーが好きなのだし、まあいいだろう。
 それより、サノユーが同居人から恋人になって、俺たちの生活はこれからどう変わるんだろう。案外、たいして変わらないんだろうか。
 考えているうちに、大事な部分を聞き逃すところだった。
 
「いや待て、毎日!?」

 サノユーはにこにこしている。

「あ、平日はちゃんと手加減してあげる」
「ってことは土日は」
「僕アルファなんで。おたがい予定がないかぎりこんな感じですね」
「ひええ、死ぬ」
「だいじょうぶ。お前がオメガになれば全部解決」
「まだベータなんだが!?」
「でも朝くん、言うわりに丈夫じゃない? ぎゃーぎゃー元気に叫んでるし」
「まあ、12時間以上寝てたからな」
「ん? 三十分ぐらい前までずーっと、続き、してたよ?」
「初耳だが!?」

 こんな調子で、サノユーとの交際はスタートした。 
 サノユーはいい同居人だったが、恋人としても悪くなかった。
 懸念されていた性欲問題だったが、案外サノユーは無茶を言わなかった。残業や付き合いがある日はお休みにしてくれる。
 そのかわり、いったんスイッチが入ると暴走を止められなくなる。そういうときはどんなに泣いてもダメだ。サノユーがアルファである以上、仕方がないことなのだろう。
 体力的には大変だが、サノユーと恋人であるという事実は、俺に前以上の自信を与えてくれた。
 愛されている俺は日に日に美しさを増し、鏡の前で輝いていた。
 もしベータでなくなったら、ほんとうに完璧になれるのに。
 
 
 
 一か月の交際期間は、それなりに幸福だった。
 そんなある日のことだった。
 その日は日曜日で、サノユーは友人の結婚式に出席して留守だった。せっせと自分磨きしながら、俺は珍しくおだやかな休日を楽しんでいた。
 ふいにスマートフォンが鳴った。母からだった。
 
「もしもし? どうしたの」
「朝くん? お母さんよ。忙しいのはわかるけど、たまには連絡ぐらいしなさい」

 連絡するたびに恋人はできたか聞かれるのが面倒で、このところ、実家とは少し疎遠になっていた。
 親戚の多いうちで、母も世間体が気になるのだろうとは思う。オメガとして、ごく自然に幸福な結婚ができた母には、俺の気持ちはわからない。
 
「ああ、うん……ごめんね。なんの用」

 サノユーのことを言うべきか、迷いながら俺は答えた。

「それなんだけどね? 朝くん、ちょっとお見合い、してみない?」
「は?」
「お父さんの知り合いのお嬢さんなんだけど、お写真見たらとってもきれいで。家柄も悪くなくって。この子なら、うちの自慢の朝くんにもぴったりなんじゃないかって思ったの。今画像送るわね、えっと、どうやるんだったかしら」
「待って、待って。俺、今恋人いるから」

 俺はあわてて叫んだ。

「えっ、そうなの? あら、おめでとう。じゃあこのお話はお断りしなくちゃ……どんなお嬢さん?」
「え……あ……男……」

 突然のカミングアウトに、母は一瞬何も言わなかった。
 
「……ごめんなさい、ちょっとびっくりしただけ。朝くんが好きになった人なら、きっととっても素敵だわ!」

 反対されるかと思っていた俺は少し拍子抜けした。
 アルファとオメガなら、男どうしや女どうしのカップルなんて珍しくもない。だが、ベータは彼らと違って特別な生殖機能を持たないから、男女で結婚するのが一般的だ。

 
「いいの?」
「もちろん。朝くんが幸せなのが、私たちの幸福だもの。で、どんな人?」
「お母さんも知ってるだろ。大学時代からいっしょに住んでる、サノユーってやつ」

 今度こそほんとうに、母は黙り込んだ。

「佐野さん、アルファだったわよね」
「うん」
「……お母さん、応援できないわ。今からでも遅くないから、考え直して。だって……いつか朝くんが傷つくの、わかりきってるもの」
「あいつは一途だよ。五年も俺に告白し続けてきたぐらい」

 少し居心地の悪さを感じながら、俺は言い張った。

「ええ。佐野さんはいいひとよね。知ってるわ。きっと生半可な気持ちじゃないとは思うわよ。朝くんはお父さんそっくりで魅力的だもの、佐野さんも、きっと今は朝くんしか見えないのよ」

 今は、というところに母は力点を置いた。

「でも……あなたはアルファというものを知らないわ」

 ほんとうは知っている。オメガにそそのかされたアルファがどんなに薄情か。

「お母さんの学生時代にもね、あったのよ。とってもきれいなベータの女の子が、アルファにどうしてもって迫られてね。流されてお付き合いしたんだけど、結局オメガに乗り換えられちゃって。あとでそのベータの子、妊娠してたのがわかって、大騒ぎになったことが……アルファの本能ってそういうものなの」

 今の俺が、いちばん聞きたくない噂話だった。
 
「大事な朝くんにそんな思い、させたくないわ」
「お、俺なら心配いらないから。また連絡するね、それじゃ。お見合いは断っておいて」
「ちょっと、朝くん」

 一方的に電話を切って、俺は考え込んだ。
 まさか。サノユーは俺にぞっこんだ。あいつにかぎって、そんなこと、あるはずがない。

「ただいまぁ」

 かなり遅くになってから、酔っぱらった顔で、サノユーは帰宅した。打ち上げに出たせいか、せっかくの礼装もよれよれになっている。

「おかえり。どうだった、結婚式は」
「成功だったよ。打合せをすっぽかした罰としてセンターで踊らされたのは、かなり恥ずかしかったけど……って、朝くん? どうかした?」
 
 出迎えた俺は、玄関で思わず立ち尽くした。
 サノユーは甘いオメガのにおいをさせていた。



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