βがコンプレックスな俺はなんとしてもΩになりたい

蟹江カルマ

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18 告白 

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18 告白 

 儀式が終わると、サノユーは身体を起こした。

「さ、お風呂もう一度行っておいで。ごはん用意しておくから」

 人の尻をどろどろにした張本人は微笑む。
 
「それとも連れてってあげよっか?」
「いい」

 俺はなんとか首を横に振ると、よろよろと風呂場へ向かった。これ以上何かされたら身体が持ちそうにない。
 
  
 俺の前に焼き鯖の皿を並べながら、サノユーは俺の顔を覗き込む。
 
「いつまで落ち込んでんの」
「だって、まさか俺が理由で本番が延期になるなんて、思ってなかったから……のんびりはお前の専売特許だと思ってた」
「仕方ないって、お前はベータなんだから。ああいうのは慣れなくて当然だろ」

 俺はさらに肩を落とした。完全なはずの、この俺が。
 
「ごめん。朝くんには禁句だったっけ」

 サノユーは俺の向かいに座った。
 気まずい空気が流れた。
 
「くそ。せっかくベータを卒業できるかと思ったのに」

 サノユーは励ますように言った。

「リベンジすればいいじゃん。この土日で。48時間も使えるんだし、きっと慣れるよ」
「48時間って……休みの間、ずっとセックスするつもりか」
「そうだけど」
「昼も夜もか」

 俺は若干引いた。ただれている。

「アルファとオメガだと、ふつうなんだよ」

 そういわれると返す言葉がない。

「もちろん、朝くんが大丈夫なら、だけど」
「お前、日曜は約束があったんじゃなかったか」

 一週間くらい前、そんなことを言っていたのを思い出した。
 
「大学時代の悪友なんて、一回ぐらい我慢させるよ」
「あ、もしかして、振られたお前を冷やかしてたやつらか」
「そう。そのメンバー。よく当たったね」

 サノユーは笑った。
 
「あいつら元気?」
「うん。朝くんにとっては知らない人だと思うんだけど、サークルでいっしょだった奴が今度結婚するから、僕らで余興をやろうって話になって……って、それはどうでもいいんだ」

 脱線しかけた話を、サノユーは元に戻した。
  
「僕にとって今いちばん大事なのは朝くんだから。朝くんはどうしたいの」
「俺は……そうだな。やっぱり早くベータを捨てたい」

 桜田さんに宣言した手前、引くに引けない気持ちだ。
 
「じゃあ、決まりだね。断りの連絡、入れておくから」

 スマートフォンを取り出しながら、サノユーはぽつりと続けた。
 
「僕はお前の味方だよ、その、一応」
「なんだよ、急に」
「朝くんも僕みたいに、理不尽に振られたこと、あるんでしょ」
「誰から聞いたんだ、それ」
 
 俺は思わず聞き返した。

「勘? ほら、暮らし始めたとき、振られた僕に妙に優しかったし」

 そう言って、メッセージを送ってしまったのか、サノユーはスマートフォンをしまった。

「くそ、謀ったな。認めてしまった」

 俺は猛烈に悔しくなった。
 
「いつもぼんやりしてるくせにひっかけとか、ひどいじゃないか」
「別にひっかけてなんか」
「で、なんで『一応』味方なんだよ」
「もし別れの原因がお前のナルシズムだったら、その、相手にも同情の余地があるかもなぁと」
「違うわ!」
「ごめんごめん」

 サノユーは困ったように笑った。
 俺はふうっと長い息を吐いた。
 
「まあ、お前には話しておくか」

 大方勘づかれてしまっている以上、今さら隠すこともない。
 俺は失恋話をサノユーに語って聞かせることにした。

「えっ、相手、アルファだったの」

 じっと聞いていたサノユーの顔つきががらっと変わった。

「なんもされなかったけどな。ご存じのとおり、まっさらな身体だよ」
「よかったぁ」
「高校時代の話だぞ」

 すべて話し終わったころには、食事が終わっていた。
 サノユーは俺の話を笑わなかった。
 
「悔しいな。お前に愛されたアルファがこの世界にいるって。お前のことを好きじゃなかったのに、僕なんかよりずっと、お前の人生に影響を与えて」
「妬くな。さすがにもう忘れたよ、あいつのことは」

 答えながら、今はサノユーの方が、あの幼馴染よりずっと大きな存在だということに気づいた
 あのときみたいにオメガに横取りされたなら、俺はきっと、二度と立ち直れないだろう。そうふいに思う。

「でも、そいつのせいでアルファの僕と付き合うの、ためらってたんでしょ?」

 サノユーがまだ剣呑な空気を漂わせている。

「まあ、そういう面もある。……わりと手遅れだけど」
「手遅れ」
 
 俺は思い切って言った。

「俺、たぶんお前のこと、もうだいぶ好きなんだ」

 俺はいつだって、恋に気づくのが遅すぎる。

「たぶん、だいぶ、好き?」

 サノユーはゆっくりと繰り返す。
 ああ、もう全部ぶちまけてしまおう。
 横から運命のオメガに奪い取られる前に。
 恋とはぶざまな自分をさらけ出す行為だが、どうせ俺はもう、いちばんぶざまな自分をサノユーにさらけ出してしまったあとなのだ。

「俺、昨日とぜんぜん違っただろ。お前に愛されてるって思ったら、急に感覚が変わった。お前の指だったから、俺はキャパオーバーを起こした」
「朝くん」
「これからだってキャパオーバーになると思う。相手がお前だから」

 俺はサノユーの目をまっすぐに見た。

「だから……明日は優しく頼む。得意だろ、そういうの」

 がたん。サノユーが勢いよく立ち上がった。
 テーブルに手をついて、俺の唇を奪う。はずみで湯呑が転がる。中身は空でよかった。
 最初のキスが、こんな感じだったっけ。
 
「こら、優しくと言っただろ」

 口づけがひと段落して、俺はサノユーを叱った。

「ごめん」

 サノユーは俺を抱きしめてため息をついた。
 
「よく考えたら僕、明日の朝まで待たないといけないんだよね……生殺し……」
「えっ、明日の夜じゃなくてか」
「そんなに待つの? ダメ、そんなの無理、待てない」
「お前、のんびり屋はどこに行った」
「ただいま営業時間外です……」

 そうしてこのすぐ後、サノユーののんびり屋は完全に廃業するのである。
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