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12 決意をあらたに
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「えっ、そうなの?」
話し相手の女性は怪訝な声を出した。
桜田さんとおぼしき女性はグラスの中の氷をストローの先でつついているようだった。ざくざくという音が彼女の声に重なった。
「知らなかったの? ちょっと話せばわかるでしょ」
「私、桜田と違ってそんな気軽に話せないから」
声の主は桜田さんで間違いなかったようだ。わかりやすい呼称でよかった。
「もうさ、笑っちゃいそうだったよ。わざとアルファと間違えてあげたら、明らかに喜んじゃってさ」
「そんな。どこからどう見たってベータじゃない、あの人。背丈もふつうだし」
それは滑稽な奴だ。
「あの人、ベータのわりにはいい大学出てたでしょ、たしか。周りにアルファが多かったから、そのせいかもね」
「コンプ持ちかぁ。ええ、どうしよ」
「あっ、そんな程度で揺らいじゃうぐらいの気持ちなんだ?」
「わかんない。ちょっと悩むのは本当」
話し相手は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「まあ、性格は難ありだと思っといた方がいいよ」
桜田さんは忠告するように言った。
「そこそこ将来有望だし、ぱっと見さわやかだし、イケメンすぎなくてちょうどいいし、おしゃれだし、狙い目なのはわかるけど」
本当にいったい誰のことなんだろう。
少なくとも『イケメンすぎない』という桜田さんの描写で、俺のことではないのはわかる。
俺は考えながらサンドイッチをほおばった。野菜がフレッシュでとてもおいしい。
「逆にいうと、そのスペックで入社以来誰とも付き合ってないのが怪しいわけでさ」
「女殴るタイプ?」
「とも違いそうだけど」
「なら、大丈夫かな」
話し相手の子はほっとした様子だ。
「逆に筋金入りの童貞かも。恋に興味ないとか言ってたし」
「じゃあ結局無理なんじゃん」
話し相手は非難の声をあげた。
「だからそこをおだてて持ち上げて、気持ちよーくしてあげて、ね?」
「そんな器用なこと無理だよ。桜田ぁ、私に諦めさせようとしてない?」
「友だちとして一応忠告してるだけ。それでも追うなら、応援するから」
「うーん」
赤裸々な女子トークが一段落した雰囲気があった。
話を聞いているうちに、俺も食事が終わった。
午後も忙しい。長居は無用だ。ペーパーを丸め、コーヒーを飲み干して席を立った。
間の悪いことに、ちょうど桜田さんたちも席を立ったところだった。
図らずも、お互いに鉢合わせした格好になった。
「あ」
桜田さんはトレーを手にしたまま固まった。
話し相手も、濃すぎるアイメイクの目をさらに大きく見開いてこちらを見ている。
俺はその子に見覚えがあった。
(たぬきちゃん)
いつか俺に告白してきたベータの子だった。
噂されていた、コンプレックスまみれだというベータ男も、たぬきちゃんに一度告白されて断っている。
ふたつの事実が不穏な一致を見せている。
それってもしかして。まさか。いやいや、そんなはず――
「えっと、今の話、聞いてたりしました……?」
桜田さんはひきつった顔で聞いてきた。あきらかに罪悪感の塊という表情をしている。
頭脳明晰な俺は、ここにきてすべてを完全に把握してしまった。
「えっと、今の話、全部俺のことだったりしました……?」
桜田さんはまだ何かごまかそうとしていたようだった。
が、耐えられなくなって口を開いたのはたぬきちゃんが先だった。
「ごめんなさい」
ごまかしきれなくなった桜田さんも、たぬきちゃんとともに平謝りし始めた。
俺は甲高い声ふたつを聞きながら呆然としていた。
信じたくはなかったが、本当に俺のことだったらしい。俺は自分の察しのよさを呪った。
「そんな風に思われてたんだ、へ、へえ。すごく傷ついた……」
目の前の女性ふたりの顔が、ピカソの絵のようにねじ曲がっていく錯覚をする。
「もういいから……そんなに謝ってもらってもうれしくない……ここ、お店だし。迷惑かかるし。ね、じゃあ、行くわ俺」
話を一方的に切り上げ、トレーを返却口に置くと、店から逃げ出した。
(くそ、くそ)
会社に戻り、廊下をずんずんと歩いているうちに、ようやく感情が追い付いてきた。
(どこからどう見てもベータ? この俺が?)
うっかりすると目に悔し涙が浮かんできそうで、俺は唇を噛んだ。
ちょろいとか童貞だとか言われた方のダメージは、そこまで甚大ではなかった。
『どこからどう見たってベータ』という、俺に対するたぬきちゃんの評がいちばん堪えた。
桜田さんとは違って、どこにも悪意がなさそうだったから余計に。
(それもこれも俺がベータだからだ)
たぬきちゃんは先に俺がベータだということを知っていて、先入観が固まっていたに違いない。
俺をベータらしいと判断したのはその先入観のせいだ。そうに決まっている。
(見てろ。絶対ベータを克服してやるからな)
憤然と自席に座ると、事務椅子がぎしりと悲鳴をあげた。
桜田さんが気まずそうにオフィスに入ってくる。俺は急いでパソコンの画面をにらみ、彼女を視界から追い出した。
話し相手の女性は怪訝な声を出した。
桜田さんとおぼしき女性はグラスの中の氷をストローの先でつついているようだった。ざくざくという音が彼女の声に重なった。
「知らなかったの? ちょっと話せばわかるでしょ」
「私、桜田と違ってそんな気軽に話せないから」
声の主は桜田さんで間違いなかったようだ。わかりやすい呼称でよかった。
「もうさ、笑っちゃいそうだったよ。わざとアルファと間違えてあげたら、明らかに喜んじゃってさ」
「そんな。どこからどう見たってベータじゃない、あの人。背丈もふつうだし」
それは滑稽な奴だ。
「あの人、ベータのわりにはいい大学出てたでしょ、たしか。周りにアルファが多かったから、そのせいかもね」
「コンプ持ちかぁ。ええ、どうしよ」
「あっ、そんな程度で揺らいじゃうぐらいの気持ちなんだ?」
「わかんない。ちょっと悩むのは本当」
話し相手は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「まあ、性格は難ありだと思っといた方がいいよ」
桜田さんは忠告するように言った。
「そこそこ将来有望だし、ぱっと見さわやかだし、イケメンすぎなくてちょうどいいし、おしゃれだし、狙い目なのはわかるけど」
本当にいったい誰のことなんだろう。
少なくとも『イケメンすぎない』という桜田さんの描写で、俺のことではないのはわかる。
俺は考えながらサンドイッチをほおばった。野菜がフレッシュでとてもおいしい。
「逆にいうと、そのスペックで入社以来誰とも付き合ってないのが怪しいわけでさ」
「女殴るタイプ?」
「とも違いそうだけど」
「なら、大丈夫かな」
話し相手の子はほっとした様子だ。
「逆に筋金入りの童貞かも。恋に興味ないとか言ってたし」
「じゃあ結局無理なんじゃん」
話し相手は非難の声をあげた。
「だからそこをおだてて持ち上げて、気持ちよーくしてあげて、ね?」
「そんな器用なこと無理だよ。桜田ぁ、私に諦めさせようとしてない?」
「友だちとして一応忠告してるだけ。それでも追うなら、応援するから」
「うーん」
赤裸々な女子トークが一段落した雰囲気があった。
話を聞いているうちに、俺も食事が終わった。
午後も忙しい。長居は無用だ。ペーパーを丸め、コーヒーを飲み干して席を立った。
間の悪いことに、ちょうど桜田さんたちも席を立ったところだった。
図らずも、お互いに鉢合わせした格好になった。
「あ」
桜田さんはトレーを手にしたまま固まった。
話し相手も、濃すぎるアイメイクの目をさらに大きく見開いてこちらを見ている。
俺はその子に見覚えがあった。
(たぬきちゃん)
いつか俺に告白してきたベータの子だった。
噂されていた、コンプレックスまみれだというベータ男も、たぬきちゃんに一度告白されて断っている。
ふたつの事実が不穏な一致を見せている。
それってもしかして。まさか。いやいや、そんなはず――
「えっと、今の話、聞いてたりしました……?」
桜田さんはひきつった顔で聞いてきた。あきらかに罪悪感の塊という表情をしている。
頭脳明晰な俺は、ここにきてすべてを完全に把握してしまった。
「えっと、今の話、全部俺のことだったりしました……?」
桜田さんはまだ何かごまかそうとしていたようだった。
が、耐えられなくなって口を開いたのはたぬきちゃんが先だった。
「ごめんなさい」
ごまかしきれなくなった桜田さんも、たぬきちゃんとともに平謝りし始めた。
俺は甲高い声ふたつを聞きながら呆然としていた。
信じたくはなかったが、本当に俺のことだったらしい。俺は自分の察しのよさを呪った。
「そんな風に思われてたんだ、へ、へえ。すごく傷ついた……」
目の前の女性ふたりの顔が、ピカソの絵のようにねじ曲がっていく錯覚をする。
「もういいから……そんなに謝ってもらってもうれしくない……ここ、お店だし。迷惑かかるし。ね、じゃあ、行くわ俺」
話を一方的に切り上げ、トレーを返却口に置くと、店から逃げ出した。
(くそ、くそ)
会社に戻り、廊下をずんずんと歩いているうちに、ようやく感情が追い付いてきた。
(どこからどう見てもベータ? この俺が?)
うっかりすると目に悔し涙が浮かんできそうで、俺は唇を噛んだ。
ちょろいとか童貞だとか言われた方のダメージは、そこまで甚大ではなかった。
『どこからどう見たってベータ』という、俺に対するたぬきちゃんの評がいちばん堪えた。
桜田さんとは違って、どこにも悪意がなさそうだったから余計に。
(それもこれも俺がベータだからだ)
たぬきちゃんは先に俺がベータだということを知っていて、先入観が固まっていたに違いない。
俺をベータらしいと判断したのはその先入観のせいだ。そうに決まっている。
(見てろ。絶対ベータを克服してやるからな)
憤然と自席に座ると、事務椅子がぎしりと悲鳴をあげた。
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