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4 サノユーの告白
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サノユーが恋心を告げてきたのは、ある休日の午後のことだった。
俺はベッドでごろごろしながら本を読んでいた。
『自分を愛そう 人生がうまく行く人の十の法則』
というタイトルの自己啓発書だ。
『鏡を見ながら自分のいいところを思い出そう』
『あなたを愛さない人のために時間を使わないで。あなたの人生は何より貴重なのだから』
すでに日頃から実践していることばかりで、俺は自分の正しさを再確認していたところだった。
サノユーがコーヒーを片手に寝室に入ってきた。
「朝くん」
ダブルベッドに腰かけ、サノユーはぽつりと言った。
「ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど。お前さ、そろそろここから出て行った方がいいと思う」
多少の危機感とともに、俺は本から顔を上げた。
こんな本を読みふけっている間に、俺のハッピー居候ライフが終わりを迎えては困る。
人生がうまく行く人の模範例ではなくなってしまう。
「ほら、部屋、せまいし」
言われて寝室を見回した。
「言われてみれば、たしかに」
俺は旧居からシングルベッドを持ち込んで、サノユー愛用のダブルベッドの隣に置いていた。さすがに同じベッドで何日も寝続けるのは問題がある。
結果、寝室はもはやベッドだらけだった。
合わないサイズのパズルのピースを、力任せに詰め込んだかのようだ。
「どうりで最近足をよくぶつけるわけだ」
「だろ?僕なんかアザだらけだよ」
「お前は単にぼんやりしすぎだろ」
「少しは僕の足のことも心配しろよ。
……いや、そうじゃない。僕が言いたいのは……とにかく、ここから出て行った方がお前のためだ」
話をそらす作戦は失敗した。
「どういうことだ? 俺のためならここに住んでた方がいいに決まってるぞ? 家賃は割り勘、食事つき」
サノユーは妙に深刻な顔をして、続けた。
「自分でもどうかしてると思うんだけど。ほんと訳わかんないんだけど。……僕、もしかしたらお前のこと、好きかもしれない」
サノユーは手元のマグカップをじっと見つめていた。
「お前がベータなのはわかってる。
でも、朝くんの自由さに頭殴られたっていうか、朝くんなら僕の人生めちゃくちゃにできそうだって思ったら……その……」
俺は拍子抜けした。
「それで?なんで俺が出て行かないといけないんだ?」
サノユーは俺の方を振り返り、目をぱちくりさせた。
「驚かないの?」
「俺の美しさは罪だなぁと思うだけだ」
「だってアルファとベータだぞ?」
普通、アルファはオメガにしか興味を持たない。だが。
「俺は並外れたベータだからな。アルファに好意を寄せられても当然さ」
「へえ……」
サノユーは気の抜けた声で相槌を打った。
「で、でも。朝くんは僕といっしょに住むの、こわくないの?」
「無理やり何かしようってタイプじゃないだろ、お前」
「まあ、うん」
「じゃあこのまま住み続けてても、とくに問題ないな」
俺はごろっとサノユーに背を向け、会話を終わらせた。
「問題、ないのか……? いや、まあお前がいいんなら……」
サノユーは何かぶつぶつと言っていた。
その日から、こうしてサノユーはときおり求愛してくるようになった。
ほわんほわんほわん。
回想終わり。
「で、付き合ってくれるの?」
そういえばサノユーの問いに、まだ答えていなかった。
俺はワックスで髪を整えつつ、きっぱりと言った。
「もちろん、答えはノーだ。俺は人類の宝だ。誰かに独占されてはいけない。俺は俺だけのものだからな」
いつもと同じ答えをして、前髪にねじりをひとつ加えた。さまざまな角度から髪を鏡に映して、出来を確かめる。
うん、本日も完璧だ。
「もう何度目だろ、このやりとり」
サノユーは長いため息をつくと、ふらっと洗面所を出て行った。
俺はベッドでごろごろしながら本を読んでいた。
『自分を愛そう 人生がうまく行く人の十の法則』
というタイトルの自己啓発書だ。
『鏡を見ながら自分のいいところを思い出そう』
『あなたを愛さない人のために時間を使わないで。あなたの人生は何より貴重なのだから』
すでに日頃から実践していることばかりで、俺は自分の正しさを再確認していたところだった。
サノユーがコーヒーを片手に寝室に入ってきた。
「朝くん」
ダブルベッドに腰かけ、サノユーはぽつりと言った。
「ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど。お前さ、そろそろここから出て行った方がいいと思う」
多少の危機感とともに、俺は本から顔を上げた。
こんな本を読みふけっている間に、俺のハッピー居候ライフが終わりを迎えては困る。
人生がうまく行く人の模範例ではなくなってしまう。
「ほら、部屋、せまいし」
言われて寝室を見回した。
「言われてみれば、たしかに」
俺は旧居からシングルベッドを持ち込んで、サノユー愛用のダブルベッドの隣に置いていた。さすがに同じベッドで何日も寝続けるのは問題がある。
結果、寝室はもはやベッドだらけだった。
合わないサイズのパズルのピースを、力任せに詰め込んだかのようだ。
「どうりで最近足をよくぶつけるわけだ」
「だろ?僕なんかアザだらけだよ」
「お前は単にぼんやりしすぎだろ」
「少しは僕の足のことも心配しろよ。
……いや、そうじゃない。僕が言いたいのは……とにかく、ここから出て行った方がお前のためだ」
話をそらす作戦は失敗した。
「どういうことだ? 俺のためならここに住んでた方がいいに決まってるぞ? 家賃は割り勘、食事つき」
サノユーは妙に深刻な顔をして、続けた。
「自分でもどうかしてると思うんだけど。ほんと訳わかんないんだけど。……僕、もしかしたらお前のこと、好きかもしれない」
サノユーは手元のマグカップをじっと見つめていた。
「お前がベータなのはわかってる。
でも、朝くんの自由さに頭殴られたっていうか、朝くんなら僕の人生めちゃくちゃにできそうだって思ったら……その……」
俺は拍子抜けした。
「それで?なんで俺が出て行かないといけないんだ?」
サノユーは俺の方を振り返り、目をぱちくりさせた。
「驚かないの?」
「俺の美しさは罪だなぁと思うだけだ」
「だってアルファとベータだぞ?」
普通、アルファはオメガにしか興味を持たない。だが。
「俺は並外れたベータだからな。アルファに好意を寄せられても当然さ」
「へえ……」
サノユーは気の抜けた声で相槌を打った。
「で、でも。朝くんは僕といっしょに住むの、こわくないの?」
「無理やり何かしようってタイプじゃないだろ、お前」
「まあ、うん」
「じゃあこのまま住み続けてても、とくに問題ないな」
俺はごろっとサノユーに背を向け、会話を終わらせた。
「問題、ないのか……? いや、まあお前がいいんなら……」
サノユーは何かぶつぶつと言っていた。
その日から、こうしてサノユーはときおり求愛してくるようになった。
ほわんほわんほわん。
回想終わり。
「で、付き合ってくれるの?」
そういえばサノユーの問いに、まだ答えていなかった。
俺はワックスで髪を整えつつ、きっぱりと言った。
「もちろん、答えはノーだ。俺は人類の宝だ。誰かに独占されてはいけない。俺は俺だけのものだからな」
いつもと同じ答えをして、前髪にねじりをひとつ加えた。さまざまな角度から髪を鏡に映して、出来を確かめる。
うん、本日も完璧だ。
「もう何度目だろ、このやりとり」
サノユーは長いため息をつくと、ふらっと洗面所を出て行った。
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