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3 こうしてドラマは始まった
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そして翌朝。
「なっ、水上くん、なんで」
目覚めたサノユーはベッドの上であたふたと騒いだ。
「僕、なんかした!?」
俺はサノユーの方に寝返りを打って、にやっと笑った。
「期待させて悪かったな。あいにく俺は、ほいほい他人とセックスするような安い男じゃないんだ」
サノユーはぽかんと口を開けた。
「期待……は、してなかったかな……」
俺は彼の肩を叩いた。
「朗報だ。お前は失恋したが、かわりに俺という最高のルームメイトを手に入れた。おめでとう、サノユーくん」
「えっ、何、どういうこと」
寝起きのせいか、サノユーは察しがひどく悪かった。
「だから。お前はひとりになって寂しいんだろ? 俺がルームメイトになってやると言ってるんだ」
「えっと、つまりお前、ここに住むの?」
「そうだ。うれしいだろう」
サノユーは口をぱくぱくさせた。
「お前、オメガ……じゃないよな?」
「気にしてることを聞くなよ。残念ながらベータだ」
「お前と暮らして、僕になんのメリットが?」
「決まってるだろう。この俺といっしょに暮らせるという特権だ」
サノユーは首をかしげた。
「お前、そんなキャラだったっけ?」
「俺はいつだって完全無欠だ。人前では言わないだけで。ほら、俺って能ある鷹だから」
「え、嘘、そっちが素なの?」
「俺が美しいのは誰から見たって明らかだ。改めて語る必要もないだろ」
はあ、とサノユーは驚いた声を出した。
「水上くん、ナルシストだったんだ……しかも手の施しようのない……」
俺は軽蔑のまなざしをサノユーに向けた。この男、何もわかっていない。
「ナルシストじゃない。当然の事実を語ってるだけだ」
「なら、なんでふだんは隠してるの」
「できる男は人前では控え目にふるまうもんだろ」
「じゃあ、なんで僕にカミングアウトしたの。僕ら、それなりに他人だと思うんだけど」
「そりゃ、これから一緒に住むからさ」
「決定事項なんですね、それ」
サノユーは苦笑いしていた。俺はサノユーの肩を叩いた。
「前を向くにはちょっとした変化が必要だろ。俺も金がない。一石二鳥」
何もかも二人用にできた部屋にこのままひとりで暮らしているのは、サノユーのためにもよくない。
「まあ、お前見てたら退屈はしなさそうだけど」
「決まりだな」
俺はにやっと笑った。
「僕にまた彼氏か彼女ができたら、そのときは出て行ってよ」
「いいだろう」
「で、お前のその性格、あと誰が知ってんの?」
少し考えた。
「幼馴染に語ってあげたことはあるな。あと親」
「なんて言ってた?」
「幼馴染は本読んでて聞いてなかった。そういうやつだったんだあいつは。親はもちろん全肯定」
「お前のそれ、親由来か……どんな家庭だったんだろ」
「アルファとオメガのつがい。とんでもなくラブラブ」
アルファとオメガがつがいとなり結婚した場合、その子どもはアルファかオメガのことが多い。
だが、俺はベータだった。
「そんでもってうちの親、ものすごく俺のこと好きだから。
この目はお父さんそっくりだ。この鼻すじはお母さん譲りだ、って、もうそればっかり。
まあ俺の場合、親馬鹿とかじゃなくてむしろ当然だけど?」
「そっか。アルファとオメガの子どもなのに、ベータだった……」
サノユーは真剣な顔で顎に手を当てた。
「なんか、わかった気がする。コンプレックスだよな、それ」
俺はむっとした。
「俺のことをまだ何も知らないくせに、わかった顔をするな。俺にコンプレックスなんてない。俺が自分を愛しているのは、俺が誰より優れているからだ」
「あーもう、わかったわかった、ごめんて」
それ以来、俺はこの部屋に住んでやっている。
おかげで傷心のサノユーはみるみる元気になった。
当然だ。
俺という極上のルームメイトと、一つ屋根の下で暮らしはじめたのだから。
「尊大な猫さまを拾った気分」
とは、暮らし始めて数日後のサノユーの言葉だ。
「あいにく俺はお前に飼われるつもりはない。悪いな」
答えながら、俺は夕飯として出されたゆで豚とレタスを口に放り込んだ。
「僕の作った飯食ってそういうこと言ってるとこが、また猫さまっぽい」
「一回作ってやっただろ。それをまずいなんて言うお前が悪い」
「だって朝くんの料理、壊滅的なんだもん」
焦げていない、あるいは火が通っている料理が好きだというのは、単に好みの問題だ。
「それに、言っておくが俺は猫よりずっとかわいいぞ。覚えておけ」
サノユーは味噌汁の椀を手に、ちらっと俺を見た。
「お前を見てたら、僕も自分を責め続けるのが馬鹿らしくなってくるなあ」
「いいことだな」
「ひとりだとさ。いろんなこと思い出しちゃって。あのときの違和感は予兆だったんだ、とか。僕が鈍かったせいで、あいつに逃げられたんじゃないかって」
「そういうので引き止められる相手なら、浮気する前にまともに話し合うだろ」
「そうなんだけどね」
ずずっと味噌汁を啜る音で、サノユーの言葉が途切れた。
「自分の馬鹿さ加減が嫌になるって、あるだろ。あいつが浮気性なの、僕、知ってて付き合ってたんだ」
ことんと椀がテーブルに戻った。
「ああ、それは馬鹿だな」
「こら」
「だって見えてる地雷だろ」
「難しい子が好きなんだよ。手に入れにくくて、こっちを翻弄してくれるタイプ。まあ、高望みだったわけだけど」
「違うな」
サノユーは顔をあげた。
「逆だ。そんなやつのために、お前は自分を安売りしたんだ。大馬鹿だ」
俺は半分、自分に対して言っていた。
「これに懲りたら、次はもっとましな相手を探すんだな」
「ふふ」
「なんで笑う」
「いや。たまにはいいこと言うんじゃん」
そしてサノユーは俺に恋をした。
ちゃんと俺の助言を聞いたというわけだ。
「なっ、水上くん、なんで」
目覚めたサノユーはベッドの上であたふたと騒いだ。
「僕、なんかした!?」
俺はサノユーの方に寝返りを打って、にやっと笑った。
「期待させて悪かったな。あいにく俺は、ほいほい他人とセックスするような安い男じゃないんだ」
サノユーはぽかんと口を開けた。
「期待……は、してなかったかな……」
俺は彼の肩を叩いた。
「朗報だ。お前は失恋したが、かわりに俺という最高のルームメイトを手に入れた。おめでとう、サノユーくん」
「えっ、何、どういうこと」
寝起きのせいか、サノユーは察しがひどく悪かった。
「だから。お前はひとりになって寂しいんだろ? 俺がルームメイトになってやると言ってるんだ」
「えっと、つまりお前、ここに住むの?」
「そうだ。うれしいだろう」
サノユーは口をぱくぱくさせた。
「お前、オメガ……じゃないよな?」
「気にしてることを聞くなよ。残念ながらベータだ」
「お前と暮らして、僕になんのメリットが?」
「決まってるだろう。この俺といっしょに暮らせるという特権だ」
サノユーは首をかしげた。
「お前、そんなキャラだったっけ?」
「俺はいつだって完全無欠だ。人前では言わないだけで。ほら、俺って能ある鷹だから」
「え、嘘、そっちが素なの?」
「俺が美しいのは誰から見たって明らかだ。改めて語る必要もないだろ」
はあ、とサノユーは驚いた声を出した。
「水上くん、ナルシストだったんだ……しかも手の施しようのない……」
俺は軽蔑のまなざしをサノユーに向けた。この男、何もわかっていない。
「ナルシストじゃない。当然の事実を語ってるだけだ」
「なら、なんでふだんは隠してるの」
「できる男は人前では控え目にふるまうもんだろ」
「じゃあ、なんで僕にカミングアウトしたの。僕ら、それなりに他人だと思うんだけど」
「そりゃ、これから一緒に住むからさ」
「決定事項なんですね、それ」
サノユーは苦笑いしていた。俺はサノユーの肩を叩いた。
「前を向くにはちょっとした変化が必要だろ。俺も金がない。一石二鳥」
何もかも二人用にできた部屋にこのままひとりで暮らしているのは、サノユーのためにもよくない。
「まあ、お前見てたら退屈はしなさそうだけど」
「決まりだな」
俺はにやっと笑った。
「僕にまた彼氏か彼女ができたら、そのときは出て行ってよ」
「いいだろう」
「で、お前のその性格、あと誰が知ってんの?」
少し考えた。
「幼馴染に語ってあげたことはあるな。あと親」
「なんて言ってた?」
「幼馴染は本読んでて聞いてなかった。そういうやつだったんだあいつは。親はもちろん全肯定」
「お前のそれ、親由来か……どんな家庭だったんだろ」
「アルファとオメガのつがい。とんでもなくラブラブ」
アルファとオメガがつがいとなり結婚した場合、その子どもはアルファかオメガのことが多い。
だが、俺はベータだった。
「そんでもってうちの親、ものすごく俺のこと好きだから。
この目はお父さんそっくりだ。この鼻すじはお母さん譲りだ、って、もうそればっかり。
まあ俺の場合、親馬鹿とかじゃなくてむしろ当然だけど?」
「そっか。アルファとオメガの子どもなのに、ベータだった……」
サノユーは真剣な顔で顎に手を当てた。
「なんか、わかった気がする。コンプレックスだよな、それ」
俺はむっとした。
「俺のことをまだ何も知らないくせに、わかった顔をするな。俺にコンプレックスなんてない。俺が自分を愛しているのは、俺が誰より優れているからだ」
「あーもう、わかったわかった、ごめんて」
それ以来、俺はこの部屋に住んでやっている。
おかげで傷心のサノユーはみるみる元気になった。
当然だ。
俺という極上のルームメイトと、一つ屋根の下で暮らしはじめたのだから。
「尊大な猫さまを拾った気分」
とは、暮らし始めて数日後のサノユーの言葉だ。
「あいにく俺はお前に飼われるつもりはない。悪いな」
答えながら、俺は夕飯として出されたゆで豚とレタスを口に放り込んだ。
「僕の作った飯食ってそういうこと言ってるとこが、また猫さまっぽい」
「一回作ってやっただろ。それをまずいなんて言うお前が悪い」
「だって朝くんの料理、壊滅的なんだもん」
焦げていない、あるいは火が通っている料理が好きだというのは、単に好みの問題だ。
「それに、言っておくが俺は猫よりずっとかわいいぞ。覚えておけ」
サノユーは味噌汁の椀を手に、ちらっと俺を見た。
「お前を見てたら、僕も自分を責め続けるのが馬鹿らしくなってくるなあ」
「いいことだな」
「ひとりだとさ。いろんなこと思い出しちゃって。あのときの違和感は予兆だったんだ、とか。僕が鈍かったせいで、あいつに逃げられたんじゃないかって」
「そういうので引き止められる相手なら、浮気する前にまともに話し合うだろ」
「そうなんだけどね」
ずずっと味噌汁を啜る音で、サノユーの言葉が途切れた。
「自分の馬鹿さ加減が嫌になるって、あるだろ。あいつが浮気性なの、僕、知ってて付き合ってたんだ」
ことんと椀がテーブルに戻った。
「ああ、それは馬鹿だな」
「こら」
「だって見えてる地雷だろ」
「難しい子が好きなんだよ。手に入れにくくて、こっちを翻弄してくれるタイプ。まあ、高望みだったわけだけど」
「違うな」
サノユーは顔をあげた。
「逆だ。そんなやつのために、お前は自分を安売りしたんだ。大馬鹿だ」
俺は半分、自分に対して言っていた。
「これに懲りたら、次はもっとましな相手を探すんだな」
「ふふ」
「なんで笑う」
「いや。たまにはいいこと言うんじゃん」
そしてサノユーは俺に恋をした。
ちゃんと俺の助言を聞いたというわけだ。
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