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2 傷心のアルファと大作戦
しおりを挟む店に着くと、宴が始まるところだった。
テーブルには、知っている顔も知らない顔も並んでいた。
「つがいになる寸前にオメガを寝取られた、かわいそうなアルファに。かんぱーい」
誰かがふざけて声を張り上げた。
どっと笑いが起きた。
「ほんとそれやめて?」
サノユーは笑っていたが、泣きそうな顔だった。
どうやら卒業してから結婚するつもりで、のんびりと構えていたところ、相手のオメガに浮気されてしまったらしい。
「そんなオメガ、やめといて正解だったんじゃないか」
椅子に座りながら、俺は思わずぼそっと言った。
俺たちの間には数人挟まっていたが、サノユーの耳にはちゃんと聞こえていた。
「頭じゃわかってるんだけど」
サノユーは悲しそうに微笑んで、コップを煽った。
俺はこの男が少しかわいそうになった。
きっとサノユーには世界が裏切りだらけに見えているだろう。
たったひとりからの裏切りが、自分という存在を全否定してくる。
その感覚を知らないわけではなかった。
「まあ飲めよ。潰れたら送る」
身を乗り出して、空になったサノユーのコップにビールを注いだ。
なれなれしくしたのは、ほとんど同情からだった。
「優しくするな、泣くだろ」
言いながら、サノユーはすでに泣いていた。
「水上。辛気臭くすんじゃねえ、サノユーが泣いちゃっただろ」
「泣いてたって仕方ないって。楽しくやろうぜ」
騒ぎが再開し、酒は進んだ。
そうして無事、サノユーは酔いつぶれた。
(これでよし、と)
同情が九割、打算が一割。
俺は計画どおり、サノユーに最高の贈り物をすることにした。
「約束だったから俺、送ってくわ」
仲間たちは笑った。
「めずらしいな水上、どういう風の吹き回しだ」
「お前そういう面倒ごとはいつも逃げるだろ」
「サノユーんちで泥棒とかすんなよ?」
俺はふん、と鼻を鳴らした。
「失礼な。俺はギブアンドテイクしかしないんだ」
仲間たちの手を借りて、サノユーの大きな身体をタクシーの後部座席に放り込んだ。
「俺らはカラオケ行くから、あと頼むな」
「結局サノユーは酒飲むためのダシだったわけか」
「当然」
「ひどくて笑う。じゃあな」
サノユーの隣に乗り込んで、手をひらひらと振った。
「すいません、高円寺まで」
友人たちと何度か家まで押し掛けたことがあったので、場所は知っていた。
タクシーが動き出した。窓の外で、夜景がきらきらと後ろへ流れていった。
俺の胸は、いいことをしているという満足感でいっぱいだった。
「そこの角を曲がってすぐのアパートです、はいここで」
小洒落た外観のアパートの前でタクシーを停めた。サノユーの住処だった。
「四千二百八十円です」
「クレジットで」
深夜割増料金は今の財力では少し痛い。が、必要経費だ。
「ついたぞ、頼むから歩いてくれ」
酔っぱらったサノユーはまともに歩けなかった。
仕方なく、俺はサノユーに肩を貸してアパートに入った。
「鍵、出すぞ」
かばんをごそごそと漁って鍵を見つけ、ドアを開けた。
電気をつけると、オメガと暮らしていた部屋が沈痛な白さで俺たちを迎えた。彼が生活していた痕跡が、あちこちにまざまざと残っていた。
そもそも部屋自体が、二人暮らしにはぎりぎりちょうどいい広さの1LDKだ。
リビングの真ん中には四角いテーブルがあり、椅子がふたつ、仲良く向かいあっていた。
きっとキッチンの食器棚の中身も、全部二揃ずつなのだろう。
俺は酔っ払いを憐みながら、ドアを開けた。
俺の憐みは頂点に達した。
寝室の奥に、ダブルベッドが哀愁たっぷりにたたずんでいたのだ。
紛れもなく、サノユーがオメガの恋人と使っていたベッドだった。
恋の顛末を見届けて、いったい何を思っているのだろう。
笑う気にはなれなかった。俺はかわいそうな男を、かわいそうなベッドに放り投げた。
(これでよし、と)
やれやれ、とため息をついて、俺はベッドに腰かけた。
大きなアルファの図体を運ぶのは、骨が折れる仕事だった。
ひとつ伸びをしてから、サノユーの隣で横になった。マットレスが軽く軋んだ。
久しぶりにもうひとりぶんの体重を乗せて、きっとベッドも喜んでいたことだろう。
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