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終 節  月影の詩(うた)2

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「・・・・どういう姫君なんだよ?・・・あの女・・・?」

 その光景を何やら唖然とした様子で眺めていたジェスターが、どこか呆れたような、しかし、どこか感心したような、実に複雑な表情で思わずそう呟いた。
 広い肩で小さくため息つくと、彼は、勇ましい姫君に遅れること数分、ブーツのかかとで馬腹を蹴ったのである。
若獅子の鬣(たてがみ)のような見事な栗毛を疾風に躍らせながら、ジェスターは、背鞘から、禍々しくも神々しい金色(こんじき)の大剣アクトレイドスを引き抜いた。

 燃え盛る緑の炎のような緑玉の両眼を、まるで、鋭利な刃物が如く閃めかせると、朱の衣の長い裾を翻し、彼は、疾走する騎馬の馬上から、野を駈ける獣のように引き締まったしなやかな肢体を、砂塵と血飛沫が舞い上がる戦闘の最中に投じたのである。
 そんな彼の眼前から、すかさず切りかかってくる不貞な輩に向け、寸分の間も置かず、禍々しい金色の帯を引く鋭利な刃を翻す。

 見事な栗毛が虚空に乱舞し、鈍い衝撃がその腕を伝った時、眼前にいた男の胴体が奇妙な形にずり落ちた。
 暮れかけた空の光が淡々と注ぐ中、鮮血の噴水が夕闇を深紅に彩り、体を胴から真っ二つに切り裂かれた盗賊が、どしゃりと鈍い音を立てて石畳の上へと崩れ落ちたのである。

 朱の衣の長い裾を棚引かせ、背後から迫った鋼の斬撃を、横に素早く身を翻して退くと、ジェスターが翻す金色の刃の切っ先が、血なまぐさい空を迅速で引き裂き、不貞な輩の無骨な胸を、一気に背中まで突き貫したのだった。
 そのままの姿勢で、ジェスターの長い足が、横から剣を振り下ろさんとした輩の横面をしたたかに蹴りつける。
鼻血を飛び散らせてもんどり打った盗賊の背後から、懲りもせずにまた新たな輩が鋼の剣を翻してきた。
 若獅子の鬣のような見事な栗毛が夕闇の最中に乱舞する。

 鮮血を飛び散らせ、骸から引き抜かれた金色の刀身が、空を二分する鋭利な閃光の弧を描き、瞬きも許さぬ迅速(はや)い斬撃が、その首を一瞬にして虚空に跳ね上げた。
 食い下がるように、背後から迫る敵のみぞおち辺りをブーツのかかとで蹴りつけると、野をかける獣のようなしなやかで柔軟な撥条(ばね)を持つ彼の肢体が、見事な跳躍(ちょうやく)で敵の頭上を舞ったのである。

 彼の纏う朱の衣が災厄の戦旗の装いで、ほの暗い夕闇の虚空に棚引いた。
 空中で軽く体を捻り、落ち行くままに金色の斬撃を振り下ろすと、禍々しい金色の刃が敵の肩から胸までを、容赦なく二分する程斬り裂いたのだった。

 吹き上がる返り血を退くように、着地の瞬間素早く後方に飛び退き、眼前から刃を振りかざす輩に、刹那の速さで金色の刃を翻す。
 胴体から斬り離された生首が、大きく口を開いたまま、紅の帯を引いて茜色に染まる虚空に跳ね上がった。
 首を失った体が、夕闇に曇る石畳の上に赤い塗料を滴らせた時、数十人はいたと思われる盗賊達の数は、既に、その半分以下に激減していたのである。

「こいつ!魔法剣士だ!?」

 その時初めて、盗賊の中の一人が、ジェスターの広い額に飾られていた、決して人の手によるものではない、見事な彫刻の施された金色の二重サークレットに気付いたのである。
 驚愕と恐怖の叫びを上げ、その輩は、こわごわしながら彼の凛々しく端正な顔を見た。

 盗賊の合間からどよめき起こる。

 無法者である盗賊とは言え、魔法剣士の桁外れな強さを、決して知らない訳ではない。
 たった一人で、二万の騎兵と同じ力量を持つと言われる最強の戦人(いくさびと)を目の前にして、盗賊どもは、一人、また一人とジェスターの前からゆっくりと後退っていく。

 その長身に纏う朱の衣の長い裾を、夕闇の風に躍らせながら、ジェスターは、見事な栗毛の前髪から覗く、鋭くも鮮やかな緑の瞳で、ぐるりと不貞な輩を見回したのだった。

「どうした?もう終わりか?来たきゃ来ればいい・・・・行き先は地獄だがな」

 禍々しく煌くアクトレイドスの金色の切っ先を、真っ直ぐ盗賊どもに向け、ジェスターは、その凛々しい唇でニヤリと笑ったのである。
 その不敵な笑みが、殊更彼を魔物じみて見せたのか、盗賊どもは、一斉にその場に武器を放り投げると、恐怖に慌てふためき、まるで蜘蛛の子を散らすが如く、街道沿いの森の中へ次々とその姿を消して行ったのだった。

 後には、石畳に倒れ付した盗賊達の無残な骸と、西に落ち行く落日の光を宿す夕闇の静寂だけが、北方へ続く大街道の最中に取り残されただけである。

 ジェスターは、実につまらなそうな表情で、揺れる前髪をかきあげると、利き手に持ったアクトレイドスを振い、金色の刀身に付着した鮮血を払ったのだった。
 禍々しく輝く妖剣を、慣れた手つきで背中の鞘に収めた時、そんな彼の傍らに、緋色のマントを夕闇の風に揺らしたリタ・メタリカの美しき姫が、ゆっくりと立ったのである。

「口の利き方を知らないだけで・・・・・・やはり、腕は確かなのですね?貴方は?」

 細身の剣を腰の鞘に収めながら、どこか悪戯気な、しかし、どこか感心したような口調でそう言って、リーヤは、ジェスターの凛々しく端正な顔を、大きな紺碧色の瞳で静かに仰いだのである。
 その言葉に僅かばかりムッとした顔をして、ジェスターは、鮮やかな緑玉の瞳で、まじまじとリーヤの綺麗な顔を見つめすえたのだった。

 あの戦いの最中で、僅かに返り血を浴びてしまったのだろうか、彼女の白く美しい頬に、小さな赤い斑点が描かれている。
 そんな彼女に向かって、不愉快そうな声色で彼は言う。

「どういう意味だそれは?」

「言葉の通り、誉め言葉です」

「・・・・・・・・」

 先刻、彼が口にした台詞と同じ台詞がリーヤの口から出て、思いがけず揚げ足を取られる形になったジェスターは、形の良い眉を眉間に寄せ、柄にも無く次の言葉を失ったのだった。
 そして、してやったりと言うように艶やかに笑うリタ・メタリカの姫の綺麗な顔を、ただ、ひたすら不機嫌そうに見つめるばかりである。

「・・・・ったく」

 何やらばつが悪そうな顔つきのまま、彼は、朱の衣を纏う広い肩で小さくため息をついた。
 そして、何を思ったか、彼は、不意にその片手を、勇ましく美しいリタ・メタリカの姫君の元へ差し伸ばすと、彼女の白く綺麗な頬に長い指先を柔らかく触れさせたのだった。
 紺碧色の巻髪を揺らし、リーヤは、驚いたように肩を振わせる。

「な・・・・・!?」

 彼の親指が、彼女の頬についた返り血の斑点を拭い、その手がそっと彼女の肌から離れていく。

「馬鹿か?返り血なんか浴びるお前が間抜けなんだ、何期待してんだよ?」

「なんなのです!?そうならそうと、触れる前に言いなさい!
私でなくとも驚きます!それに、誰が期待なんて・・・・無礼です!」

 相変わらずの無粋な言いように、リーヤの眉が吊り上がった。
 怒ったようにこちらを睨みつける彼女を、どこか可笑(おか)しそうに見やりながら、彼は、唇だけで小さく笑って見せたのである。
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