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第三節 忘却の街3
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同じ頃、深い森の大木に背中をもたれかけ、生い茂る木々の隙間から、山脈の峰に触れるように浮かぶ、欠けた月を眺めるもう一人の青年の姿があった。
深き地中に眠る紫水晶のような右目を、どこか心痛な面持ちで細めて、前で腕を組んだ姿勢で、ただ、身動ぎもせずじっと何かを考え込むように佇む長身の青年。
それは、白銀の守護騎士と呼ばれる、白銀の森の守り手シルバ・ガイであった。
彼の羽織る純白のマントが、木々の葉を揺らす夜風にゆるやかに翻っている。
ふと、そんな彼の耳に、何かを伝える風の精霊の声が響いてきて、彼は、僅かにその広い肩を揺らした。
「・・・・・あいつ・・・・ファルマス・シアに・・・・・?」
思わず呟いた彼の脳裏に、不敵に微笑む旧知の友のあの燃えるような緑玉の瞳が横切っていく。
シルバは、凛々しい唇の隅で小さく微笑んだ。
ゆっくりと大木から背中を離し、東の空を仰ぐと、その言語を人のものにあらざる古の言語に変え、天空を渡る風の精霊に向かって言うのであった。
『伝言の主に伝えてくれ・・・・お前と顔を合わせる時は、いつも物騒な事柄が起きる時だけだな、アラン・・・いや、ジェスター・ディグ。
おそらく、嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう・・・』
そう言った彼の声に呼応するように、天空を渡る風が高く鳴いた。
シルバは、揺れる漆黒の前髪の下で、どこか愉快そうな表情すると、唇だけで微笑したまま、再び、その広い背中を、夜風に緑の葉を揺らす大木の幹にもたれかけたのだった。
静寂の中に微かにこだまする、木々の葉を揺らす風の音。
前で腕を組んだまま、小さく吐息して、その紫水晶の瞳をカルダタスの高峰に向けた時であった、ふと、彼の鋭敏な六感に、深い森の木々の合間から、足音も立てずに近づいてくる誰かの気配が触れたのである。
一瞬、鋭利に閃いた彼の紫の右瞳。
しかし、次の瞬間、その気配の主が誰であるか気付いたのか、彼は、冷静な顔つきをしてゆっくりと背後を振り返ったのだった。
木々の合間から差し込む金色の月の光。
ただ、月の輝きだけが照らし出す薄暗い森の最中に、静かに浮かび上がってくる、凛とした秀麗な女性の姿。
高く結われた藍に輝く黒い髪が、木々を渡る夜風に揺れている。
その鮮やかな紅色の瞳が、どこかしら止まぬ憎しみを宿して鋭く煌(きらめ)きながら、今、シルバの精悍な顔を真っ直ぐに見た。
綺麗な額に刻まれた青い華の紋章。
腰の弓鞘に下げられた『水の弓(アビ・ローラン)』と呼ばれる、矢を持たぬ青玉の弓。
それはまぎれもなく、青珠(せいじゅ)の森の秀麗な守り手、レダ・アイリアスの姿であった。
さして驚いた様子も見せず、シルバは、レダのその激しい眼差しを、紫水晶の隻眼で真っ直ぐに受け止めると、前で組んでいた両手をゆるやかに解いたのだった。
彼女は、甘い色香を漂わせる綺麗な裸唇を静かに開くと、母国の言語を用い、感情を押し殺した低い声でシルバに向かって言うのである。
「一つ・・・・聞きたいことがある・・・・・」
森を渡る夜風に純白マント翻したまま、彼は、何も言わずにただ、そんな彼女の秀麗な顔を見つめ返しただけだった。
彼女は、ゆっくりと言葉を続ける。
「・・・・何故、父を殺した・・・?」
「・・・・・今更、その理由を聞いてどうする?レダ・・・と言ったか?君の名前は・・・・?俺は君の父親を殺した・・・・それは
事実だ、言い訳をするつもりもない」
シルバの艶のある低い声が、実に冷静な口調でそう答えて言った。
そんな淡白な彼の言葉に、レダの綺麗な眉が怒りに吊り上がる。
甘い色香の漂う秀麗な顔を歪めて、紅の瞳がシルバの端正な顔を真っ向から睨みつけた。
「貴様・・・・!!あれから私がどんな目に会って生きてきたかわかるか!?
たった一人の父だった!!優しい父だった!!その命を奪ったのは他でもない!!・・・・お前だ!!」
激昂(げっこう)する感情を抑えきれず、激しい表情でそう叫んだ彼女を、身動ぎもせずに見つめる彼の紫水晶の右目。
冷静に見えるその眼差しに、どこか心痛な面持ちが含まれていることを、憎しみに満たされている彼女が気付くはずもない・・・・
同じ頃、深い森の大木に背中をもたれかけ、生い茂る木々の隙間から、山脈の峰に触れるように浮かぶ、欠けた月を眺めるもう一人の青年の姿があった。
深き地中に眠る紫水晶のような右目を、どこか心痛な面持ちで細めて、前で腕を組んだ姿勢で、ただ、身動ぎもせずじっと何かを考え込むように佇む長身の青年。
それは、白銀の守護騎士と呼ばれる、白銀の森の守り手シルバ・ガイであった。
彼の羽織る純白のマントが、木々の葉を揺らす夜風にゆるやかに翻っている。
ふと、そんな彼の耳に、何かを伝える風の精霊の声が響いてきて、彼は、僅かにその広い肩を揺らした。
「・・・・・あいつ・・・・ファルマス・シアに・・・・・?」
思わず呟いた彼の脳裏に、不敵に微笑む旧知の友のあの燃えるような緑玉の瞳が横切っていく。
シルバは、凛々しい唇の隅で小さく微笑んだ。
ゆっくりと大木から背中を離し、東の空を仰ぐと、その言語を人のものにあらざる古の言語に変え、天空を渡る風の精霊に向かって言うのであった。
『伝言の主に伝えてくれ・・・・お前と顔を合わせる時は、いつも物騒な事柄が起きる時だけだな、アラン・・・いや、ジェスター・ディグ。
おそらく、嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう・・・』
そう言った彼の声に呼応するように、天空を渡る風が高く鳴いた。
シルバは、揺れる漆黒の前髪の下で、どこか愉快そうな表情すると、唇だけで微笑したまま、再び、その広い背中を、夜風に緑の葉を揺らす大木の幹にもたれかけたのだった。
静寂の中に微かにこだまする、木々の葉を揺らす風の音。
前で腕を組んだまま、小さく吐息して、その紫水晶の瞳をカルダタスの高峰に向けた時であった、ふと、彼の鋭敏な六感に、深い森の木々の合間から、足音も立てずに近づいてくる誰かの気配が触れたのである。
一瞬、鋭利に閃いた彼の紫の右瞳。
しかし、次の瞬間、その気配の主が誰であるか気付いたのか、彼は、冷静な顔つきをしてゆっくりと背後を振り返ったのだった。
木々の合間から差し込む金色の月の光。
ただ、月の輝きだけが照らし出す薄暗い森の最中に、静かに浮かび上がってくる、凛とした秀麗な女性の姿。
高く結われた藍に輝く黒い髪が、木々を渡る夜風に揺れている。
その鮮やかな紅色の瞳が、どこかしら止まぬ憎しみを宿して鋭く煌(きらめ)きながら、今、シルバの精悍な顔を真っ直ぐに見た。
綺麗な額に刻まれた青い華の紋章。
腰の弓鞘に下げられた『水の弓(アビ・ローラン)』と呼ばれる、矢を持たぬ青玉の弓。
それはまぎれもなく、青珠(せいじゅ)の森の秀麗な守り手、レダ・アイリアスの姿であった。
さして驚いた様子も見せず、シルバは、レダのその激しい眼差しを、紫水晶の隻眼で真っ直ぐに受け止めると、前で組んでいた両手をゆるやかに解いたのだった。
彼女は、甘い色香を漂わせる綺麗な裸唇を静かに開くと、母国の言語を用い、感情を押し殺した低い声でシルバに向かって言うのである。
「一つ・・・・聞きたいことがある・・・・・」
森を渡る夜風に純白マント翻したまま、彼は、何も言わずにただ、そんな彼女の秀麗な顔を見つめ返しただけだった。
彼女は、ゆっくりと言葉を続ける。
「・・・・何故、父を殺した・・・?」
「・・・・・今更、その理由を聞いてどうする?レダ・・・と言ったか?君の名前は・・・・?俺は君の父親を殺した・・・・それは
事実だ、言い訳をするつもりもない」
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そんな淡白な彼の言葉に、レダの綺麗な眉が怒りに吊り上がる。
甘い色香の漂う秀麗な顔を歪めて、紅の瞳がシルバの端正な顔を真っ向から睨みつけた。
「貴様・・・・!!あれから私がどんな目に会って生きてきたかわかるか!?
たった一人の父だった!!優しい父だった!!その命を奪ったのは他でもない!!・・・・お前だ!!」
激昂(げっこう)する感情を抑えきれず、激しい表情でそう叫んだ彼女を、身動ぎもせずに見つめる彼の紫水晶の右目。
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