36 / 79
第三節 忘却の街3
しおりを挟む
*
同じ頃、深い森の大木に背中をもたれかけ、生い茂る木々の隙間から、山脈の峰に触れるように浮かぶ、欠けた月を眺めるもう一人の青年の姿があった。
深き地中に眠る紫水晶のような右目を、どこか心痛な面持ちで細めて、前で腕を組んだ姿勢で、ただ、身動ぎもせずじっと何かを考え込むように佇む長身の青年。
それは、白銀の守護騎士と呼ばれる、白銀の森の守り手シルバ・ガイであった。
彼の羽織る純白のマントが、木々の葉を揺らす夜風にゆるやかに翻っている。
ふと、そんな彼の耳に、何かを伝える風の精霊の声が響いてきて、彼は、僅かにその広い肩を揺らした。
「・・・・・あいつ・・・・ファルマス・シアに・・・・・?」
思わず呟いた彼の脳裏に、不敵に微笑む旧知の友のあの燃えるような緑玉の瞳が横切っていく。
シルバは、凛々しい唇の隅で小さく微笑んだ。
ゆっくりと大木から背中を離し、東の空を仰ぐと、その言語を人のものにあらざる古の言語に変え、天空を渡る風の精霊に向かって言うのであった。
『伝言の主に伝えてくれ・・・・お前と顔を合わせる時は、いつも物騒な事柄が起きる時だけだな、アラン・・・いや、ジェスター・ディグ。
おそらく、嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう・・・』
そう言った彼の声に呼応するように、天空を渡る風が高く鳴いた。
シルバは、揺れる漆黒の前髪の下で、どこか愉快そうな表情すると、唇だけで微笑したまま、再び、その広い背中を、夜風に緑の葉を揺らす大木の幹にもたれかけたのだった。
静寂の中に微かにこだまする、木々の葉を揺らす風の音。
前で腕を組んだまま、小さく吐息して、その紫水晶の瞳をカルダタスの高峰に向けた時であった、ふと、彼の鋭敏な六感に、深い森の木々の合間から、足音も立てずに近づいてくる誰かの気配が触れたのである。
一瞬、鋭利に閃いた彼の紫の右瞳。
しかし、次の瞬間、その気配の主が誰であるか気付いたのか、彼は、冷静な顔つきをしてゆっくりと背後を振り返ったのだった。
木々の合間から差し込む金色の月の光。
ただ、月の輝きだけが照らし出す薄暗い森の最中に、静かに浮かび上がってくる、凛とした秀麗な女性の姿。
高く結われた藍に輝く黒い髪が、木々を渡る夜風に揺れている。
その鮮やかな紅色の瞳が、どこかしら止まぬ憎しみを宿して鋭く煌(きらめ)きながら、今、シルバの精悍な顔を真っ直ぐに見た。
綺麗な額に刻まれた青い華の紋章。
腰の弓鞘に下げられた『水の弓(アビ・ローラン)』と呼ばれる、矢を持たぬ青玉の弓。
それはまぎれもなく、青珠(せいじゅ)の森の秀麗な守り手、レダ・アイリアスの姿であった。
さして驚いた様子も見せず、シルバは、レダのその激しい眼差しを、紫水晶の隻眼で真っ直ぐに受け止めると、前で組んでいた両手をゆるやかに解いたのだった。
彼女は、甘い色香を漂わせる綺麗な裸唇を静かに開くと、母国の言語を用い、感情を押し殺した低い声でシルバに向かって言うのである。
「一つ・・・・聞きたいことがある・・・・・」
森を渡る夜風に純白マント翻したまま、彼は、何も言わずにただ、そんな彼女の秀麗な顔を見つめ返しただけだった。
彼女は、ゆっくりと言葉を続ける。
「・・・・何故、父を殺した・・・?」
「・・・・・今更、その理由を聞いてどうする?レダ・・・と言ったか?君の名前は・・・・?俺は君の父親を殺した・・・・それは
事実だ、言い訳をするつもりもない」
シルバの艶のある低い声が、実に冷静な口調でそう答えて言った。
そんな淡白な彼の言葉に、レダの綺麗な眉が怒りに吊り上がる。
甘い色香の漂う秀麗な顔を歪めて、紅の瞳がシルバの端正な顔を真っ向から睨みつけた。
「貴様・・・・!!あれから私がどんな目に会って生きてきたかわかるか!?
たった一人の父だった!!優しい父だった!!その命を奪ったのは他でもない!!・・・・お前だ!!」
激昂(げっこう)する感情を抑えきれず、激しい表情でそう叫んだ彼女を、身動ぎもせずに見つめる彼の紫水晶の右目。
冷静に見えるその眼差しに、どこか心痛な面持ちが含まれていることを、憎しみに満たされている彼女が気付くはずもない・・・・
同じ頃、深い森の大木に背中をもたれかけ、生い茂る木々の隙間から、山脈の峰に触れるように浮かぶ、欠けた月を眺めるもう一人の青年の姿があった。
深き地中に眠る紫水晶のような右目を、どこか心痛な面持ちで細めて、前で腕を組んだ姿勢で、ただ、身動ぎもせずじっと何かを考え込むように佇む長身の青年。
それは、白銀の守護騎士と呼ばれる、白銀の森の守り手シルバ・ガイであった。
彼の羽織る純白のマントが、木々の葉を揺らす夜風にゆるやかに翻っている。
ふと、そんな彼の耳に、何かを伝える風の精霊の声が響いてきて、彼は、僅かにその広い肩を揺らした。
「・・・・・あいつ・・・・ファルマス・シアに・・・・・?」
思わず呟いた彼の脳裏に、不敵に微笑む旧知の友のあの燃えるような緑玉の瞳が横切っていく。
シルバは、凛々しい唇の隅で小さく微笑んだ。
ゆっくりと大木から背中を離し、東の空を仰ぐと、その言語を人のものにあらざる古の言語に変え、天空を渡る風の精霊に向かって言うのであった。
『伝言の主に伝えてくれ・・・・お前と顔を合わせる時は、いつも物騒な事柄が起きる時だけだな、アラン・・・いや、ジェスター・ディグ。
おそらく、嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう・・・』
そう言った彼の声に呼応するように、天空を渡る風が高く鳴いた。
シルバは、揺れる漆黒の前髪の下で、どこか愉快そうな表情すると、唇だけで微笑したまま、再び、その広い背中を、夜風に緑の葉を揺らす大木の幹にもたれかけたのだった。
静寂の中に微かにこだまする、木々の葉を揺らす風の音。
前で腕を組んだまま、小さく吐息して、その紫水晶の瞳をカルダタスの高峰に向けた時であった、ふと、彼の鋭敏な六感に、深い森の木々の合間から、足音も立てずに近づいてくる誰かの気配が触れたのである。
一瞬、鋭利に閃いた彼の紫の右瞳。
しかし、次の瞬間、その気配の主が誰であるか気付いたのか、彼は、冷静な顔つきをしてゆっくりと背後を振り返ったのだった。
木々の合間から差し込む金色の月の光。
ただ、月の輝きだけが照らし出す薄暗い森の最中に、静かに浮かび上がってくる、凛とした秀麗な女性の姿。
高く結われた藍に輝く黒い髪が、木々を渡る夜風に揺れている。
その鮮やかな紅色の瞳が、どこかしら止まぬ憎しみを宿して鋭く煌(きらめ)きながら、今、シルバの精悍な顔を真っ直ぐに見た。
綺麗な額に刻まれた青い華の紋章。
腰の弓鞘に下げられた『水の弓(アビ・ローラン)』と呼ばれる、矢を持たぬ青玉の弓。
それはまぎれもなく、青珠(せいじゅ)の森の秀麗な守り手、レダ・アイリアスの姿であった。
さして驚いた様子も見せず、シルバは、レダのその激しい眼差しを、紫水晶の隻眼で真っ直ぐに受け止めると、前で組んでいた両手をゆるやかに解いたのだった。
彼女は、甘い色香を漂わせる綺麗な裸唇を静かに開くと、母国の言語を用い、感情を押し殺した低い声でシルバに向かって言うのである。
「一つ・・・・聞きたいことがある・・・・・」
森を渡る夜風に純白マント翻したまま、彼は、何も言わずにただ、そんな彼女の秀麗な顔を見つめ返しただけだった。
彼女は、ゆっくりと言葉を続ける。
「・・・・何故、父を殺した・・・?」
「・・・・・今更、その理由を聞いてどうする?レダ・・・と言ったか?君の名前は・・・・?俺は君の父親を殺した・・・・それは
事実だ、言い訳をするつもりもない」
シルバの艶のある低い声が、実に冷静な口調でそう答えて言った。
そんな淡白な彼の言葉に、レダの綺麗な眉が怒りに吊り上がる。
甘い色香の漂う秀麗な顔を歪めて、紅の瞳がシルバの端正な顔を真っ向から睨みつけた。
「貴様・・・・!!あれから私がどんな目に会って生きてきたかわかるか!?
たった一人の父だった!!優しい父だった!!その命を奪ったのは他でもない!!・・・・お前だ!!」
激昂(げっこう)する感情を抑えきれず、激しい表情でそう叫んだ彼女を、身動ぎもせずに見つめる彼の紫水晶の右目。
冷静に見えるその眼差しに、どこか心痛な面持ちが含まれていることを、憎しみに満たされている彼女が気付くはずもない・・・・
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。
辺境領の底辺領主は知識チートでのんびり開拓します~前世の【全知データベース】で、あらゆる危機を回避して世界を掌握する~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に転生したリューイは、前世で培った圧倒的な知識を手にしていた。
辺境の小さな領地を相続した彼は、王都の学士たちも驚く画期的な技術を次々と編み出す。
農業を革命し、魔物への対処法を確立し、そして人々の生活を豊かにするため、彼は動く。
だがその一方、強欲な諸侯や闇に潜む魔族が、リューイの繁栄を脅かそうと企む。
彼は仲間たちと協力しながら、領地を守り、さらには国家の危機にも立ち向かうことに。
ところが、次々に襲い来る困難を解決するたびに、リューイはさらに大きな注目を集めてしまう。
望んでいたのは「のんびりしたスローライフ」のはずが、彼の活躍は留まることを知らない。
リューイは果たして、すべての敵意を退けて平穏を手にできるのか。
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる