上 下
33 / 79

第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手16

しおりを挟む
 性悪に歪んでいたレイノーラの美麗な顔が、不意に、激しい苦悶の表情を浮かべ、その冷たい青玉の瞳をカッと大きく見開くと、頭を抱えて地面へと崩れ落ちたのである。

「!?」

 突然沸き起こった彼女の異変に、スターレットは、思わず、呪文を紡がんとした唇を止めた。
 形の良い眉を眉間に寄せて、彼の深紅の瞳が、頭を抱えたままそのしなやかな身を捩(よじ)るレイノーラの姿を、真っ直ぐに見つめやる。

『おのれ・・・・この女!!』

 搾り出すような声でうめいたレイノーラの青玉の瞳が、急速に、あの凛とした茶色の瞳へと変貌していく。
 両手で頭を抱え込み、長い髪を振り乱しながらレイノーラは乾いた地面に両膝をついた。
 美麗なその顔を覆うかのように、長い黒髪が揺らめき綺麗な頬に降りかかる。
 乱れた髪の合間でゆっくりと顔を上げ、苦悶にうめく妖艶な紅の唇から出た言葉は、彼が予想だにしていなかったものだった・・・・

「臆病者!何を躊躇う!?早く私を討て!!
この私を、アストラたるこの私を!!おぬしは魔物に落としたいのか!!?」

 荒い息の最中から飛び出したその怒声は、明らかにエストラルダ語であった。
 スターレットの深紅の瞳が、揺れる蒼銀の前髪の下で驚愕に見開かれた。

「ラレンシェイ・・・・!」

「早くしろ!!こやつはすぐに私を跳ね退ける!!」

 麗しい頬にかかる漆黒の髪の合間から覗く、凛と強い茶色の瞳が、睨みつけるようにスターレットの深紅の瞳を見る。

「そなた・・・・・まだ心があるのだな?」

 流暢なエストラルダ語で呟くようにそう言った彼の雅な顔が、不意に、微かな安堵感で小さく微笑んだ。
 彼の肢体を囲んでいた蒼き輝きを纏う疾風が、何故か緩やかに消えていく。
 レイノーラから意識を奪い取った異国の女剣士ラレンシェイは、綺麗な眉を眉間に寄せながら、地面に膝まずいた姿で、尚も彼に向かって怒声を上げたのだった。

「うつけかおぬし!?魔法を解いてどうする!?私は討てと言っているのだ!!」

 本来の凛と厳(いかめ)しい鋭い表情を取り戻したラレンシェイに、スターレットは、ゆっくりと鮮血にまみれたその右手を差し伸ばした。
 彼女は、鋭利に眉間を寄せたまま、いつもの冷静な表情に戻った彼の雅な顔を見る。

「何をしているのだ!?だからおぬしは臆病者だと言うんだ!!」

「そなたの言う通りだ・・・・ラレンシェイ。私に、そなたを討つ勇気などない・・・」

 静かにその身を落としながら、そう言って伸ばされた彼の指先が、彼女の額に刻まれた紫色の炎の烙印に近づいていく。
 深紅に輝く彼の両眼が爛と鋭く発光した。
 彼の肢体から吹き上がるように立ち昇った蒼きオーラが、ゆらゆらと揺らめいてその腕に絡み付く。
ラレンシェイの鋭い茶色の両眼が、驚いたように見開かれた。

「何をするつもりだ・・・・!?」

「そなたに巣食った女妖を引き剥がす・・・・苦痛を伴うぞ?だが、絶対に意識を離すな・・・そなたなら耐えられるはずだ」

 疾風に棚引く蒼銀の髪の下で、形の良い眉を僅かに眉間に寄せ、鋭い表情で差し伸ばされたその指先が、あと少しで彼女の額に刻まれた炎の烙印に触れる・・・正にその次の瞬間だった。

 炎の烙印が眩いばかりの紫の光を解き放ち、虚空に揺らめき立った黒炎が、ラレンシェイの体を一瞬にして飲み込んでいったのである。

「・・・・!?」

 スターレットは、躊躇いもせずその指先を黒き炎の中に差し入れる。
 しかし、僅かに遅い。
 焼け付くような痛みが差し伸ばされたその手先に走り、彼女を飲み込んだ黒い炎は、激しい火の粉を舞い散らせながら、歪んだ空間の最中へと溶けいくように消失したのである。

「おのれ・・・・・・!」

 スターレットの雅な顔が、再び口惜しそうに歪んだ。
 激昂する自分を制するように、彼は、その美しい深紅の瞳を静かに閉じると、彼女の気配が消え行った、ファルマス・シアと呼ばれる荒野の地で、ふつふつと湧き上がる怒りにその肩を振わせた。

 輝くような蒼銀の髪が、落日の茜に染まり、ただ、立ち尽くす荒野の風に乱舞する。
 再び開かれたその瞳が、ゆるやかに本来の銀水色に戻っていく・・・彼は、まだ熱い痛みの残る右腕を左手で押さえると、その雅な顔を爛と鋭く引き締めたのだった。
 傷を押さえる指先から、紅の帯をひいた鮮血がこぼれ落ちる。

 それは、不吉なほど鮮やかな茜に染まる西の空に、最後の光を放つ落日が、音も無く沈みいく日のことであった・・・・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

剣聖の娘はのんびりと後宮暮らしを楽しむ

O.T.I
ファンタジー
かつて王国騎士団にその人ありと言われた剣聖ジスタルは、とある事件をきっかけに引退して辺境の地に引き籠もってしまった。 それから時が過ぎ……彼の娘エステルは、かつての剣聖ジスタルをも超える剣の腕を持つ美少女だと、辺境の村々で噂になっていた。 ある時、その噂を聞きつけた辺境伯領主に呼び出されたエステル。 彼女の実力を目の当たりにした領主は、彼女に王国の騎士にならないか?と誘いかける。 剣術一筋だった彼女は、まだ見ぬ強者との出会いを夢見てそれを了承するのだった。 そして彼女は王都に向かい、騎士となるための試験を受けるはずだったのだが……

異世界転生 勝手やらせていただきます

仏白目
ファンタジー
天使の様な顔をしたアンジェラ  前世私は40歳の日本人主婦だった、そんな記憶がある 3歳の時 高熱を出して3日間寝込んだ時 夢うつつの中 物語をみるように思いだした。 熱が冷めて現実の世界が魔法ありのファンタジーな世界だとわかり ワクワクした。 よっしゃ!人生勝ったも同然! と思ってたら・・・公爵家の次女ってポジションを舐めていたわ、行儀作法だけでも息が詰まるほどなのに、英才教育?ギフテッド?えっ? 公爵家は出来て当たり前なの?・・・ なーんだ、じゃあ 落ちこぼれでいいやー この国は16歳で成人らしい それまでは親の庇護の下に置かれる。  じゃ16歳で家を出る為には魔法の腕と、世の中生きるには金だよねーって事で、勝手やらせていただきます! * R18表現の時 *マーク付けてます *ジャンル恋愛からファンタジーに変更しています 

運極ちゃんの珍道中!〜APの意味がわからなかったのでとりあえず運に極振りしました〜

斑鳩 鳰
ファンタジー
今話題のVRMMOゲーム"Another World Online"通称AWO。リアルをとことん追求した設計に、壮大なグラフィック。多種多様なスキルで戦闘方法は無限大。 ひょんなことからAWOの第二陣としてプレイすることになった女子高生天草大空は、チュートリアルの段階で、AP振り分けの意味が分からず困ってしまう。 「この中じゃあ、運が一番大切だよね。」 とりあえず運に極振りした大空は、既に有名人になってしまった双子の弟や幼馴染の誘いを断り、ソロプレーヤーとしてほのぼのAWOの世界を回ることにした。 それからレベルが上がってもAPを運に振り続ける大空のもとに個性の強い仲間ができて... どこか抜けている少女が道端で出会った仲間たちと旅をするほのぼの逆ハーコメディー 一次小説処女作です。ツッコミどころ満載のあまあま設定です。 作者はぐつぐつに煮たお豆腐よりもやわやわなメンタルなのでお手柔らかにお願いします。

異世界のんびりワークライフ ~生産チートを貰ったので好き勝手生きることにします~

樋川カイト
ファンタジー
友人の借金を押し付けられて馬車馬のように働いていた青年、三上彰。 無理がたたって過労死してしまった彼は、神を自称する男から自分の不幸の理由を知らされる。 そのお詫びにとチートスキルとともに異世界へと転生させられた彰は、そこで出会った人々と交流しながら日々を過ごすこととなる。 そんな彼に訪れるのは平和な未来か、はたまた更なる困難か。 色々と吹っ切れてしまった彼にとってその全てはただ人生の彩りになる、のかも知れない……。 ※この作品はカクヨム様でも掲載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...