上 下
29 / 79

第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手12

しおりを挟む
                 *
 闇の結界に包み込まれたその城の宮殿に、一人の青年が、黒い炎の中から緩やかに姿を現した。
 松明の火だけが灯る薄暗い宮殿の最中に、闇の色をそのまま映したような漆黒の髪と、鋭い三白眼の水色の瞳がゆらゆらと浮かび上がっている。

 体格の良い腰に履かれた紫銀の剣が、邪で鋭利な気配を放ち、その広い額には、羽を広げた一角鷲の姿が刻まれた紫銀の二重サークレットが飾られている。
 それは間違いなく、その青年が魔剣を操る魔法剣士であることを示す証であった。
 濃い紫色のローブを翻しながら、彼は、ゆっくりとした歩調で、先程から、大きな窓の向こう側に見える闇の虚空を眺めていた、この城の主たる闇の魔法使いの元へ御意して来る。

『ゼラキエル様・・・・全ての準備は、整いましてございます・・・次のご指示を・・・』

 水色の鋭い三白眼が、黒い前髪の合間から、ゆっくりとこちらに振り返った魔王と呼ばれる青年、ゼラキエルの冷酷で端正な顔を見た。
 ゼラキエルは、冷たい刃のような・・・しかし鮮やかで美しい緑玉の瞳をチラリと、幽幻六部衆と呼ばれる精鋭の一人にして魔法剣士たる青年ツァルダムに向けると、その唇で何やら思惑有りげに微笑したのである。

『ならばお前は、全ての六部衆を呼び起こせ、目覚めた者どもは私の元へよこすがいい、憑(よりまし)は見繕う。
・・・・それで、ツァルダム?青珠の【息吹(アビ・リクォト)】はいかがした?』

『は、それが・・・・・』

 ツァルダムは、細い眉を実に不愉快そうに眉間によせて、静かだが鋭い口調で言葉を続けた。

『小ざかしい白銀の守り手に邪魔をされまして・・・・・あやつめはカルダタスに封じましたが、その手中に【息吹(アビ・リクォト)】を持ったまま・・・』

『・・・白銀の守り手?銀竜族のアノストラールか?』

『はっ』

『あやつも、時を越えてなお私の邪魔をするか、懲りぬ輩だ・・・・
竜狩人(ドラグン・モルデ)のそなたとて、銀竜が相手では相当苦労したのだろうな?』

 そう言ったゼラキエルの冷淡な緑の両眼が、ふと、鋭利に細められる。
 そんな主君の鋭い表情を見やり、ツァルダムは、僅かばかり悔しそうな表情をして、低い声で言うのだった。

『・・・・【息吹(アビ・リクォト)】を、あやつから取り返してまいりましょうか?』

『いや・・・・白銀の森にはもう一人守護者がいるはず、やがて、何らかの形でアノストラールの封を解くだろう・・・・
その時にでも、使い魔を赴かせよ・・・ツァルダム、そなたの操る使い魔をな・・・・・』

 凛々しい唇で、なにやら思惑有り気に小さく微笑うと、ゼラキエルは、その冷淡で美しい緑玉の両眼を煌(きらめ)く諸刃のように閃かせたのだった。

 『御意』

 そんな主君にツァルダムは短く答えると、虚空から出現した黒炎の最中へと深い紫色のローブを翻し、緩やかその姿を消して行ったのである。
 ゼラキエルは、黒衣の裾を棚引かせ、再び、ゆっくりと暗黒を望む宮殿の窓の方を向いたのだった。
 冷酷に細められる、燃えるような緑の鮮やかな両眼。
 その瞳の奥に宿る邪な野望と非道さが、にわかに鋭利に輝いたようだった。

 彼が纏う黒衣の背中に、闇の結界に轟いた雷光が、研ぎ澄まされた鋭利な切っ先の残光を映し出しては消えていく。
 そんな彼の背後に、ふと、誰かが近づいてくる気配がした。

『ツァルダムは、【息吹(アビ・リクォト)】を奪い損ねたようですのね?ラグナ?』

 どこか不快そうに響く若い女性の声が、魔王と呼ばれる青年の名を、実に親し気に呼んだ。
 その声の主が誰であるか、ゼラキエルには、振り返らずともわかっている。
 冷淡に閃く緑玉の眼差しがちらりと黒衣の肩越しに、背後に足音も無く立った、深い青のドレスを纏う美麗で妖艶なその女性を見た。

『レイノーラ?聞いていたのか?』

 ゼラキエルの低い声が彼女の名を呼んだ。
かつて彼の妻となるはずだった、レイノーラと言う名のその女性は、黒い髪をしなやかな指先でかきあげて、片手で 彼の衣の腕をゆるやかに掴んだのである。

『聞いておりましたわ・・・【息吹(アビ・リクォト)】がないと、貴方の体はその不便な人間の体のまま・・・・ツァルダムも腕が落ちましたのね?たかが一匹の竜如きに・・・・』

『いや・・・・【息吹(アビ・リクォト)】が無くても、この体は捨てられる・・・・あやつさえ居ればな』

『・・・・あやつ?』

 不思議そうに小首を傾げたレイノーラに、ゼラキエルは意味深な微笑をして見せた。

 アランデューク・・・今しばらく捨て置いてやるわ・・・時が満ちるまでな・・・・
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺はファンタジー世界を自重しない科学力で生きてゆく……万の軍勢?竜?神獣?そんなもん人型機動兵器で殲滅だ~『星を統べるエクスティターン』

ハイフィールド
ファンタジー
「人型機動兵器パイロットの俺がファンタジー世界に投げ出されたけど何とかなりそうだ」 対戦型ロボットアクションゲームの世界が実は現実世界だった → ファンタジーな惑星に不時着 → 仲間に裏切られてロボットも無しに一人っきり!? 果たして俺は生き残れるのか!? という、出だしで始まるファンタジーロボットアクション。序盤はロボット物SFでスタートして、途中(31話)からファンタジーになり、ロボットアクション×冒険×国作り×戦争と欲張りなお話になる予定です。相変わらずテンプレ物ですが、テンプレ素材をヒロが調理するとこんな料理になります……を、お楽しみ下さい。  1話あたり3500~6000文字程になると思いますのでサラッと読めるかと思います。 第3回ファンタジーカップにエントリーだけはしています。なんとか200位以内に入りたいので是非とも応援よろしくお願いします(5/10現在ギリギリの位置にいます) タイトルの「ファンタジー世界を自重しない~」を早く読みたい方は1章ラスト(30話目)に大雑把なキャラ紹介とあらすじを入れておきますので、そこから読んでお試ししてみて下さい。 途中に軍事や科学の話も出てきますが、特別そっち方面に詳しい訳ではありません。 さらっと浅くネットで調べているだけなので「何となく言いたい事は分かる」位の解釈でお願いします。 遙か遠い未来の物語なので科学なんて完全に妄想科学です。遙かに進んだ科学は魔法と見分けが付かない云々ってやつです。 三点リーダーを多用する作風です。苦手な方は申し訳ございません。 ほとんど無い予定ですが、タイトル末尾の★はR15要素あり。後書きにあらすじを乗せるので苦手な人は飛ばして下さい。 6/28 2、3章に短いプロローグを追加しました。 現在4章ストック中 進捗率3% ※ご忠告を頂いてタイトル変更しました……説明系のタイトルにするなら中途半端なのは駄目らしいです。  アルファポリスはタイトル70文字以内なので入りませんでしたが、フルタイトルでは  ”俺はファンタジー世界を自重しない科学力(ちから)で生きてゆく……万の軍勢? 竜? 神獣? そんなもん人型機動兵器で殲滅だ~『星を統べるエクスティターン - rule the Stars EXT -』”  となります。

千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶
ファンタジー
とある男爵家にて、神童と呼ばれる少年がいた。 少年の名はユーリ・グランマード。 剣の強さを信条とするグランマード家において、ユーリは常人なら十年はかかる【剣術】のスキルレベルを、わずか三ヶ月、しかも若干六歳という若さで『レベル3』まで上げてみせた。 先に修練を始めていた兄をあっという間に超え、父ミゲルから大きな期待を寄せられるが、ある日に転機が訪れる。 生まれ持つ【加護】を明らかにする儀式を受けたユーリが持っていたのは、【器用貧乏】という、極めて珍しい加護だった。 その効果は、スキルの習得・成長に大幅なプラス補正がかかるというもの。 しかし、その代わりにスキルレベルの最大値が『レベル3』になってしまうというデメリットがあった。 ユーリの加護の正体を知ったミゲルは、大きな期待から一転、失望する。何故ならば、ユーリの剣は既に成長限界を向かえていたことが判明したからだ。 有力な騎士を排出することで地位を保ってきたグランマード家において、ユーリの加護は無価値だった。 【剣術】スキルレベル3というのは、剣を生業とする者にとっては、せいぜい平均値がいいところ。王都の騎士団に入るための最低条件すら満たしていない。 そんなユーリを疎んだミゲルは、ユーリが妾の子だったこともあり、軟禁生活の後に家から追放する。 ふらふらの状態で追放されたユーリは、食料を求めて森の中へ入る。 そこで出会ったのは、自らを魔女と名乗る妙齢の女性だった。 魔女に命を救われたユーリは、彼女の『実験』の手伝いをすることを決断する。 その内容が、想像を絶するものだとは知らずに――

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

ツインワールド~異世界からの来襲~

町島航太
ファンタジー
2021年7月21日、突如世界各地に異形の怪物が大量発生し、人間を襲い始めた。 日本でも同様怪物が現れ、人々を襲い始める。 そんな混沌の中、17歳の青年小野山歩は謎の老人から潜在能力を引き出す事が出来る不思議なカード『ステータスカード』を貰い受け、超人的な能力を手に入れる。 その力を駆使し、歩は怪物達に勝負を挑むのであった。

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

桐生桜月姫
ファンタジー
 愛良と晶は仲良しで有名な双子だった。  いつも一緒で、いつも同じ行動をしていた。  好き好みもとても似ていて、常に仲良しだった。  そして、一緒に事故で亡くなった。  そんな2人は転生して目が覚めても、またしても双子でしかも王族だった!?  アイリスとアキレスそれが転生後の双子の名前だ。  相変わらずそっくりで仲良しなハイエルフと人間族とのハーフの双子は異世界知識を使って楽しくチートする!! 「わたしたち、」「ぼくたち、」 「「転生しても〜超仲良し!!」」  最強な天然双子は今日もとっても仲良しです!!

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

婚約破棄されて異世界トリップしたけど猫に囲まれてスローライフ満喫しています

葉柚
ファンタジー
婚約者の二股により婚約破棄をされた33才の真由は、突如異世界に飛ばされた。 そこはど田舎だった。 住む家と土地と可愛い3匹の猫をもらった真由は、猫たちに囲まれてストレスフリーなスローライフ生活を送る日常を送ることになった。 レコンティーニ王国は猫に優しい国です。 小説家になろう様にも掲載してます。

転生赤ちゃんカティは諜報活動しています そして鬼畜な父に溺愛されているようです

れもんぴーる
ファンタジー
実母に殺されそうになったのがきっかけで前世の記憶がよみがえった赤ん坊カティ。冷徹で優秀な若き宰相エドヴァルドに引き取られ、カティの秘密はすぐにばれる。エドヴァルドは鬼畜ぶりを発揮し赤ん坊のカティを特訓し、諜報員に仕立て上げた(つもり)!少しお利口ではないカティの言動は周囲を巻き込み、無表情のエドヴァルドの表情筋が息を吹き返す。誘拐や暗殺などに巻き込まれながらも鬼畜な義父に溺愛されていく魔法のある世界のお話です。 シリアスもありますが、コメディよりです(*´▽`*)。 *作者の勝手なルール、世界観のお話です。突っ込みどころ満載でしょうが、笑ってお流しください(´▽`) *話の中で急な暴力表現など出てくる場合があります。襲撃や尋問っぽい話の時にはご注意ください! 《2023.10月末にレジーナブックス様から書籍を出していただけることになりました(*´▽`*)  規定により非公開になるお話もあります。気になる方はお早めにお読みください! これまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!》

処理中です...