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第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手5

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 それが本当に弓で射ているものならば、相手は相当な弓の名手であろう。
 空を引き裂いた青い閃光を、しなやかに翻された白銀の刃が真っ向から両断する。
 深い森に水音がこだまして、青い閃光の矢はきらきらと輝きながら虚空に弾け飛んだ。
 矢が飛んでくる方向は僅かに上限。

 相手は木の枝から狙ってきているのかもしれない。
 シルバの両足の柔軟な撥条(ばね)が、強く地面を蹴ると、高く跳躍した彼の片手が太い木の枝にかかった。
 そのまま勢いを付けて体を捻ると、まるで山野を駈ける獣のように、ものの見事に枝の上へとその身を置いてしまう。

 高い枝の上に純白のマントが翻った時、間髪入れずに再び彼の正面から、あの青い閃光が豪速で飛来して来る。
 緑の葉を揺らして、鋭利な直線を描く青い閃光の矢は、そのまま真っ直ぐにシルバの体を貫かんと空を揺らして迫り来る。

 緑の葉が茂る枝をしならせて、彼の柔軟な肢体が虚空を舞った。
 その長く艶やかな黒髪が緑の木々の合間に乱舞する。
 閃光の矢はそんな彼の耳元すれすれを掠め通り、背後の木に当たると、水音と共にきらきらと輝きながら虚空に弾け飛ぶ。

 その時既に、彼の体は、獲物を追って軽やかに木々を渡る黒豹如き迅速さで別の木へと飛び移っていた。
 刹那、彼の持つ、澄んだ紫水晶の右目に、木々の葉の合間にキラリと輝く何かが飛び込んだ。
 シルバの端正なその顔が、凛と鋭く引き締まる。

 木の枝をしならせて、再び彼の体が木々の合間を舞った時、利き手に持った白銀の剣が視界をさえぎる枝を真っ向から両断した。
 支えを失い地面に落ち行く枝の向こう側に、驚愕の表情をする誰かが、弓を構えた姿勢でこちらを凝視している。

「・・・っ!!?」

 彼女が声にならない声を上げた時、宙で体を捻りそのまま足元から落下するシルバが、既にその背後を捕っている。
 振り返ろうとする彼女の肩が、落下する彼の手によって掴まれた。

「あっ!?」

 木の上で平衡を崩した彼女の体は、シルバの手に羽交い絞めにされた形になって急激に地面へと落ちていく。
 純白のマントと、そして彼女の藍に輝く美しい黒髪が虚空に乱舞した。
 地面に叩きつけられる寸前、不意にシルバの手が離され、彼女は、体制を崩したまま腕から地面に落下する形となった。
 強い衝撃が、そのしなやかな体を駆け抜けていく。

「っ!!」

 鋭い痛みが全身を薙いでいるにもかかわらず、彼女は、ハッと地面から飛び起きて、その鮮やかな紅の瞳を気丈に輝かせると、自分を木の上から引きずりおろした魔法剣士を素早く振り返ったのだった。

「この!!」

 手に持ったままでいる青玉の弓を構え直さんとした瞬間、その鼻先に鋭利な白銀の切っ先が突きつけられた。
 ざわりと深い森の木々がざわめいた。
 彼女の眼前で、吹き付ける風に翻る純白のマントと、艶やかな長い黒髪。
 本来なら、穏やかな印象を与える端正に整ったシルバの顔が、戦人(いくさびと)の装いで鋭利に歪んでいる。
 鋭い輝きを宿す紫水晶の隻眼が、彼女の秀麗な顔を見つめすえた。

「何故、俺を狙った?女は斬らない主義だ、答えてもらおうか?」

 艶のある低い声が紡ぎ出したのは、大リタ・メタリカ王国の隣国、フレドリック・ルード連合王国の言語であった。
 本来、生粋のリタ・メタリカ人に黒い髪を持つ者はいない。
 黒い髪を持つ者は、遥か東方の大国斯那留(シナル)国を母国とする者か、フレドリック・ルード連合王国を母国とする者か、もしくは・・・闇の者であるか。

 藍に輝く彼女の黒髪を見て、彼は、あえてその言語を母国である国の言葉に換えたのであろう。
 シルバ自身も、本来はリタ・メタリカの民ではないのだ。
 そんなシルバの鋭い紫水晶の右目を睨むように見て、彼女、青珠の森の守護者レダ・アイリアスは、秀麗な顔をやけに悔しそうに歪めたのである。

 緑の木々を揺らして、冷たい風が深い森を駆け抜けていく。
 差し伸ばされた透明な風の両手が、ふわりと、レダの前髪を持ち上げた。
 その瞬間、シルバは何かに気が付いたように、純白のマントを羽織る広い肩を揺らしたのである。
 レダの額に刻まれた、星型に開く青い撫子の紋章は、青珠の森の守り手を示す、華の紋章に相違ない。
 シルバは、ゆっくりと剣の切っ先を下ろして地面に向けた。

「・・・青珠の森の・・・・守り手?」

 同時に、青玉の弓を構えたままでいるレダも、シルバとはまた違う意味わいで、何かに気が付いたように、その肩を揺らしたのである。

 黒髪と、紫色の隻眼・・・・・
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