上 下
5 / 27

【5、起点】

しおりを挟む
  それ以来、私は、彼の歌を聞きに行くのが楽しみになった。
 仕事と時間の都合があえば、彼にライブスケジュールを教えてもらって聞きに行った。
 いつの間にか、他愛なくLINEで会話することも増えた。

 それは、 7月終わりのある夜だった。
 私は高校時代の友人アキと、市内のカフェレストランにいた。
 最近はこうやって夜に集合して食事ができる友達も、すっかり減ってきた。
 みんな結婚して、子供が生まれて家庭からでれなくなって、それがいたって普通のことなのかもしれない。
 自由の利く私は、逆に幸せな方なのかな?なんて、ちょっと思っていたりもする。

「珍しい!りーこがネイルしてるなんて!
しかも赤!私、初めて見たかも」

 アキにそう言われて、私は笑った。

「この色綺麗でしょ?なんか気に入っちゃって」

「なんて言うか『女!』って感じの色だよね?」

 そう言われて、私は内心ドキッとした。

 『女』

 なんだか、毎日変わり映えしなかったから、自分が『女』なの忘れてたのかも…

 アキは、ネイルを見つめてふと黙り込んだ私に、ちょっと遠慮がちに聞いてきた。

「ねぇねぇ?もしかして、例のゲームばっかりやってる彼氏と別れた?
新しい彼氏でもできたんじゃない?」

「そんな訳ないよ!
信ちゃんとは、まだ普通に付き合ってるよ」

「え?なんだ…そうなんだぁ」

 何か腑に落ちない様子で、アキはまじまじと私を見る。
 
「地味な口紅ばっかだったのに、今日なんか赤い口紅だし、男が変わったのかと思ったよ」

「え?なにそれ!」

  私がそう聞き返した瞬間、スマホが鳴った。
  着信を知らせる音だった。
 ディスプレイを見ると、信ちゃんだった。

「はい」

『里佳子…転勤キターーーーーーーー!』

「そう言えば、転勤くるかもって言ってたもんね、で、どこ行くの?」

『T県のA市!』

 それを聞いて、私は大して驚きもしなかった。
 以前信ちゃんが、県外初の店舗がそこにできるから、多分、若手組の誰かが行かされるかもって言ってたし、既婚者はなかなか県外なんか行きたがらないだろうから、独身の信ちゃんに白羽の矢が立つのは当然…

「遠いね~」

『しかも、急でさ、二週間後に行けとかクソだろ!とりあえず、引っ越し業者に連絡して予約しといて!』

「え?!あたしが!?」

『だって俺、忙しいもん!じゃっ!』

「あっ…」

 一方的に電話を切られた。
 なんかイラっとするけど、これは大体いつものこと…

「私はお母さんじゃないんだから…っ!」

「どしたの?」

 ムッとしてる私を、不思議そうに覗きこんで、アキが言う。

「え?
 信ちゃん…急な転勤で、T県のA市いくから、引っ越し業者手配しとけってさっ!
 そんな電話、自分ですればいいのに!」

 あたしがそう言うと、アキはなんだかますます不思議そうな顔をする。

「あ、あの…もしもし?
 さらっと言ったけど、T県のA市とか地味に遠いよね?
 高速使っても二時間ぐらいかかるよね?
 寂しいとかはないの?
 一緒に住んでるのに?」

 「うーん…まぁ、ちょっとは寂しいかもだけど… 
 信ちゃん帰ってくると、ご飯食べてすぐ寝ちゃうし、休みの日はゲームしかしないし、寂しいって言うか…うーん?」

「それ、りーこんとこのカップルもう終わってるわ…
 それで平気なの?りーこ?」

「うーん…今さら始まった事じゃないし…
諦めてる」

「……うわぁ、熟年夫婦みたいな冷めっぷり!結婚の予定は?」

「ないよそんなの」

「え…?待って、ほんと、りーこそれでいいの??
 初めて付き合って、そのままずっと一緒とか、はたからみるとなんか良くみえるけど、そんなんでいいの?」

「……まぁ、正直言うと…これでいいのかな?こんな生活でいいのかな?とは、最近思ってる…」

「だよね…」

 アキが呆れたような顔をして、サラダをつついた時、今度はLINEが鳴った。

 ディスプレイを見て、私は、ちょっと笑ってしまう。

 「菅谷くんだ」


『店長、T県に転勤確定みたいすよ~
寂しくなるんじゃないすか?

これ、ライブのスケジュールです
とりあえず、送っておきます』

 この文面の後ろに可愛い猫のスタンプが付く。
 私は思わずふふって変な笑いかたをしてしまう。

 「彼氏が転勤決まった後なのに、なんで嬉しそうに笑ってるの??」

「嬉しいとかじゃないけど、ちょっと、なんか男の子なのにこんなスタンプ付けてくるとか、可愛いな~と思って」

「え?なにそれ?やっぱり他に男がいるんじゃない!」

  アキがそんなことを言うから、私は、思わず声を上げて笑ってしまった。

「違うよ!そんな関係じゃないよ!
 信ちゃんとこのバイトの子で、この間、酔っ払った信ちゃんを部屋まで送ってくれたんだ。
 音楽やってる子でさ、なんか面白い子なの。
 まだ23歳だし、あたしみたいなおばさんとカップル認定にされたら、むしろ気の毒だよ!」

 「え~怪しいなぁ!彼氏の電話受けた時の顔と違うよだって?
 今のりーこ、『女』の顔してる」 

 「え?」

 アキにそう言われて、またドキッとしてしまった。
 なんでドキッとしたんだろう…
 なんか、自分でもわからないや…
 だけど、言われてみれば、菅谷くんと話すのが楽しかったり、なんとなく連絡くるのが嬉しかったり…
 色々そんな思いはしてるかもしれない…

 赤いネイルに赤い口紅。
 これも、なんとなく彼を意識したからだし…

「それは…アキの気のせい!」

 私は、ついそう言ってごまかした。
 アキの疑いの眼差しが私に刺さる。
 でも、とりあえず、否定しておかないと、私の中の隠れた私が、何かに気づいてしまいそうだった。

 気のせいだよ
 気のせい
 相手は七歳も下の男の子だよ?
 あたしなんか、相手にしてるはずないよ…

 気づいたら、自分に必死にそう言い聞かせる自分自身がいた…

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

美人家庭科教師が姉になったけど、家庭での素顔は俺だけが知っている。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
俺には血の繋がっていない姉さんがいる。 高校で家庭科を教えている、美人で自慢の姉。 だけど家では、学校とは全く違う顔を見せてくる。 「ヒロ~、お姉ちゃんの肩揉んで」 「まず風呂上がりに下着姿でこっち来ないでくれます!?」 家庭科教師のくせに、ちっとも家庭的ではない姉さんに俺はいつも振り回されっぱなし。 今夜も、晩飯を俺ひとりに作らせて無防備な姿でソファーに寝転がり…… 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ただいま冷徹上司を調・教・中!

伊吹美香
恋愛
同期から男を寝取られ棄てられた崖っぷちOL 久瀬千尋(くぜちひろ)28歳    × 容姿端麗で仕事もでき一目置かれる恋愛下手課長 平嶋凱莉(ひらしまかいり)35歳 二人はひょんなことから(仮)恋人になることに。 今まで知らなかった素顔を知るたびに、二人の関係は近くなる。 意地と恥から始まった(仮)恋人は(本)恋人になれるのか?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...