新宿情火~FlambergeⅡ~Ⅱ

坂田 零

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<ACT3 女神の気まぐれ>1

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 立ち並ぶ高層ビルの谷間に響く、澄んだバイオリンの音。

 薄汚くギラギラした街には似つかわしくないその音色。

 美麗さんはその音に惹かれるようにして、裸足のまま、公園の向こう側にあるビルの建設予定地へと歩いていく。

 俺は慌てて美麗さんハイヒールを手にとって、そんな彼女の綺麗な背中を追いかけて歩いた。

 街のネオンがチカチカと点滅しながら、野暮ったい有刺鉄線で囲まれたその更地を照らしている。

 その真ん中の方にうっすらと見える人影。

 つい癖で、何があっても対処できるように俺は身構えた。

 眠らない街、歌舞伎町の喧騒が遠く聞こえる午前2時。

 こんな時間に、こんな所でバイオリンを弾いてる奴が、一体どんな人物なのか、美麗さんもそれが気になったのかもしれない。

 よく見ると、更地を囲む有刺鉄線の一部が切られていて、中に入れるようになっている。

 なんとなく嫌な予感がしたんだが、やはり美麗さんは、その中に足を踏み入れようとしていた。

 「美麗さん、ちょっと待ってください」

 俺は思わず美麗さんを呼び止めた。

 美麗さんは、不思議そうに俺を振り返る。

 俺はそんな美麗さんの前で片膝を着いて、ヒールを差し出した。

「危ないですよ、ヒールを履いて行ってください。
ビルの建設予定地なんて、何が落ちてるかわかりませんから。
ケガをしたら大変です」

 俺がそう言うと、美麗さんは艶やかに微笑して、俺の肩に片手を置いた。

「ありがとう」

 ブルーのマニュキュアが塗られた綺麗な爪先が俺の目の前に差し出される。

 俺は、俺の女神の美しい足先にシルバーのヒールを履かせた。

 高層ビルとネオンの光を背景に、俺の女神はもう一度艶やかに微笑むと、ゆっくりと踵を返して有刺鉄線の向こう側に足を踏み入れる。

 俺も、そんな美麗さんの背中を追いかけた。

 この薄汚れた街には不似合いな程澄み渡り、そして切ないバイオリンの音。

 ビルの谷間を渡る風に乗って聞こえてくる曲は、多分、クラシックの曲。

 だけど、俺はそういうの全然疎いんで、なんて言う曲かまるでわからない。

 でも、美麗さんは、その曲を知っている様子だった。
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