新宿情火~FlambergeⅡ~Ⅱ

坂田 零

文字の大きさ
上 下
4 / 12

<ACT2 女神の戯れ>2

しおりを挟む
        *
 仕事で疲れたり、行き詰ったりすると、何故か美麗さんはブランコに乗りたがった。

 そこは古い住宅街。

 児童公園の周辺は地上げ屋のせいで空き地だらけになっていて、美麗さんがブランコを乗りたがるその公園も、もしかすると、近いうちに無くなってしまうかもしれない。

 新宿の喧騒が遠く聞こえる。

 その公園の入り口にリムジンを停めさせて、運転手を待たせると、俺は後部座席のドアを開けて、美麗さんに手を差し伸ばす。

 美麗さんは俺の手を取ってリムジンを降りると、芝生の上でヒールを脱ぎ捨てた。

 「美麗さん、足が汚れますよ?まぁ、いつものことですが…」 

 俺がそう言うと、美麗さんは俺を振り返って無邪気に微笑んだ。

 「草の匂いが懐かしいの…東京は空気が悪すぎるし、時々、息が詰まるの
ほら、私、田舎娘だから」

 田舎娘という言葉は、club輝夜のNO1にはまるで似つかわしくない言葉だった。

 洗練された上品な物腰、抜群のスタイルと、女神のように美しい顔立ち。

 一体これのどこが【田舎娘】なのか、俺には一切わからない。

 そもそも、水商売の世界は個人情報なんていらない。

 だから俺ですら、美麗さんがどこの出身で、本名はどんな名前で、年齢がいくつなのかも知らない。

 でも俺にとって、そんなことはどうでもいいんだ。

 俺にとって美麗さんは、美麗さんでしかなく、俺にとっての美麗さんは、俺の恩人であり俺の女主人であり、俺が守るべき存在である女神なんだから。

 美麗さんは、裸足のままゆっくり歩いて、古びてサビたブランコに腰を下ろす。

 俺はそんな美麗さんを少し離れたところから見ていた。
 少し勢いをつけて、ブランコを漕ぎ出す美麗さんは、揺れるブランコの上で、大きな目を星のない夜空に向けていた。
 空き地の向こうに見える高層ビルの群れ。

 赤いランプが点滅する巨大な墓石のようなビルの谷間に、憂いを帯びた綺麗な横顔が、ネオンと共に浮かんでいるように見えた。

 キーキーという錆びた音がするたびに、長い黒髪が夜の闇にふんわりと舞っていた。

 ロイヤルブルーのドレスの裾が地面に着くのも気にせずに、何かを振り払うかのように、美麗さんはブランコに揺られている。

 俺には、美麗さんの心の中は見えない。

 美麗さんの憂いの所在が一体なんなのか、わかるような気もするし、わからないような気もする。

 俺ら黒服は、店で働く女の子たちに余計なことを聞いてはいけない。

 ただ、彼女らの望むことを汲み取り、的確にそれをこなして彼女らの仕事をスムーズにすること…それが俺達黒服の仕事だ。

 だから、俺は黙って、ブランコを漕ぐ美麗さんを見つめていた。

 その時、ふと、ブランコに揺られていた美麗さんが、俺の方を見て意味深に微笑んだ。

「コージくん!そこで渋い顔してるんだったら、一緒にブランコ乗ろうよ!」

「‥‥‥…。」

 美麗さんはたまに、こんな感じに突然突拍子もないことを言い出す。

 俺は思わず笑ってしまった。

 そしていつもの通りに答える。

「美麗さんのお言葉のままに」

 やれやれ…とは思ったが、実はそう言われて、少しだけ嬉しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元体操のお兄さんとキャンプ場で過ごし、筋肉と優しさに包まれた日――。

立坂雪花
恋愛
夏休み、小日向美和(35歳)は 小学一年生の娘、碧に キャンプに連れて行ってほしいと お願いされる。 キャンプなんて、したことないし…… と思いながらもネットで安心快適な キャンプ場を調べ、必要なものをチェックしながら娘のために準備をし、出発する。 だが、当日簡単に立てられると思っていた テントに四苦八苦していた。 そんな時に現れたのが、 元子育て番組の体操のお兄さんであり 全国のキャンプ場を巡り、 筋トレしている動画を撮るのが趣味の 加賀谷大地さん(32)で――。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

闘う二人の新婚初夜

宵の月
恋愛
   完結投稿。両片思いの拗らせ夫婦が、無意味に内なる己と闘うお話です。  メインサイトで短編形式で投稿していた作品を、リクエスト分も含めて前編・後編で投稿いたします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...