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<ACT2 女神の戯れ>2
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仕事で疲れたり、行き詰ったりすると、何故か美麗さんはブランコに乗りたがった。
そこは古い住宅街。
児童公園の周辺は地上げ屋のせいで空き地だらけになっていて、美麗さんがブランコを乗りたがるその公園も、もしかすると、近いうちに無くなってしまうかもしれない。
新宿の喧騒が遠く聞こえる。
その公園の入り口にリムジンを停めさせて、運転手を待たせると、俺は後部座席のドアを開けて、美麗さんに手を差し伸ばす。
美麗さんは俺の手を取ってリムジンを降りると、芝生の上でヒールを脱ぎ捨てた。
「美麗さん、足が汚れますよ?まぁ、いつものことですが…」
俺がそう言うと、美麗さんは俺を振り返って無邪気に微笑んだ。
「草の匂いが懐かしいの…東京は空気が悪すぎるし、時々、息が詰まるの
ほら、私、田舎娘だから」
田舎娘という言葉は、club輝夜のNO1にはまるで似つかわしくない言葉だった。
洗練された上品な物腰、抜群のスタイルと、女神のように美しい顔立ち。
一体これのどこが【田舎娘】なのか、俺には一切わからない。
そもそも、水商売の世界は個人情報なんていらない。
だから俺ですら、美麗さんがどこの出身で、本名はどんな名前で、年齢がいくつなのかも知らない。
でも俺にとって、そんなことはどうでもいいんだ。
俺にとって美麗さんは、美麗さんでしかなく、俺にとっての美麗さんは、俺の恩人であり俺の女主人であり、俺が守るべき存在である女神なんだから。
美麗さんは、裸足のままゆっくり歩いて、古びてサビたブランコに腰を下ろす。
俺はそんな美麗さんを少し離れたところから見ていた。
少し勢いをつけて、ブランコを漕ぎ出す美麗さんは、揺れるブランコの上で、大きな目を星のない夜空に向けていた。
空き地の向こうに見える高層ビルの群れ。
赤いランプが点滅する巨大な墓石のようなビルの谷間に、憂いを帯びた綺麗な横顔が、ネオンと共に浮かんでいるように見えた。
キーキーという錆びた音がするたびに、長い黒髪が夜の闇にふんわりと舞っていた。
ロイヤルブルーのドレスの裾が地面に着くのも気にせずに、何かを振り払うかのように、美麗さんはブランコに揺られている。
俺には、美麗さんの心の中は見えない。
美麗さんの憂いの所在が一体なんなのか、わかるような気もするし、わからないような気もする。
俺ら黒服は、店で働く女の子たちに余計なことを聞いてはいけない。
ただ、彼女らの望むことを汲み取り、的確にそれをこなして彼女らの仕事をスムーズにすること…それが俺達黒服の仕事だ。
だから、俺は黙って、ブランコを漕ぐ美麗さんを見つめていた。
その時、ふと、ブランコに揺られていた美麗さんが、俺の方を見て意味深に微笑んだ。
「コージくん!そこで渋い顔してるんだったら、一緒にブランコ乗ろうよ!」
「‥‥‥…。」
美麗さんはたまに、こんな感じに突然突拍子もないことを言い出す。
俺は思わず笑ってしまった。
そしていつもの通りに答える。
「美麗さんのお言葉のままに」
やれやれ…とは思ったが、実はそう言われて、少しだけ嬉しかった。
仕事で疲れたり、行き詰ったりすると、何故か美麗さんはブランコに乗りたがった。
そこは古い住宅街。
児童公園の周辺は地上げ屋のせいで空き地だらけになっていて、美麗さんがブランコを乗りたがるその公園も、もしかすると、近いうちに無くなってしまうかもしれない。
新宿の喧騒が遠く聞こえる。
その公園の入り口にリムジンを停めさせて、運転手を待たせると、俺は後部座席のドアを開けて、美麗さんに手を差し伸ばす。
美麗さんは俺の手を取ってリムジンを降りると、芝生の上でヒールを脱ぎ捨てた。
「美麗さん、足が汚れますよ?まぁ、いつものことですが…」
俺がそう言うと、美麗さんは俺を振り返って無邪気に微笑んだ。
「草の匂いが懐かしいの…東京は空気が悪すぎるし、時々、息が詰まるの
ほら、私、田舎娘だから」
田舎娘という言葉は、club輝夜のNO1にはまるで似つかわしくない言葉だった。
洗練された上品な物腰、抜群のスタイルと、女神のように美しい顔立ち。
一体これのどこが【田舎娘】なのか、俺には一切わからない。
そもそも、水商売の世界は個人情報なんていらない。
だから俺ですら、美麗さんがどこの出身で、本名はどんな名前で、年齢がいくつなのかも知らない。
でも俺にとって、そんなことはどうでもいいんだ。
俺にとって美麗さんは、美麗さんでしかなく、俺にとっての美麗さんは、俺の恩人であり俺の女主人であり、俺が守るべき存在である女神なんだから。
美麗さんは、裸足のままゆっくり歩いて、古びてサビたブランコに腰を下ろす。
俺はそんな美麗さんを少し離れたところから見ていた。
少し勢いをつけて、ブランコを漕ぎ出す美麗さんは、揺れるブランコの上で、大きな目を星のない夜空に向けていた。
空き地の向こうに見える高層ビルの群れ。
赤いランプが点滅する巨大な墓石のようなビルの谷間に、憂いを帯びた綺麗な横顔が、ネオンと共に浮かんでいるように見えた。
キーキーという錆びた音がするたびに、長い黒髪が夜の闇にふんわりと舞っていた。
ロイヤルブルーのドレスの裾が地面に着くのも気にせずに、何かを振り払うかのように、美麗さんはブランコに揺られている。
俺には、美麗さんの心の中は見えない。
美麗さんの憂いの所在が一体なんなのか、わかるような気もするし、わからないような気もする。
俺ら黒服は、店で働く女の子たちに余計なことを聞いてはいけない。
ただ、彼女らの望むことを汲み取り、的確にそれをこなして彼女らの仕事をスムーズにすること…それが俺達黒服の仕事だ。
だから、俺は黙って、ブランコを漕ぐ美麗さんを見つめていた。
その時、ふと、ブランコに揺られていた美麗さんが、俺の方を見て意味深に微笑んだ。
「コージくん!そこで渋い顔してるんだったら、一緒にブランコ乗ろうよ!」
「‥‥‥…。」
美麗さんはたまに、こんな感じに突然突拍子もないことを言い出す。
俺は思わず笑ってしまった。
そしていつもの通りに答える。
「美麗さんのお言葉のままに」
やれやれ…とは思ったが、実はそう言われて、少しだけ嬉しかった。
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