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終節 鳴動、闇にて響く2

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 エトワーム・オリアの町を覆い尽くしていた嘆きの霧が消え、王都からの援軍が、辛うじて魔物の襲撃から逃れた人々の救援にあたり始めた頃、高く蒼い山脈から吹く風の中、賢者の丘を昇ってきたリタ・メタリカの美しくも勇ましき姫君は、久方ぶりにその青年の雅で秀麗な姿を目にして、思わず、その歩みを止めたのだった。

 とたん、晴れ渡る空の色を映す紺碧色の大きな瞳が嬉々として輝き、彼女の艶やかな紺碧色の髪が、差し伸ばされた透明な風の手によって浚われていった。

 今、彼女の眼前で微笑むのは、良く見知った、愛しいと言っても過言でないはずの綺麗な銀水色の瞳である。
 行き過ぎる風に跳ね上がる、輝くような蒼銀の髪。

 二人の魔法剣士と共に、緑に萌える丘の上に立っていたのは、他でもない、彼女がアーシェの魔法剣士ジェスターと城を出たきっかけとなった青年、ロータス一族のスターレットであったのである。

「殿下、ご無事でなによりでございました」

 そう言った彼の声に弾かれるようにして、にわかに緋色のマントを翻すと、艶やかに微笑んだリタ・メタリカの第一王女リーヤティアは、真っ直ぐに両腕を伸ばしスターレットの胸に飛び込んだのだった。

「スターレット!今まで何処にいたのです!?貴方を探していたのですよ!!」

 そんな彼女のしなやかな体を両腕で抱き止めて、スターレットは、僅かばかり困ったように形の良い眉を潜めると、高き峰から反射する太陽の光の中で、まるで子供が拗ねるように綺麗な唇を尖らせるリーヤティアの綺麗な顔を見たのだった。

「申し訳ありません・・・・私も、人を探しておりました・・・・殿下」

 そう言ってスターレットは、どこか切なそうにその雅で秀麗な顔を曇らせたのである。
 そんな彼の表情に、リーヤティアが、怪訝そうな顔つきをする。

「一体、誰を探していたのです?」

「不本意にもこの事態に巻き込んでしまった、異国の女剣士を探しておりました・・・・」

「え?」

 その言葉に、リーヤは、実に怪訝そうな顔つきで蛾美な眉を寄せる。
 困ったように微笑したスターレットが、いつもの丁寧で冷静な口調で言葉を続けた。

「・・・・・殿下・・・・国王陛下が貴女様の身を案じておりまする、一度、このスターレットと共に、王宮に戻りましょう・・・・・・・・それと、一つ、貴女様にお伝えねばならぬ事柄があります・・・・」

「なんです?」

「先日、貴女様の父であらせられるダファエル三世陛下より、申し付けられました・・・・・・・私が、貴女様を娶れと」

 心なしか、どこか切なそうに笑ったスターレットの蒼銀の髪が、金色の太陽の切っ先に照らし出されて、まるで明け方の明星のように煌いた。


 リーヤから少しばかり遅れて賢者の丘を昇って来た、の森の美しき守り手レダ・アイリアスが、見慣れぬその雅な青年の姿に気付き、ふと不思議そうな顔つきする。
 彼女はゆっくりとした歩調で、漆黒の長い黒髪を風に遊ばせる白銀の守り手シルバ・ガイの傍らに身を寄せると、怪訝そうな声色で思わず聞くのだった。

「シルバ、あの人は・・・・・?」

 なにやら愉快そうに、しかし、どこか感慨深気にリタ・メタリカの姫とロータスのの再会を眺めていたシルバが、その深き地中に眠る澄んだ紫水晶の右目で、レダの甘い色香の漂う秀麗な顔を顧みた。
 彼女の綺麗な額に刻まれた青き華の紋章の上で、藍に輝く艶やかな黒髪が跳ね上がる。

「ロータスの大魔法使いスターレット、俺とジェスターの古い友だ」

 そう答えたシルバの、艶のある低い声が風に舞った。

「あれが・・・・ロータスの?随分と若い・・・・」

 そんなレダの言葉に、実に愉快そうな口調で答えたのは、シルバではなく、アーシェ一族の魔法剣士ジェスターであった。

「大魔法使いに歳は関係ないからな」

 レダの鮮やかな紅の瞳が、ふと、ジェスターの端正で凛々しい横顔を見る。
 唇だけでなにやら不敵に微笑してみせると、ジェスターは、朱の衣の長い裾を翻し、ゆっくりと背鞘を負った広い背中を彼女に向けたのだった。

 彼はそのまま、賢者の丘を下るように足を進めて行く。

「おい、ジェスター、どこへ行く?」

 シルバが、実に怪訝そうな声色でそう問いかけるが、彼は、立ち止まる事無く、後ろ手にひらひらと掌を振っただけであった。
 しかし、その次の瞬間。

「今、何と言いましたスターレット!!?それで貴方は、お父様に何と答えました!?」

 突然、吹き付ける風の最中に、激怒するリーヤティアの声が響き渡ったのである。
 その声にびくりと肩を震わせて、レダは、藍に輝く艶やかな黒髪の下で鮮やかな紅の瞳をきょとんと丸くすると、思わず、ロータスのとリタ・メタリカの姫君の方をまじまじと見てしまった。

 その突然の出来事に驚いたのは、何もレダばかりではない。
 白銀の守り手シルバと、そして、賢者の丘を降りようとしていたジェスターもまた、思わず、驚いたようにそちらを振り返る。

 すると・・・・

 先程まで実に嬉々としていた表情が一転し、いつにも増して怖い顔つきをするリーヤが、鋭く細めた紺碧色の瞳で真っ直ぐに、ロータスの雅なの秀麗な顔を睨むように見ていたのだった。

 それを目にした一同が、半ば唖然として、そんな彼等の様子を伺ってしまう。
 その視線に気付いているのかいないのか、尚も激しい表情で、リーヤは、スターレットに向かって言い放つのだった。

「答えなさい!スターレット!!」

 激昂するリーヤを目の前にして、スターレットは、冷静だが、どこ切な気な表情をしたまま、静かな口調で答えたのである。

「・・・・陛下の御意のままにと・・・・お答えいたしました」

「お父様の御意のままにですって・・・・っ?
それは、あくまでもお父様の意思であって、貴方の意思でないと、そう受け取っていいのですね!?」

 綺麗な眉を殊更厳しく吊り上げて、リーヤは、凛と立つ花のような強い眼差しで、尚も、スターレットの雅で秀麗な顔を睨むように見ている。

 太陽が放つの光の切っ先を散す風が、一際高い音を上げ、スターレットの蒼銀の髪と羽織られた蒼きローブの裾を激しく乱舞させた。

 リーヤの言葉に、何をも答えることが出来ずに、スターレットは、困り果てたような、どこか切ないようなそんな複雑な表情をして押し黙った。

 これほどまでにリーヤが激怒した理由・・・

 それは、先日、スターレットが、リーヤの父王であリタ・メタリカ国王ダファエル三世から申し渡された『婚約』のことに端を発していたのであった。

 確かに、リーヤとてこの雅なロータスのが嫌いな訳ではない、むしろ、愛しいと言っても過言でないほど慕っているのは事実。

 だが、当の本人同士の意思も確認せずに、一方的にそれを押し付けた父のやり口が気に入らぬのだ。
 それよりなにより、そこでこのスターレットが、『姫を愛しているが故、謹んでお請けいたします』と答えたのならまだしも、彼は『陛下の御意のままに』と答えた。

 リーヤティアとて知っているのだ。
 ロータスの一族がリタ・メタリカの王家に忠実で、王に対して一切逆らうことなどしないことを・・・・
 つまり、婚約は彼の望んだ意思ではない。

 そこに彼の意思がなければ、例え結婚したところで、それはお互いの不幸でしかないはずだ。
 片方に好意があったとしても、片方にとっては主君である王の命令・・・・それがどんなに虚しく悲しい結婚であるか。

 リーヤは気強くわがままな姫だが、その反面、聡明で人の心にも敏感な姫でもある。
 そんなことが理解できないほど愚鈍ではない。

 当人達の意思も確認せずに、一方的な命令で結婚させられ、ましてやそれがこの雅なの青年の意思でないのならば、女性としての誇りが許さない。
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