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第一節 暗黒の翼 黒炎の刃14

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 地獄から響くような声を上げて、黒き三つ首の竜の巨体が苦悶に捩られた。
 咄嗟に開いた黒い爪が、のたうつ痛みにまかせてレダの体を虚空へと放り投げる。
 藍に輝く艶やかな黒髪が乱舞して、してやったりと笑う彼女のしなやかな肢体は、鮮血の花弁を飛び散らせがら、急激に地面へと落下していく。

 竜の爪が食い込んだ傷の痛みで、体制が立て直せない。
 このまま地面に叩きつけられれば、流石の彼女とてただでは済まないだろう。

 その時、死をも覚悟した彼女の淀んだ聴覚に、どこからともなく、けたたましい馬蹄の音が急速に近づいてきたのだった。

 疾走する騎馬の馬上から、機敏な身のこなしで飛び降りる一人の青年の姿・・・。
 純白のマントを翻し、に差し伸ばされた大きな両腕が、鮮血を飛び散らせ落下してくる彼女の体を、今、しっかりと抱きとめる。
 薄れいく意識の中で、おぼろげに霞む彼女の紅の瞳には、仇と憎んだあの青年の深き地中に眠る紫水晶のような澄んだ右目が映りこんでいた。

 緑に萌える草原に、泣き叫ぶような風の精霊の声が響き渡る。
慌てふためきながら駆け込んできたウィルタールの眼前に、意識を離したレダを抱きかかえるようにして立つ、長身の青年。
 紫炎の刃のように鋭く輝くその隻眼が、ゆっくりと、傍らで息を上げながら立ち止まった、ウィルタールの今にも泣き出しそうな顔を見た。

 吹きすさぶ風に棚引く純白のマントと、艶やかな漆黒の長い髪。
 広い額に飾られている、見事な竜の彫り物が施された白銀の二重サークレットと、腰に履かれた神々しく美しい白銀の剣。

 それは他でもない、白銀の守護騎士と呼ばれる白銀の森の守り手、魔法剣士シルバ・ガイであったのだ。
 彼の精悍で端正な顔は、いつにも増して冷静で沈着であるが、その澄み渡る紫水晶の右目に宿る刃のような鋭利な輝きは、彼の身の内に沸きあがってくる激しい怒りの現れなのであろう。

「シルバ様!!」

 ウィルタールは、その未熟さゆえ、どうしていいのかわからぬまま、思わず、彼の名を呼んだ。
 凛々しい唇に鋭い笑みを刻むと、シルバは、抱きかかえたレダの体を静かにウィルタールの腕に渡したのである。

「下がれ・・・・・・ウィルタール」

「シルバ様・・・っ!?」

「レダを頼む」

 そう言うなり、腰の鞘から眩いばかりに輝く聖剣を抜き払うと、シルバは、その紫水晶の瞳の中に静かな、しかし、激しい怒りをふつふつと湧き上がらせながら、三つの首を持つ暗黒の竜を真っ直ぐに睨み据えたのだった。

 その眼前で、今、黒き三つ首の巨大な竜が長い首をもたげる。
 リュ―インダイルに片方の翼をもがれ、もう天空には飛び立てぬはず。
 シルバの利き手に握られた美しい白銀の刀身から、揺らめく触手のように伸びあがる銀色のオーラが、その肢体を静かに包み込んでいった。

 青珠の守り手達すら深手を負わされた、あの黒き三つ首の竜を、彼は、これから、たった一人で倒そうというのだろう。
 その広い肩に羽織られた純白のマントが、戦旗の如く揺れながら、吹き付ける疾風に棚引いている。
 炎のように揺らめく白銀の輝きが、大きく彼の肢体で伸び上がった。

 固唾を飲んで見守るウィルタールの青き瞳の中に映るその姿は、どこか神々しくもあり、彼の内にある強靭な精神力をまざまざと見せ付けているようであった。
 ウィルタールは、そんな彼の姿を見やってから、意識を離してしまったレダにその視線を移し、その片手を彼女の脇腹の傷に押し当てたのである。
 まだ未熟で何も出来ない自分でも、彼女の負った傷を僅かばかり癒すことぐらいならできるはず・・・・
 精一杯の術を込めて、彼の掌から湧き上がる緑色の柔らかな輝きが、レダの深い傷の出血を緩やかに止めていったのである。

 一際大きなを上げて、黒き竜の長い三つの首が、その口の中に破滅の爆炎を溜め込みはじめる。
 爛と強く紫の瞳を鋭く細め、シルバは、ゆっくりと竜の元へと歩きながら、ジェン・ドラグナを片手に構えたのだった。
 その広い胸に、聖剣と呼ばれるジェン・ドラグナを持つ者だけが纏うことの出来る、銀竜の鱗で作られた白銀の鎧が閃光と共に現れる。

例え、竜狩人とて、そう幾度もその強力な呪文も紡げる訳ではない・・・・
決めるなら・・・・ただ一度。
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