君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【20、終始】

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 心の痛みなんて、そうそうペラペラ人に話すようなもんじゃない。
 余りにも傷が深すぎて、痛みに喘いでのたうちまわっても、そんなもん、顔に出すようなもんでもないし、痛みが少し引かなければ、そんな妬け付く思いを口になんかできない。

あれから、1ヶ月程過ぎた。


「いっくん!辞めちゃうってほんと!?」

 バイト先でグラスを拭いてた俺のところに、出勤したばかりのミキが駆け込んでくる。

「うん、まぁな」
 
「なんで!?」

「なんでって…他の仕事するから」

 俺はそっけなくそう答えて、しれっとグラスを拭き続けた。

 「え~!いっくん辞めちゃうの寂しいな!
ねぇねぇ!今度、ライブ見に行っていい?」

「ああ……いいよ」

「やった!」

 ミキは大袈裟に喜んで、俺の隣でグラスを拭きはじめる。

 それは、年末年始の繁忙を過ぎた1月の末。
 
 ミキは相変わらずベタついてくるが、そのうざさにも慣れた。
 
「そう言えばさ、里佳子さん、全然こなくなっちゃったね」

 何気ないミキの言葉に、一瞬どきっとするが、俺は知らん顔で答えた。

「そだな」

「ねぇねぇ…いっくんさ」

「うん?」

「ほんとに里佳子さんと何もなかったの?」

「なかったよ」

「ふ~ん…」

 何かを勘ぐっているミキの視線を、俺はガン無視した。

 いつも彼女が座っていた席には、全然知らないおばさん二人組が座っている。

 彼女が、俺の元からいなくなっても、世の中は、何も変わらず動き続け、俺の生活も、とくに変わることもなかった。

 何もかも変わらない代わりに、心に空いた風穴は未だに生傷で、だらだらと血を流したまま。
 たまに疼く痛みと、妬け付く思いに倒れそうになることがある。
 だけど、そんな痛みに耐えてることなんか、自分以外誰に知らせる必要もないし、誰に教える必要もない。

 ふと、彼女が見ていた窓の外を見る。
 彼女はいつも、あの席で何を思って、何を見ていたんだろう…

 冬の夕暮れ。
 乾いた空の色がインディゴに変わる。
 
 空の色が変わるように、やがて気持ちも変わる。

 だから今は、この痛みを抱えていればいい。
 その痛みは、短い時間の間でも、熱情のまま真剣に彼女を愛した傷跡だから。
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