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【16、謝罪】
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その日の夜、それはちょうどバイトが終わった頃だった。
なんとなく気疲れして、ため息をつきながら車に乗り込んだ時、突然、スマホが鳴った。
電話だ。
ディスプレイを見て、なんだかついドキッとする。
それは、里佳子さんからの着信だった。
なんとなく、少し間置いて電話に出てみる。
スマホの向こうで、少し遠慮がちに彼女は言った。
『 電話、もう出てくれないかと思った…』
「いや……」
『 あのね、 ごめん、今からちょっと時間あるかな?』
その言葉に俺は、少しためらってから、数秒の間を置いて答えた。
「あるよ…」
『 会いに行っていい?』
「………いいよ」
『じゃあ、 すぐ行くね。今、バイト先?』
「うん…… 店の近くにさ、公園あるじゃん?そこの駐車場で、待ってるよ」
『 … 行くから少し待ってて』
「わかった」
その電話を切って、俺はすぐに公園の駐車場に車を停めた
なんだか、胸の奥が痛かった。
電話口で、やけに遠慮がちに喋っていた彼女の声が、頭の中でぐるぐる回る。
いつもは、もう少し楽しそうに喋るのに、今日はやけにトーンが低かった。
夕方、店に来た時の、あの思いつめたような表情が気になっていた。
そして、ミキと話した後、急に表情が曇ったことも…
秋が終わる頃だ 、車の窓の外は、思った以上に気温が低い。
その日は、朝になったら霜でも降るんじゃないかっていうぐらい、夜の冷え込みが厳しかった。
フロントガラスの向こうに、ヘッドライトが見えた。
それが、彼女が車であることはすぐに分かった。
彼女は、俺の車の隣に車を止めて、ドアを開けて降りてくる。
こんな冷え込む夜なのに、薄手のカーディガンを部屋着のワンピースに羽織っただけの姿だった。
しかも、風呂上がりだったのか髪も濡れている。
彼女は、運転席の方に来て窓を叩いた。
パワーウィンドウを下げると、寒さに少し震えながらこう言った。
「私、車の外でいいから…少し話そ?」
「何言ってんの? 今日はめちゃくちゃ寒いじゃん、隣乗れよ」
「私、隣、乗っていいの?」
「当たり前だろ…何言ってんの?
風邪引くよ、マジで?」
「…ありがとう」
やけに緊張した面持ちの彼女だったが、その時初めて、少し笑った。
助手席に滑り込んできた彼女は、案の定寒さに震えていた。
小刻みに細い肩が揺れている。
「なんでそんなカッコで来たの?
絶対寒いよな…それ」
「外、こんなに寒いとは思わなかったの…それに、急いで来たから…」
そう言って、ふと、うつむき加減になって、爪先を見つめた。
俺は黙ったまま、ハンドルに凭れてフロントガラスの向こうを見る。
「何から話そうか…?
樹くんに会うの久しぶりな気がして、なんか緊張する…
あ!そう言えば、髪の色、黒くしたんだね?
それも似合うよ!」
彼女はそう言って笑うと、俺の顔を覗き込む。
俺は、そんな彼女に対して、つい冷たい口調でこう言ってしまった。
「………話したいことって、それ?」
「違う……ごめん……」
「いや、大丈夫…」
なんでこんなにこじれてるのか、俺自身も不思議だった。
だから感情的になるのは嫌なんだと、今更自分自身でそう思っても仕方がない。
何から話せば、お互いにこじれた感情を、もとに戻せるだろう…
「里佳子さんとこうなって、一週間ずっと会わないとか、なかったよな…ここんとこずっと」
「そうだね………あたし…」
「うん」
「寂しかったよ……」
「………」
「あのね……」
「うん」
「先週、ファミレスで会ったじゃない?信ちゃんがいたときに…」
「うん…」
「ミキちゃんと樹くんがいるのわかってさ…
でも、なんか、二人とも楽しそうで……
あたし………」
「……うん」
「ヤキモチ妬いたの、あの日……」
「…………っ!?」
なんだか意外な言葉が来て、ハンドルに凭れてた俺は、思わず里佳子さんの顔を振り返ってしまった。
里佳子さんは、うつむき加減のまま言葉を続けた。
「あたしは、こんな立場だし…
樹くんに、こーしないであーしないでって、言えないなって……
あたし、自分でヤキモチなんか妬くタイプじゃないと思ってたから……
どうしたらいいのか、わからなくなっちゃって……
そしたら、今日、ミキちゃんに牽制されてしまって、ますますどうしたらいいか、わからなくなっちゃった」
そう言って、里佳子さんは切なそうに困ったように笑った。
彼女が、大人の女だったから、多分こういうクールな反応だったんだと思う。
「ミキに牽制されたって…なにを?」
「言ったじゃない、女って怖いんだよって?
ミキちゃんが樹くんのこと気に入ってたの、私は知ってたよ
だからあの子、あたしと樹くんが、こんな風になってるの薄々感じてたんだよ、きっと…
あの子、あの日、樹くんのとこ泊まったんでしょ?
そう、言ってたよ……」
「あぁ………うん、まぁ……」
「でもねあたし、どんなにヤキモチ妬いてもね…
もうそんなことやめてって、樹くんに言えない…
だって…」
そこまで言って、里佳子さんは、泣くのを堪えるように声を詰めた。
俺は思わず、ハッとする。
「里佳子さん……?」
「だってあの日は、あたしも同じことしてたもん…っ
信ちゃんのことは拒否できない。
でも、ずっと樹くんと比べてた自分が嫌だった…っ
あの日、樹くんがミキちゃんとそんなことしてたとしても、あたし、樹くんを責めることなんかできない…っ」
泣くのを堪えながらそう言った彼女の体が、小さく震えていた。
彼女のその言葉は、痛みとなって俺の心を締め付ける。
誰かを傷つけたら、その分、その痛みは自分に返ってくる。
そのことを、彼女と関わることで俺は初めて知ったのかもしれない。
結局、お互いに同じことを考えてた。
つまり、そういうことだった。
俺は、思わず「ごめん………」と言った。
もう、これしか言葉が見つからなかった。
里佳子さんは、今にも泣きそうな顔でゆっくりと俺の顔を見る。
俺は、片手でそんな彼女の肩を抱き寄せた。
彼女は、思い切り俺に抱きついてくると、堪えきれなくなったのか、声を殺して泣いていた。
なんとなく気疲れして、ため息をつきながら車に乗り込んだ時、突然、スマホが鳴った。
電話だ。
ディスプレイを見て、なんだかついドキッとする。
それは、里佳子さんからの着信だった。
なんとなく、少し間置いて電話に出てみる。
スマホの向こうで、少し遠慮がちに彼女は言った。
『 電話、もう出てくれないかと思った…』
「いや……」
『 あのね、 ごめん、今からちょっと時間あるかな?』
その言葉に俺は、少しためらってから、数秒の間を置いて答えた。
「あるよ…」
『 会いに行っていい?』
「………いいよ」
『じゃあ、 すぐ行くね。今、バイト先?』
「うん…… 店の近くにさ、公園あるじゃん?そこの駐車場で、待ってるよ」
『 … 行くから少し待ってて』
「わかった」
その電話を切って、俺はすぐに公園の駐車場に車を停めた
なんだか、胸の奥が痛かった。
電話口で、やけに遠慮がちに喋っていた彼女の声が、頭の中でぐるぐる回る。
いつもは、もう少し楽しそうに喋るのに、今日はやけにトーンが低かった。
夕方、店に来た時の、あの思いつめたような表情が気になっていた。
そして、ミキと話した後、急に表情が曇ったことも…
秋が終わる頃だ 、車の窓の外は、思った以上に気温が低い。
その日は、朝になったら霜でも降るんじゃないかっていうぐらい、夜の冷え込みが厳しかった。
フロントガラスの向こうに、ヘッドライトが見えた。
それが、彼女が車であることはすぐに分かった。
彼女は、俺の車の隣に車を止めて、ドアを開けて降りてくる。
こんな冷え込む夜なのに、薄手のカーディガンを部屋着のワンピースに羽織っただけの姿だった。
しかも、風呂上がりだったのか髪も濡れている。
彼女は、運転席の方に来て窓を叩いた。
パワーウィンドウを下げると、寒さに少し震えながらこう言った。
「私、車の外でいいから…少し話そ?」
「何言ってんの? 今日はめちゃくちゃ寒いじゃん、隣乗れよ」
「私、隣、乗っていいの?」
「当たり前だろ…何言ってんの?
風邪引くよ、マジで?」
「…ありがとう」
やけに緊張した面持ちの彼女だったが、その時初めて、少し笑った。
助手席に滑り込んできた彼女は、案の定寒さに震えていた。
小刻みに細い肩が揺れている。
「なんでそんなカッコで来たの?
絶対寒いよな…それ」
「外、こんなに寒いとは思わなかったの…それに、急いで来たから…」
そう言って、ふと、うつむき加減になって、爪先を見つめた。
俺は黙ったまま、ハンドルに凭れてフロントガラスの向こうを見る。
「何から話そうか…?
樹くんに会うの久しぶりな気がして、なんか緊張する…
あ!そう言えば、髪の色、黒くしたんだね?
それも似合うよ!」
彼女はそう言って笑うと、俺の顔を覗き込む。
俺は、そんな彼女に対して、つい冷たい口調でこう言ってしまった。
「………話したいことって、それ?」
「違う……ごめん……」
「いや、大丈夫…」
なんでこんなにこじれてるのか、俺自身も不思議だった。
だから感情的になるのは嫌なんだと、今更自分自身でそう思っても仕方がない。
何から話せば、お互いにこじれた感情を、もとに戻せるだろう…
「里佳子さんとこうなって、一週間ずっと会わないとか、なかったよな…ここんとこずっと」
「そうだね………あたし…」
「うん」
「寂しかったよ……」
「………」
「あのね……」
「うん」
「先週、ファミレスで会ったじゃない?信ちゃんがいたときに…」
「うん…」
「ミキちゃんと樹くんがいるのわかってさ…
でも、なんか、二人とも楽しそうで……
あたし………」
「……うん」
「ヤキモチ妬いたの、あの日……」
「…………っ!?」
なんだか意外な言葉が来て、ハンドルに凭れてた俺は、思わず里佳子さんの顔を振り返ってしまった。
里佳子さんは、うつむき加減のまま言葉を続けた。
「あたしは、こんな立場だし…
樹くんに、こーしないであーしないでって、言えないなって……
あたし、自分でヤキモチなんか妬くタイプじゃないと思ってたから……
どうしたらいいのか、わからなくなっちゃって……
そしたら、今日、ミキちゃんに牽制されてしまって、ますますどうしたらいいか、わからなくなっちゃった」
そう言って、里佳子さんは切なそうに困ったように笑った。
彼女が、大人の女だったから、多分こういうクールな反応だったんだと思う。
「ミキに牽制されたって…なにを?」
「言ったじゃない、女って怖いんだよって?
ミキちゃんが樹くんのこと気に入ってたの、私は知ってたよ
だからあの子、あたしと樹くんが、こんな風になってるの薄々感じてたんだよ、きっと…
あの子、あの日、樹くんのとこ泊まったんでしょ?
そう、言ってたよ……」
「あぁ………うん、まぁ……」
「でもねあたし、どんなにヤキモチ妬いてもね…
もうそんなことやめてって、樹くんに言えない…
だって…」
そこまで言って、里佳子さんは、泣くのを堪えるように声を詰めた。
俺は思わず、ハッとする。
「里佳子さん……?」
「だってあの日は、あたしも同じことしてたもん…っ
信ちゃんのことは拒否できない。
でも、ずっと樹くんと比べてた自分が嫌だった…っ
あの日、樹くんがミキちゃんとそんなことしてたとしても、あたし、樹くんを責めることなんかできない…っ」
泣くのを堪えながらそう言った彼女の体が、小さく震えていた。
彼女のその言葉は、痛みとなって俺の心を締め付ける。
誰かを傷つけたら、その分、その痛みは自分に返ってくる。
そのことを、彼女と関わることで俺は初めて知ったのかもしれない。
結局、お互いに同じことを考えてた。
つまり、そういうことだった。
俺は、思わず「ごめん………」と言った。
もう、これしか言葉が見つからなかった。
里佳子さんは、今にも泣きそうな顔でゆっくりと俺の顔を見る。
俺は、片手でそんな彼女の肩を抱き寄せた。
彼女は、思い切り俺に抱きついてくると、堪えきれなくなったのか、声を殺して泣いていた。
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