君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【13、愛執】

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 灯りの消えた部屋。
 カーテンの隙間には満月が見え隠れしていた。
 
 エアコンの音と彼女の甘い声が、水槽のような寝室に響く。
 お互いの吐息が、部屋に充満する。
 その日の彼女は、いつも以上に艶かしく、そして、やけに淫らだった。

「ねっ……あたしにも、させて……
あたしばっかり、こんな…
樹くんも、気持ちよくしてあげたいから…」

 彼女は酒に酔ったような表情をして、俺の胸に頬を埋めた。
 そこから、舌の先で筋肉の筋をなぞりながら、彼女の唇が下へと降りていく。
 たどり着いたその先で、彼女の唇と舌の感触が、電気のように腹から背中を抜けて、俺の脳天を揺らした。
 この感覚は、今まで感じたことのないような快感で、こういう風に上手にされたことが、少なくともその時まではなかったから、尋常じゃない痺れが頭にまわった。

 「ちょ…なんで、そんなに…っ
上手いの…?」
 
 息と一緒に吐き出したその言葉に、彼女はちらりと上目遣いで俺の顔を見て、何も言わずにそれを続けた。
 
 ほんとに、どれだけの毒で俺を侵食すればこの人は気が済むのか…
 彼女の柔らかな舌が包みこむように舐めて、唇は吸い上げるようにまとわりつく。
 頭がくらくらしてきた。
 変な声が出そうだ…‥
 このまま続けられるとヤバそうだったから、俺は彼女の唇を無理やり引き離した。

 「あ…っ」

 彼女は驚いたようにこちらを見る。
 その唇が、やけに色っぽい。

「それ以上されたら…ヤバいから」

「え?」

 彼女の体を引き寄せて、ぎゅっとその白い肌を抱き締める。
 彼女も、俺の背中に両腕を回してぎゅっと抱き締め返してきた。

「樹くん…」

「里佳子さんが…好きだ」

「ん……知ってる…」

 切なく甘い響きを持つ声で、そう答えた彼女を自分の腿に座らせて、俺はそのまま、彼女を抱いた。

「あ…っ」と声にならない声を上げて、彼女は俺の首に抱きついてくる。

 「こんなの…っ、ひどい…っ」

 乱れたように、その細い腰が揺れ動く。
 前よりも甘さを増した声。
 目の前で、白い肌を高揚させ、恍惚の表情をする彼女の姿が、ますます俺の心を猛毒のように侵していく。
 
 こうして彼女を抱くと、不思議と、妬け付く心の痛みが消えるような気がした。
 彼女を抱いてる間、多分彼女は俺のことしか考えないはずだから、この間だけは、彼女は俺だけのものになる。

 だから…

 「好きだ……里佳子…っ」

 ほんとに無意識に、俺は思わず、そう言った。
  彼女は、乱れたまま、ぎゅっと俺の首に抱きついて、か細く小さな声で何かを言った。

 「あたしも、好きなの…っ」

 と、俺には確かにそう聞こえた。

 彼女の体をベッドの上に倒して、彼女の体の深い場所まで挿す。
 びくんと体を震わせて、彼女は、細い体を揺らめかせた。
 甘く艶かしいその声が、耳の奥に巡って反響する。

「樹くん…
あたしで、気持ち良くなって…っ
いっぱい、気持ち良くなって……っ
気持ちよくしてあげたいの…っ
樹くん…っ、樹くん…っ」
 
 恍惚とした彼女の甘い声が、呆然とした俺の耳元でそう囁いた。 
 脳ミソが、高揚感で振動する。

「奥まで…犯していい…?」

「犯して…っ、あたしを犯して…っ、樹くんになら…そうされたいのっ」

 水の底まで溺れていくようなこの感覚。
 本能で感じるこの危機感。
 どうして彼女だったのか、どうして彼女にとって俺だったのか。
 そんなこと、考えたって答えはでない。

 「樹くんっ…あたしっ…もぉ、もぉ!」

「俺も…イキ…そう…っ」

 その時は、この最後の瞬間を、彼女と共有することが俺にとっての幸福であり、最大の快楽で快感だった。

 「…っぁ!」と、思わず変な声が出た。

 ほんのり赤く染まる彼女の肌に倒れこんで、俺は、荒くなった息を整える。
 そんな俺の髪を、彼女の細い指が撫でた。

「ん…今日も汗びっしょりだね…?」

「うん……」

「……なんか、ごめん、変なこと言って…」

「変なこと?」

 そう聞き返すと、彼女は、少し照れたような表情で、俺の頬に頬を押し付けてきた。

「でも、ほんとに樹くんを、気持ち良くしてあげたかったの…
気持ちよくしてくれるから…
あたしのこと…」

「……」

「怒らないでね…
 ほんと、信ちゃんて淡泊だから、こんな風じゃないの
 樹くんみたいに、あたしに触ってからする訳じゃないし、口でしてって言われてそのまま終わっちゃうこともよくあったし。
 でも、それが普通だと思ってたから、特に気にならなかったんだけど…
なんか、だんだんそういうのも面倒くさくなっちゃって…
 さっさと終わらせたくて、研究したんだ。
 でも、樹くんとはそう思わないの…
 だから、つい、あんなこと言っちゃた…」

 なるほど。
 上手かったのはそう言う理由かと、変な感心の仕方をしたが、内心少し複雑だった。
 だが、さっきのような火のような怒りは沸いてこない。
 思い切り、彼女を抱いた後だったからかもしれない。

 俺は彼女の体を抱き寄せた。
 彼女は甘えるように、その頬を肩に押し付けてくる。

「ああ言われて…むしろ興奮したんで、問題なし」

「ふふふ、それはよかったです…
ね、樹くん?」

「ん?」

「今夜は……帰らないで」

「え?」

「泊まって…いって…
離れたくないの……」

「…………」

 返事の代わりに、俺は彼女の額にキスをした。

 彼女が愛しくてたまらなかった。
 だが、逆にそれが変な不安感にもなった。
  
 彼女は俺の恋人じゃない。

 彼女には、10年付き合っている彼氏がいる。
 彼女の中で、今、どっちの比重が重いのか、俺にはわからない。
 だけど、少なくとも今、彼女の傍にいて、彼女を抱くのは俺だから…
 
 彼女の肩越しに見た窓。
 そのカーテンの隙間には、薄曇りに揺れる満月。
 
 この先も、きっとこのままでいられる…
 きっと…

 その時の俺は、そう思っていた。
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