君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【5、動揺】

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 ライブの当日。
 彼女は本当に会場に現れた。
 この辺りでは老舗のMusicBarで、フルバンドも入れるスペースがある、その日会場。
  Barカウンターの隅の方に座り、彼女は、ステージに向かって小さく手を振っていた。
 暗い照明の下。
 彼女は相変わらず化粧っ気がなかったが、その日は珍しく、彼女の唇に赤い口紅が添えられていた。

 5組の対バン、出番は次。
 基本的には、バイクで事故って出れなくなったそのバンドのVoの代役だ。
 ギリギリになって覚えさせられた、そこのバンドのオリジナル曲。
 歌詞が好みじゃないが、頼まれたからには歌うしかない。
 どうせなら自分の曲を歌いたかったが、そうも言ってられない。
 どんな曲でも歌いこなすってのが、ポリシーだから…
 持ち時間20分で4曲。
 MC軽く挟んで歌い切った時、カウンター席に座っていた彼女は、女子高生みたいに目をキラキラさせてこちらを見つめていた。

        *
 ライブ後。
 人通りもまばらな歩道を、駐車場に向かっ歩きながら、少し高くなった声で彼女は言った。

「菅谷くんて、ほんとはカッコよかったんだね!?」 

「ほんとは……って……
あの、すいません、それ褒めてんすか?けなしてんすか?」

 思わずムッとして無愛想にそう答えると、彼女は何故か可笑しそうに笑って、キラキラした目で俺を見る。

「違う違う!そういう意味じゃなくて!男か女かわかんないような見た目だから、なんか可愛い印象だったんだけど…
歌ってると可愛いがカッコ良いになるんだなって」

「……それ、褒められてるように聞こえないんすが…」

「えー!すっごい褒めてるよ!
バイトしてる時の顔と、歌ってる時の顔全然違うし…ほんとに歌好きなんだね」

 「ほんとは…歌って食っていけるのが理想なんだけど、世の中に歌が上手い奴なんて腐るほどいるし…
俺の歌、ちゃんと聞いてくれるヤツがどれぐらいいんのか、わかんないから…」

 卑屈になってそう答えると、彼女はいきなり俺の目の前に飛び出してきて、やけに真面目な顔つきをして立ち止まる。
 ツケマどころか、アイラインもマスカラもつけていない裸の目で、彼女は、驚くほど真っ直ぐに俺の目を見つめすえた。

「あたし、音楽ぎょーかいの事とか全然知らないし、菅谷くんが歌で稼いでいけるとも、いけないとも言えないけど。
あたしは菅谷くんの歌『イイっ!』って思った。
ちゃんと聞いてくれない人もいるかもしれないけど、あたしみたいに、ちゃんと聞いて感動する人間もいる。
それ、わかってる?」

 その言葉は、思いの他強い言葉で、俺の胸に詰まっていたコンプレックスや卑屈さを、一瞬でガツンと揺らすだけの力があった。

「………。」

 俺は、言葉を失ってまじまじと彼女の顔を見つめてしまう。
 彼女はそんな俺に容赦することなく言うのだった。
 
 「評価なんか、1つじゃないじゃない?
誰かが『良くない』って言っても、他の誰かは『良い!』って言ってくれるかもしれない、わかる?」

「……な、なんとなく」

「あたしは、菅谷くんより7年は長く生きてる。
 7年分の経験値を舐めたらいけない、お姉さんの言うことは信用すること。
だから、菅谷くんの歌は『イイ』!」

「……………あ、ありがとう」

 鳩が豆鉄砲云々って言葉があるけれど、多分、この時の心境がまさにそれだったと思う。

 この人は、もしかすると、しみじみ人間を観察して、見事に分析する能力がある人なのかもしれない…

 彼女はうふふと笑って、何故か急に俺の頭を撫でてきた。
 一瞬驚く。
 だが不思議と嫌じゃない。
 微妙に照れた。
 でもそれは、表に出さない。
 だから、こう言った。

「俺は犬かよ…っ!」

「犬っていうより猫っぽいよね。
あ…お姉さんじゃなくてばばあだろ?とか思ったでしょ!?」

「思ってないよ」

「その不満そうな顔は絶対思ったよ!」

「思ってないって!」

「ほんと?!」

「ほんとだよ…」

「よし!満足した!」

「は??」

 さすが、あの変わり者店長と付き合ってるだけはある…
 俺も変わってるって言われるけど、この人も相当変わってる…
 だけど、こういう人を、俺は嫌いじゃなかった。

 歩道の街灯の下で、彼女はくったくなく微笑わらう。
 彼女の唇に塗られた赤い口紅が、妙に印象に残った。
 そんな夜だった。








  



 


 
 
 
 
 
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