6 / 22
【5、動揺】
しおりを挟む
ライブの当日。
彼女は本当に会場に現れた。
この辺りでは老舗のMusicBarで、フルバンドも入れるスペースがある、その日会場。
Barカウンターの隅の方に座り、彼女は、ステージに向かって小さく手を振っていた。
暗い照明の下。
彼女は相変わらず化粧っ気がなかったが、その日は珍しく、彼女の唇に赤い口紅が添えられていた。
5組の対バン、出番は次。
基本的には、バイクで事故って出れなくなったそのバンドのVoの代役だ。
ギリギリになって覚えさせられた、そこのバンドのオリジナル曲。
歌詞が好みじゃないが、頼まれたからには歌うしかない。
どうせなら自分の曲を歌いたかったが、そうも言ってられない。
どんな曲でも歌いこなすってのが、ポリシーだから…
持ち時間20分で4曲。
MC軽く挟んで歌い切った時、カウンター席に座っていた彼女は、女子高生みたいに目をキラキラさせてこちらを見つめていた。
*
ライブ後。
人通りもまばらな歩道を、駐車場に向かっ歩きながら、少し高くなった声で彼女は言った。
「菅谷くんて、ほんとはカッコよかったんだね!?」
「ほんとは……って……
あの、すいません、それ褒めてんすか?けなしてんすか?」
思わずムッとして無愛想にそう答えると、彼女は何故か可笑しそうに笑って、キラキラした目で俺を見る。
「違う違う!そういう意味じゃなくて!男か女かわかんないような見た目だから、なんか可愛い印象だったんだけど…
歌ってると可愛いがカッコ良いになるんだなって」
「……それ、褒められてるように聞こえないんすが…」
「えー!すっごい褒めてるよ!
バイトしてる時の顔と、歌ってる時の顔全然違うし…ほんとに歌好きなんだね」
「ほんとは…歌って食っていけるのが理想なんだけど、世の中に歌が上手い奴なんて腐るほどいるし…
俺の歌、ちゃんと聞いてくれるヤツがどれぐらいいんのか、わかんないから…」
卑屈になってそう答えると、彼女はいきなり俺の目の前に飛び出してきて、やけに真面目な顔つきをして立ち止まる。
ツケマどころか、アイラインもマスカラもつけていない裸の目で、彼女は、驚くほど真っ直ぐに俺の目を見つめすえた。
「あたし、音楽ぎょーかいの事とか全然知らないし、菅谷くんが歌で稼いでいけるとも、いけないとも言えないけど。
あたしは菅谷くんの歌『イイっ!』って思った。
ちゃんと聞いてくれない人もいるかもしれないけど、あたしみたいに、ちゃんと聞いて感動する人間もいる。
それ、わかってる?」
その言葉は、思いの他強い言葉で、俺の胸に詰まっていたコンプレックスや卑屈さを、一瞬でガツンと揺らすだけの力があった。
「………。」
俺は、言葉を失ってまじまじと彼女の顔を見つめてしまう。
彼女はそんな俺に容赦することなく言うのだった。
「評価なんか、1つじゃないじゃない?
誰かが『良くない』って言っても、他の誰かは『良い!』って言ってくれるかもしれない、わかる?」
「……な、なんとなく」
「あたしは、菅谷くんより7年は長く生きてる。
7年分の経験値を舐めたらいけない、お姉さんの言うことは信用すること。
だから、菅谷くんの歌は『イイ』!」
「……………あ、ありがとう」
鳩が豆鉄砲云々って言葉があるけれど、多分、この時の心境がまさにそれだったと思う。
この人は、もしかすると、しみじみ人間を観察して、見事に分析する能力がある人なのかもしれない…
彼女はうふふと笑って、何故か急に俺の頭を撫でてきた。
一瞬驚く。
だが不思議と嫌じゃない。
微妙に照れた。
でもそれは、表に出さない。
だから、こう言った。
「俺は犬かよ…っ!」
「犬っていうより猫っぽいよね。
あ…お姉さんじゃなくてばばあだろ?とか思ったでしょ!?」
「思ってないよ」
「その不満そうな顔は絶対思ったよ!」
「思ってないって!」
「ほんと?!」
「ほんとだよ…」
「よし!満足した!」
「は??」
さすが、あの変わり者店長と付き合ってるだけはある…
俺も変わってるって言われるけど、この人も相当変わってる…
だけど、こういう人を、俺は嫌いじゃなかった。
歩道の街灯の下で、彼女はくったくなく微笑う。
彼女の唇に塗られた赤い口紅が、妙に印象に残った。
そんな夜だった。
彼女は本当に会場に現れた。
この辺りでは老舗のMusicBarで、フルバンドも入れるスペースがある、その日会場。
Barカウンターの隅の方に座り、彼女は、ステージに向かって小さく手を振っていた。
暗い照明の下。
彼女は相変わらず化粧っ気がなかったが、その日は珍しく、彼女の唇に赤い口紅が添えられていた。
5組の対バン、出番は次。
基本的には、バイクで事故って出れなくなったそのバンドのVoの代役だ。
ギリギリになって覚えさせられた、そこのバンドのオリジナル曲。
歌詞が好みじゃないが、頼まれたからには歌うしかない。
どうせなら自分の曲を歌いたかったが、そうも言ってられない。
どんな曲でも歌いこなすってのが、ポリシーだから…
持ち時間20分で4曲。
MC軽く挟んで歌い切った時、カウンター席に座っていた彼女は、女子高生みたいに目をキラキラさせてこちらを見つめていた。
*
ライブ後。
人通りもまばらな歩道を、駐車場に向かっ歩きながら、少し高くなった声で彼女は言った。
「菅谷くんて、ほんとはカッコよかったんだね!?」
「ほんとは……って……
あの、すいません、それ褒めてんすか?けなしてんすか?」
思わずムッとして無愛想にそう答えると、彼女は何故か可笑しそうに笑って、キラキラした目で俺を見る。
「違う違う!そういう意味じゃなくて!男か女かわかんないような見た目だから、なんか可愛い印象だったんだけど…
歌ってると可愛いがカッコ良いになるんだなって」
「……それ、褒められてるように聞こえないんすが…」
「えー!すっごい褒めてるよ!
バイトしてる時の顔と、歌ってる時の顔全然違うし…ほんとに歌好きなんだね」
「ほんとは…歌って食っていけるのが理想なんだけど、世の中に歌が上手い奴なんて腐るほどいるし…
俺の歌、ちゃんと聞いてくれるヤツがどれぐらいいんのか、わかんないから…」
卑屈になってそう答えると、彼女はいきなり俺の目の前に飛び出してきて、やけに真面目な顔つきをして立ち止まる。
ツケマどころか、アイラインもマスカラもつけていない裸の目で、彼女は、驚くほど真っ直ぐに俺の目を見つめすえた。
「あたし、音楽ぎょーかいの事とか全然知らないし、菅谷くんが歌で稼いでいけるとも、いけないとも言えないけど。
あたしは菅谷くんの歌『イイっ!』って思った。
ちゃんと聞いてくれない人もいるかもしれないけど、あたしみたいに、ちゃんと聞いて感動する人間もいる。
それ、わかってる?」
その言葉は、思いの他強い言葉で、俺の胸に詰まっていたコンプレックスや卑屈さを、一瞬でガツンと揺らすだけの力があった。
「………。」
俺は、言葉を失ってまじまじと彼女の顔を見つめてしまう。
彼女はそんな俺に容赦することなく言うのだった。
「評価なんか、1つじゃないじゃない?
誰かが『良くない』って言っても、他の誰かは『良い!』って言ってくれるかもしれない、わかる?」
「……な、なんとなく」
「あたしは、菅谷くんより7年は長く生きてる。
7年分の経験値を舐めたらいけない、お姉さんの言うことは信用すること。
だから、菅谷くんの歌は『イイ』!」
「……………あ、ありがとう」
鳩が豆鉄砲云々って言葉があるけれど、多分、この時の心境がまさにそれだったと思う。
この人は、もしかすると、しみじみ人間を観察して、見事に分析する能力がある人なのかもしれない…
彼女はうふふと笑って、何故か急に俺の頭を撫でてきた。
一瞬驚く。
だが不思議と嫌じゃない。
微妙に照れた。
でもそれは、表に出さない。
だから、こう言った。
「俺は犬かよ…っ!」
「犬っていうより猫っぽいよね。
あ…お姉さんじゃなくてばばあだろ?とか思ったでしょ!?」
「思ってないよ」
「その不満そうな顔は絶対思ったよ!」
「思ってないって!」
「ほんと?!」
「ほんとだよ…」
「よし!満足した!」
「は??」
さすが、あの変わり者店長と付き合ってるだけはある…
俺も変わってるって言われるけど、この人も相当変わってる…
だけど、こういう人を、俺は嫌いじゃなかった。
歩道の街灯の下で、彼女はくったくなく微笑う。
彼女の唇に塗られた赤い口紅が、妙に印象に残った。
そんな夜だった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる