君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

文字の大きさ
上 下
5 / 22

【4、高揚】

しおりを挟む
 夜半過ぎ。
 雨はすっかり上がっていた 

 結局俺は最初にミキを自宅まで送って、その後、 すっかり酔っ払って寝込んでしまった店長を引きずり、里佳子さんのマンションに行く羽目になった。

 休みの日以外、店長は、里佳子さんのマンションに転がり込んで、ほとんど同棲に近い生活を送っているらしい。
 なのに何故休みの日に自宅に帰るかって言うと…ネトゲをやりに帰るんだそうだ。

 店長の寝室代わりになってる、和室のドアを後ろ手に閉めて、里佳子さんは大きくため息をついた。

「 ほんと!お酒弱いくせに、こうやってがんがん飲んで、すぐ寝込んじゃうんだから!
いい迷惑だよね!」

「…じゃあ、俺は帰ります」

 俺がそう言うと、里佳子さんはきょとんとした顔でこちらを振り返った。

「 え??帰るの?」

「帰りますよ…」

 なんとなく居心地が悪くて、思わずそっぽを向いた俺の顔を、何故か彼女はしみじみと覗き込んでくる。

「 コーヒーぐらい飲んで行きなよ!
あんな重いもの運んでくれたんだし、すぐ淹れるから!」

「いや、でも…」

「気なんか使わなくていいんだよ?
もはや私と信ちゃん、10年も付き合って熟年夫婦みたいだし、もう2年もセックスレスだしね!」

 さらっとそんな事を口にして、里佳子さんは、うふふと笑った。
 彼女は何の気なしにそのセリフを言ったみたいだが、何故か俺がドキッとしてしまう。

 ていうか、ほんと唐突に訳のわからないことを言う人だな…

 この時点で既に、地味で物静かな女という最初の固定概念は、俺の中で消えてなくなってしまった。
 代わりに、彼女の印象が、天真爛漫で面白い人という印象に塗り変わったのは言うまでもない。

人は見かけによらないって、本当のことだな…

 彼女は、俺にリビングのソファーに座るように促すと、手慣れた様子でコーヒー メーカーに挽いてない豆を入れ、スイッチをオンにした。
 機械が豆を挽く音と、新鮮なコーヒーの 香りが広いリビングに充満する。

「コーヒー…好きなんすね」

「うん、 飲むと落ち着くから。
何気にカフェイン中毒なんだよね、あたし」

「ていうか…さっき店長を寝かせた部屋、 なんか物置みたいだったんすが…
里佳子さんもあそこで寝るんすか?」

「ま・さ・か!そんなわけないない!
 あの部屋は信ちゃんの監禁部屋!
いびきも歯ぎしりもひどくて、一緒になんか寝てられないんだから!
寝る部屋はいつも別々!」

 そんなこと言いながら、里佳子さんは、リビングのテーブルの上に、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを置いたのだった。
 
「菅谷君ってさぁ、そんな男だか女だかわからない見た目のくせに、あの信ちゃん引きずって来れたんだから、やっぱ力があるんだね」

「 あのすいません…それは褒めてるんすか?けなしてるんすか?」

 なんとなくげんなりして、俺がそう聞き返すと、里佳子さんは不思議そうな顔つきをしてまじまじと俺を見つめてきた。

「褒めてるんだよ、もちろん!」

「音楽やってるんで…この男だか女だかわかんないところが売りなんす… 
こんな格好で歌を唄ってられるのは、俺のこの歳がもうギリギリだと思うんで」

「え? 菅谷くんて、今歳いくつだっけ?」

「23になったばっかです」

「まだ若いじゃん!羨ましい!あたしなんかもう30だよ!」

「音楽のぎょーかい、デビューもしてないソロのボーカリストは、 女は23、男は25が賞味期限て言われてんすよ、なんでもうギリギリっす」

「えーっ!?そうなの?!もったいない!
ねえねえ、今度聞きに行っていい?歌? あたしが全然知らない世界だから、菅谷君の話、なんか面白い!」

「 ちょうど明日の夜、『Talking 』っていうMusicBarでライブがありますよ…
来ます?」

「ほんと?行きたい!」

 そう言って彼女は、まるで女子校生のようにキラキラと瞳を輝かせて、まっすぐな視線で俺の顔を見つめてきた。
 その視線があまりにもまっすぐすぎて、なんだか気恥ずかしくなった俺は、つい目を逸らす。
 そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女はいたって普通に言うのだった。

「 LINE教えて、明日仕事が終わったら連絡するから」

 多分この人は、とてつもなく自分に正直な人なんだな…

 俺は彼女に連絡先を教えた。
 彼女は素直にそれを喜んでた。
 そして、俺はそのまま、彼女のマンションを後にした。
 彼女は部屋のベランダから、車を停めた駐車場を見下ろして手を振ってくれた。
 LINEに登録された彼女のID。
 夜の夜中に、わざわざベランダに出て見送ってくれたその姿。
 それは、何とも言い難い、変な高揚感が、心の中に湧き上がる、そんな夜の出来事だった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...