君は僕の心を殺す〜SilkBlue〜

坂田 零

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【4、高揚】

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 夜半過ぎ。
 雨はすっかり上がっていた 

 結局俺は最初にミキを自宅まで送って、その後、 すっかり酔っ払って寝込んでしまった店長を引きずり、里佳子さんのマンションに行く羽目になった。

 休みの日以外、店長は、里佳子さんのマンションに転がり込んで、ほとんど同棲に近い生活を送っているらしい。
 なのに何故休みの日に自宅に帰るかって言うと…ネトゲをやりに帰るんだそうだ。

 店長の寝室代わりになってる、和室のドアを後ろ手に閉めて、里佳子さんは大きくため息をついた。

「 ほんと!お酒弱いくせに、こうやってがんがん飲んで、すぐ寝込んじゃうんだから!
いい迷惑だよね!」

「…じゃあ、俺は帰ります」

 俺がそう言うと、里佳子さんはきょとんとした顔でこちらを振り返った。

「 え??帰るの?」

「帰りますよ…」

 なんとなく居心地が悪くて、思わずそっぽを向いた俺の顔を、何故か彼女はしみじみと覗き込んでくる。

「 コーヒーぐらい飲んで行きなよ!
あんな重いもの運んでくれたんだし、すぐ淹れるから!」

「いや、でも…」

「気なんか使わなくていいんだよ?
もはや私と信ちゃん、10年も付き合って熟年夫婦みたいだし、もう2年もセックスレスだしね!」

 さらっとそんな事を口にして、里佳子さんは、うふふと笑った。
 彼女は何の気なしにそのセリフを言ったみたいだが、何故か俺がドキッとしてしまう。

 ていうか、ほんと唐突に訳のわからないことを言う人だな…

 この時点で既に、地味で物静かな女という最初の固定概念は、俺の中で消えてなくなってしまった。
 代わりに、彼女の印象が、天真爛漫で面白い人という印象に塗り変わったのは言うまでもない。

人は見かけによらないって、本当のことだな…

 彼女は、俺にリビングのソファーに座るように促すと、手慣れた様子でコーヒー メーカーに挽いてない豆を入れ、スイッチをオンにした。
 機械が豆を挽く音と、新鮮なコーヒーの 香りが広いリビングに充満する。

「コーヒー…好きなんすね」

「うん、 飲むと落ち着くから。
何気にカフェイン中毒なんだよね、あたし」

「ていうか…さっき店長を寝かせた部屋、 なんか物置みたいだったんすが…
里佳子さんもあそこで寝るんすか?」

「ま・さ・か!そんなわけないない!
 あの部屋は信ちゃんの監禁部屋!
いびきも歯ぎしりもひどくて、一緒になんか寝てられないんだから!
寝る部屋はいつも別々!」

 そんなこと言いながら、里佳子さんは、リビングのテーブルの上に、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを置いたのだった。
 
「菅谷君ってさぁ、そんな男だか女だかわからない見た目のくせに、あの信ちゃん引きずって来れたんだから、やっぱ力があるんだね」

「 あのすいません…それは褒めてるんすか?けなしてるんすか?」

 なんとなくげんなりして、俺がそう聞き返すと、里佳子さんは不思議そうな顔つきをしてまじまじと俺を見つめてきた。

「褒めてるんだよ、もちろん!」

「音楽やってるんで…この男だか女だかわかんないところが売りなんす… 
こんな格好で歌を唄ってられるのは、俺のこの歳がもうギリギリだと思うんで」

「え? 菅谷くんて、今歳いくつだっけ?」

「23になったばっかです」

「まだ若いじゃん!羨ましい!あたしなんかもう30だよ!」

「音楽のぎょーかい、デビューもしてないソロのボーカリストは、 女は23、男は25が賞味期限て言われてんすよ、なんでもうギリギリっす」

「えーっ!?そうなの?!もったいない!
ねえねえ、今度聞きに行っていい?歌? あたしが全然知らない世界だから、菅谷君の話、なんか面白い!」

「 ちょうど明日の夜、『Talking 』っていうMusicBarでライブがありますよ…
来ます?」

「ほんと?行きたい!」

 そう言って彼女は、まるで女子校生のようにキラキラと瞳を輝かせて、まっすぐな視線で俺の顔を見つめてきた。
 その視線があまりにもまっすぐすぎて、なんだか気恥ずかしくなった俺は、つい目を逸らす。
 そんな俺の内心を知ってか知らずか、彼女はいたって普通に言うのだった。

「 LINE教えて、明日仕事が終わったら連絡するから」

 多分この人は、とてつもなく自分に正直な人なんだな…

 俺は彼女に連絡先を教えた。
 彼女は素直にそれを喜んでた。
 そして、俺はそのまま、彼女のマンションを後にした。
 彼女は部屋のベランダから、車を停めた駐車場を見下ろして手を振ってくれた。
 LINEに登録された彼女のID。
 夜の夜中に、わざわざベランダに出て見送ってくれたその姿。
 それは、何とも言い難い、変な高揚感が、心の中に湧き上がる、そんな夜の出来事だった。



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