3 / 22
【2、素性】
しおりを挟む
その日も彼女は店にやってきて、アンニュイな表情をしながら、窓辺の席でコーヒーを飲んでいた。
料理を頼むでもなく、時折タブレットをいじりながら、相変わらず窓の外を眺めていた。
ディナータイムの前、店に客もまばらだった。
コーヒーポーションの補充をしつつ、横目でちらっと、彼女を見る。
偶然なのか、なんなのか、彼女もこちらを見た。
変なタイミングで、目があった。
「あ……」
「………。」
彼女は、可笑しそうに微笑う。
そして、「菅谷くん」と、まるで昔からの知り合いみたいに、俺を呼んだ。
ガラにもなく、一瞬どきっとする。
名字…ネームプレートあるし、そりゃわかるだろうが、唐突に呼ばれるとなんかばつが悪い。
「っ…あ、はい」
なんとなく挙動不審になりつつ、彼女の席の前に立つ。
彼女はもう一度、可笑しそうに微笑った。
「コーヒー、おかわりください」
「かしこまりま…」
「菅谷 樹くん」
「えっ?」
俺は思わずぎょっとした。
名字だけならいざ知らず、なんで下の名前まで知ってんだこの人?
きっと、よっぽど目が泳いでたんだろう。
彼女は、俺の顔をガン見しながら、やたら可笑しそうに笑った。
「そんな顔しなくてもいいじゃない!
驚いた?フルネーム知ってて?」
物静かで地味な女。
その印象が、俺の中でこの瞬間に変わった。
どこか艶っぽく。
どこか子供っぽく。
やけにイタズラなその表情が、彼女の天真爛漫さを物語っていた。
この人、こんなタイプだったんだ…
「びっくりした…まじ…
何で、俺の名前知ってるんすか??」
「あたし、ここの常連だし!新人リサーチしといたんだ!」
「新人…リサーチ…??」
「このお店の新人さんには、不審な女って思われがちだから、あたし」
「は、はぁ……」
確かに…と言いかけた言葉を飲みこんで、代わりに「コーヒー追加で」とオーダー確認すると、俺は逃げるように彼女の側を離れた。
*
彼女は、ディナータイム前に現れて、で忙しくなる頃にそっと帰っていく。
ディナータイムは、一気に慌ただしくなる。
客が増えてきたら席を独占しない、それが彼女の他の客に対するマナーだったんだろう。
さっきまで彼女がいた席に、他の客が座る。
その光景は俺にとって、いつの間にか不自然な光景になっていた。
彼女の姿のない、窓際の席。
慌ただしいディナータイムが過ぎて、カウンター脇でやっと一息ついた時、長いツケマをパサパサ揺らしながら、ミキが隣にやってきた。
「なんか今日は忙しかったね~?給料日だからかな?」
「25日…そか、確かに給料日だ…」
「でしょでしょ?うちらはまだだけどね、給料日!」
「そだな…あ、そういえば、ミキちゃんさ…」
そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。
あの窓際の席にいつも座る、例の常連客が俺の本名を知ってた…
その理由を、ミキに聞いても知る訳ないやん。
頭の中にそんな考えがよぎる。
「いや…なんでもない」
「えー?!何よ~気になるやん!なになに??」
ミキは不満そうに声をあげた。
「……いや、その」
仕方ない、聞いてみるか…と、内心で諦める。
「あのさ、今日さ、例の窓際の席の常連に、いきなりフルネーム呼ばれたんだけど…」
「ああ!」
ミキは可笑しそうに笑って、まじまじと俺の顔を覗きこんでくる。
「新人リサーチでしょ?」
「え?知ってんの?」
「知ってるよ~あたしもやられたもん!突然フルネーム呼ばれるからびびる!」
「…あの人、なんで俺らのフルネーム知ってんの?ネームには名字しか書いてないやん」
「あ、そっか!いっくんは知らないんだ!」
「何を?」
「あの人ね、うちの店長の彼女なんだよ」
「え?まじ?」
「まじまじ!」
この店の店長は、四大卒なわりに頭かっ飛んでで面白い人だった。
なんてたって、俺の髪の色が真っ赤なのに「イタリアの国旗に赤混じってるし大丈夫だべ!」って言ってバイトに採用した変なアラサー男だ。
ホールは社員とバイトにまかせて、大体は事務所で事務だの経理だの発注だのってやってて、なかなかホールには出てこない。
たが、ちゃんと仕事してるせいか、誰も店長を悪く言う奴はいなかった。
あの人…
店長の彼女だったんだ…
なんとなく、わかるような…
わからないような…
そんな事を思って、ふと、窓の外を見ると。
スコールのような雨が降っていた。
料理を頼むでもなく、時折タブレットをいじりながら、相変わらず窓の外を眺めていた。
ディナータイムの前、店に客もまばらだった。
コーヒーポーションの補充をしつつ、横目でちらっと、彼女を見る。
偶然なのか、なんなのか、彼女もこちらを見た。
変なタイミングで、目があった。
「あ……」
「………。」
彼女は、可笑しそうに微笑う。
そして、「菅谷くん」と、まるで昔からの知り合いみたいに、俺を呼んだ。
ガラにもなく、一瞬どきっとする。
名字…ネームプレートあるし、そりゃわかるだろうが、唐突に呼ばれるとなんかばつが悪い。
「っ…あ、はい」
なんとなく挙動不審になりつつ、彼女の席の前に立つ。
彼女はもう一度、可笑しそうに微笑った。
「コーヒー、おかわりください」
「かしこまりま…」
「菅谷 樹くん」
「えっ?」
俺は思わずぎょっとした。
名字だけならいざ知らず、なんで下の名前まで知ってんだこの人?
きっと、よっぽど目が泳いでたんだろう。
彼女は、俺の顔をガン見しながら、やたら可笑しそうに笑った。
「そんな顔しなくてもいいじゃない!
驚いた?フルネーム知ってて?」
物静かで地味な女。
その印象が、俺の中でこの瞬間に変わった。
どこか艶っぽく。
どこか子供っぽく。
やけにイタズラなその表情が、彼女の天真爛漫さを物語っていた。
この人、こんなタイプだったんだ…
「びっくりした…まじ…
何で、俺の名前知ってるんすか??」
「あたし、ここの常連だし!新人リサーチしといたんだ!」
「新人…リサーチ…??」
「このお店の新人さんには、不審な女って思われがちだから、あたし」
「は、はぁ……」
確かに…と言いかけた言葉を飲みこんで、代わりに「コーヒー追加で」とオーダー確認すると、俺は逃げるように彼女の側を離れた。
*
彼女は、ディナータイム前に現れて、で忙しくなる頃にそっと帰っていく。
ディナータイムは、一気に慌ただしくなる。
客が増えてきたら席を独占しない、それが彼女の他の客に対するマナーだったんだろう。
さっきまで彼女がいた席に、他の客が座る。
その光景は俺にとって、いつの間にか不自然な光景になっていた。
彼女の姿のない、窓際の席。
慌ただしいディナータイムが過ぎて、カウンター脇でやっと一息ついた時、長いツケマをパサパサ揺らしながら、ミキが隣にやってきた。
「なんか今日は忙しかったね~?給料日だからかな?」
「25日…そか、確かに給料日だ…」
「でしょでしょ?うちらはまだだけどね、給料日!」
「そだな…あ、そういえば、ミキちゃんさ…」
そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。
あの窓際の席にいつも座る、例の常連客が俺の本名を知ってた…
その理由を、ミキに聞いても知る訳ないやん。
頭の中にそんな考えがよぎる。
「いや…なんでもない」
「えー?!何よ~気になるやん!なになに??」
ミキは不満そうに声をあげた。
「……いや、その」
仕方ない、聞いてみるか…と、内心で諦める。
「あのさ、今日さ、例の窓際の席の常連に、いきなりフルネーム呼ばれたんだけど…」
「ああ!」
ミキは可笑しそうに笑って、まじまじと俺の顔を覗きこんでくる。
「新人リサーチでしょ?」
「え?知ってんの?」
「知ってるよ~あたしもやられたもん!突然フルネーム呼ばれるからびびる!」
「…あの人、なんで俺らのフルネーム知ってんの?ネームには名字しか書いてないやん」
「あ、そっか!いっくんは知らないんだ!」
「何を?」
「あの人ね、うちの店長の彼女なんだよ」
「え?まじ?」
「まじまじ!」
この店の店長は、四大卒なわりに頭かっ飛んでで面白い人だった。
なんてたって、俺の髪の色が真っ赤なのに「イタリアの国旗に赤混じってるし大丈夫だべ!」って言ってバイトに採用した変なアラサー男だ。
ホールは社員とバイトにまかせて、大体は事務所で事務だの経理だの発注だのってやってて、なかなかホールには出てこない。
たが、ちゃんと仕事してるせいか、誰も店長を悪く言う奴はいなかった。
あの人…
店長の彼女だったんだ…
なんとなく、わかるような…
わからないような…
そんな事を思って、ふと、窓の外を見ると。
スコールのような雨が降っていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる