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第16話 共闘

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 衝撃はどれだけ待っても訪れなかった。
 その代わり、音がした。金属がぶつかるような激しい音。
 わたしは恐怖を覚えながらもゆっくりと目を開く。
 そこには剣を薙いだシュダの後ろ姿があった。

「ヒオラ、ごめん」

 前を向いたまま、申し訳なさの滲む声で彼は言う。
 来るはずがないと思っていた。だって何日も顔を合わせていないのだ。奇跡なんて起こりえないと勝手に諦めていた。それが今、目の前で起きている。現実味がなく、これは夢なんじゃないかと否定的な感情になる。
 シュダの攻撃によってドラゴンが後退したため、話す猶予が生まれた。
 わたしは、どこか夢見心地なまま口を開いた。

「どうして……ここが、わかったのかしら?」

 驚愕に頭を支配され、口をついでたのは疑問だった。
 シュダはこちらに向き直って答える。

「強そうな魔物は目を閉じててもわかるくらい大きな気配がするんだよ。だからそれを追ってきた。ヒオラが教会にいなくて、戦ってるかもしれないって不安になってな」
「し、心配性ですわね」
「実際心配して正解だったじゃんか、死にかけてたんだし。無事助けられてほんとよかったよ」
「ええまぁ……そ、そうですわね。そ、その……かかか感謝いたしますわ」
「めっちゃ噛んでるぞ落ち着け」
「おおおお落ち着いておりますわ!」
「ドラゴンが怖いなら逃げてもいいからな」
「ドラゴンが原因ではありませんわ!」
「じゃあなにが怖いんだよ」
「どうして怖いに絞りますの! 他の事象がわたくしに影響を与えているとは考えませんの!?」
「全然わかんねぇ……。と、そんなことよりヒオラ一人で戦ってたのか? 他の皆は?」
「半分ははぐれましたわ。残った方々も逃げましたわ」

 沈黙が漂う。それを破るように疑問を投げかける。

「ところで、他に誰も来ないのはなぜですの?」
「多分霧が発生してるからだと思う。森に入った瞬間に濃い霧で視界がほぼ見えなくなったし。身動き取れなくなってるんじゃないか?」

 確かに発生していたが、シュダの言うことを考慮するとかなり大規模に渡っているようだ。
 救援は望めないかもしれない。
 二人でこのドラゴンを相手することになる。
 勝てるだろうか。それとも逃げるべきなのか。

「シュダは勝てる気がするかしら?」
「五分五分かなぁ」

 自信過剰なのか、本当に強いのか。
 さっきの一撃もまあまあドラゴンに入ってたようだし後者かもしれない。

「ヒオラは魔法で攻撃出来るんだよな?」
「ええ。ですが、強い魔法は一度撃てば次の魔法を発動するまでに時間がかかりますわ。魔法を使えないシュダには分かりづらいかもしれませんが、魔力が乱れて、上手く魔法を構築出来なくなってしまいますの。ですから、次の魔法を放つ準備が整うまで、時間稼ぎをお願いしてもよろしくて?」
「なるほど。でも時間稼ぎっていうのは言い方を改めてほしいな。まるでヒオラが主力みたいで俺がおまけみたいじゃんか」
「難点はありますが、わたくしの魔法はとても強いですもの」
「俺も結構剣術学んできたから自信あるぞ」
「どちらが強いか勝負ですわね!」
「おいまて目的を見失うな! 敵はドラゴンの方だからな!」

 シュダはそう言いながら、向かってきたドラゴンの鉤爪を剣で払う。
 いつものように軽口を叩き合ったことで本調子が出てきた気がする。
 助けてくれたお礼もかねて、とある魔法を唱えようと考える。
 
「シュダに力を差し上げますわ!」
「力?」
「煌めく光よ 求む者に力を与えん 【フォードアップ】」

 魔法を唱え終わるとシュダの身体が光に包まれる。

「おおっ、なんか強くなった気がする」

 変化を確かめるように身体を動かしている。
 身体強化魔法の中でも非常に強力な魔法をシュダに付与した。身体能力の大幅な向上が見込めるはずだ。
 試したくなったのか早速ドラゴンに特攻している。縦横無尽に動き回りダメージを与えていく。わたしはそれを遠巻きに見つめ続け、魔力の安定を待つ。
 
「わたくしが攻撃魔法を唱え終わりましたら、避けてくださいまし」
「りょーかい」
 
 シュダがいることで魔法の前準備に集中しやすくなる。先程までは一人であったため、攻撃と防御どちらもこなさなければならず、大変であった。
 シュダの存在を心強く感じる。
 きっと勝てる。わたしたち二人なら。
 
「幾本もの光剣よ」

 安定した魔力で、静かに詠唱を始める。
 無数の光の剣がドラゴンを取り囲むように出現していく。

「肉を斬り 皮膚を裂け」

 光は剣の先端を中心に煌々と輝き始める。
 どこまでも鋭く、強く、光を放つ。
 
「【ノストオース】ッッッ!」
 
 シュダが数歩退いた。
 その数瞬後、無数の光の剣がドラゴンへ突き刺さる。
 ドラゴンが痛みを感じてか、叫び声をあげる。
 頑強な鱗のようで刺さりはそこまで深くない。けれど、ダメージは与えられたはずだ。
 シュダがドラゴンの背中に跳躍して乗り、傷付いた鱗に向かって斬りかかる。
 わたしの魔法で表面を傷付け、シュダの剣で内部まで攻撃を与える。言葉を交わさずとも、良い連携が取れている。
 ドラゴンの身体中から、赤い血が流れてくる。
 時間が経ち、次の魔法を撃つ準備が整う。

「二発目、いきますわ!」

 わたしは合図を送り、魔法の詠唱へ意識を集中する。

「白き光よ集え 迷いの闇を照らせ 我らの道を開け【アル・グレイツ】ッッ!」

 シュダが発動寸前にドラゴンの背中から降り、距離を取る。
 魔法の発動により、無数の光球が杖の周りに生まれ、強く輝きながらドラゴンへ放たれる。
 世界から一瞬、色が消える。
 音が消える。

 色彩と音が戻ってきた頃、ドラゴンが咆哮を上げた。
 そして、辺りの空気が口へと集まっていく。
 あれは、先程の……。

「シュダ! 逃げてくださいまし!」

 後ろへ下がりながら、わたしよりもドラゴンの近くにいたシュダに逃げるよう伝える。
 距離的に声は届いているはずだが、逃走しようとしない。
 念のためもう一度呼びかける。

「シュダ! 聞こえてますの!? ドラゴンが炎を吐きますわ!」

 なんならドラゴンに近付いているように見える。死ぬ気なのだろうか。
 いや、違う。
 炎を吐こうとしているため、ドラゴンは今低姿勢となっている。
 シュダはドラゴンの顔の部分に接近し、炎を吐かれる寸前、剣を振り上げた。
 先端が右目を斬り裂く。
 目元から血が溢れだし、ドラゴンが暴れるように取り乱す。
 シュダはすぐその場から撤退しようとするが、一撃食らってしまう。
 
「シュダ!?」

 わたしは決死の思いで叫ぶ。
 彼は傷口を抑えながら、急ぎ足でわたしの近くまでやってくる。押さえている箇所から手を離してもらうと、出血していた。

「すまん、一発もらっちまった」
「そのままじっとしていてくださいまし。【ヒーテスト】」

 魔法により、傷が薄れていく。

「ありがとな、助かった!」
「こ、これくらいはどうってことありませんわ」

 ドラゴンにダメージを与えてはいるが、致命傷にはなっていない。
 このままでは埒が明かない。
 あまり使いたくはなかったが、あの魔法を使うしかない。
 シュダもいることだし、今なら使えるはずだ。
 この一撃で決めてみせる。

「今から最強の魔法を唱えますわ」
「そんなのがあるなら最初に使ってくれ」
「出来れば使いたくはない魔法でして……わたくしの身体にも影響が及ぶ魔法なのですわ。それに使うのにとても時間がかかりますの。その間は頼みますわ」
「わかった。魔法の副作用については、使ったら動けなくなるとかそんな感じか?」
「ええ。ですので、帰りはわたくしを背負ってくださるようお願いいたしますわ。この魔法で倒せなかった時は背負って全力疾走してくださいまし」
「そうするわ」
「くれぐれも置いていかないでくださいまし」
「そんな非情に見えるか、俺?」
「わたくしが人より食べるから重そうだと言いそうな気がしましたわ」
「あー確かに……まて今の発言聞かったことにしてくれ。頼む、絶対に背負っていくから」
「わかりましたわ」
「ヒオラが珍しく優しい……」
「いつも優しいですわ!」

 精神を安定させ、魔法の準備をしていく。
 杖を天に向け、静かに息を吐くように唱え始める。

「遥か天より 遥か彼方より」

 青を覆い隠していた灰色の雲が、この真上部分だけ消え去る。
 わたしが詠唱を行っている間、シュダはドラゴンの攻撃との攻防を繰り広げている。

「此方へ轟け」

 天から光が射し込んでくる。
 久々に浴びたような気さえする光。眩しくて、どこか神々しい。
 
「ぐっ!?」

 ドラゴンの攻撃がシュダに当たる。しかしわたしは魔法の詠唱を始めてしまっているため、なにもできない。動揺しそうになるが、必死でこらえる。

「地を割れ 風を割れ 海を割れ」

 空からの光は強さを増す。
 明るく明るく世界を染め上げる。

「【テラエンデ】ッッッ!!」

 強大な光が降ってくる。輝きに目を開いていられなくなるくらいの光が。
 激震が走る。
 すべてを壊すほどの衝撃が全身を駆け抜けていく。
 轟音でなにもかもが聞こえない。
 ただ、流されないように歯を食い縛って耐え続ける。

 目を開けた時、視界にあったのは横倒れになったドラゴンの姿だった。
 まだ倒せていない可能性を考え、近付かずに見つめる。
 何分経っても動かない。
 シュダがドラゴンの元まで行き、剣でツンツンしている。けれど、ビクともしない。

「これは、倒したんじゃないか?」
「倒しましたわね!」

 高揚感に包まれて、ジャンプしようとした瞬間、全身の力が抜けた。
 そのまま膝から崩れ落ちる。

「ヒオラ!?」

 心配で駆け付けてくるシュダ。
 彼が辿り着く前にわたしの意識は深く落ちていった。
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