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色気の正体
五十六話
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だけど、その幸せが偽物だと気付いた。あれは、夕暮れの細道、ある親子とすれ違った。子どもはまだ、五つくらいの幼子だった。母親は、派手な赤色をたくさん身に付けていて、だけど目だけは妙に優しかった。母親は、その子のちいさな手を繋いで、微笑みながら語りかけた。
「あなたがこうやって、健康でいられることが、私の幸せなのよ」
幼子は、母親の言葉を理解しているとはとても思えなかった。だけど、その子は母親の足にしがみついて、嬉しそうに笑った。幸せそうだった。私は、敗北感を覚えた。あんな、一言で、心まで分かち合えるなんて、思わなかった。あの母親が発した言葉は、魔法のようだった。
そこからだろうか、あの人を受け入れることが苦しくなったのが。外面では、精一杯の笑顔で受け入れていたはずだった。だけど心では、違う、こんなことしなくても、家族になれるのに、と叫んでいた。だけど、そんな悲鳴に近い叫びは、あの人に届くことはなかった。それは、いつしか断末魔のような響きに近づいていった。
だけど、あの人がどうしても大切で、あの人が私に笑いかけてくれると、私は嬉しかった。あの人の傷つく顔なんてみたくない、という一心で必死に奉仕した。時々かけられる言葉は、乾いた低い声で、なんとも心地よい音色だった。
ぽつり、ともう一度雨が垂れる。いや、違う。これは、私の涙だった。その証拠に、視界が揺れて水中にいるようだった。急に、喉の奥が水たまりができたように苦しかった。
いつのまにか私は、あの人に依存していた。あの人が、父親に向けた期待のように、私は空回りしていた。こんな状態になってから、あの人の愚かさを知ってしまったのだ。もう、前のように咎めることはできないだろう。もう、私は、あの人と同じなんだから。
「あ…ぁぁ」
嗚咽が、鼓膜を揺らして、神経は私の声だけを拾った。歯を食いしばっても、何度も頬を拭いてもだめだった。溢れ出した感情は、雨の様に止まらなかった。
頬を乱暴に擦る。いつのまにか、涙が伝うより早くに頬を、目を擦っていた。なのに濡れて、手のひらを拡げてみれば、小さな水たまりが一瞬でできた。水たまりごと、拳を握りしめる。
まだ心が揺らいでいた。自分の気持ちを抑えるか、自分の気持ちを吐き出すが。吐き出してしまった、あの人は先生のように私を捨てるかもしれない。足がすくんだ。あの人に捨てられることだけは、嫌だ。だけど、もう苦しいよ、苦しいよ、おにいちゃん…。
「あなたがこうやって、健康でいられることが、私の幸せなのよ」
幼子は、母親の言葉を理解しているとはとても思えなかった。だけど、その子は母親の足にしがみついて、嬉しそうに笑った。幸せそうだった。私は、敗北感を覚えた。あんな、一言で、心まで分かち合えるなんて、思わなかった。あの母親が発した言葉は、魔法のようだった。
そこからだろうか、あの人を受け入れることが苦しくなったのが。外面では、精一杯の笑顔で受け入れていたはずだった。だけど心では、違う、こんなことしなくても、家族になれるのに、と叫んでいた。だけど、そんな悲鳴に近い叫びは、あの人に届くことはなかった。それは、いつしか断末魔のような響きに近づいていった。
だけど、あの人がどうしても大切で、あの人が私に笑いかけてくれると、私は嬉しかった。あの人の傷つく顔なんてみたくない、という一心で必死に奉仕した。時々かけられる言葉は、乾いた低い声で、なんとも心地よい音色だった。
ぽつり、ともう一度雨が垂れる。いや、違う。これは、私の涙だった。その証拠に、視界が揺れて水中にいるようだった。急に、喉の奥が水たまりができたように苦しかった。
いつのまにか私は、あの人に依存していた。あの人が、父親に向けた期待のように、私は空回りしていた。こんな状態になってから、あの人の愚かさを知ってしまったのだ。もう、前のように咎めることはできないだろう。もう、私は、あの人と同じなんだから。
「あ…ぁぁ」
嗚咽が、鼓膜を揺らして、神経は私の声だけを拾った。歯を食いしばっても、何度も頬を拭いてもだめだった。溢れ出した感情は、雨の様に止まらなかった。
頬を乱暴に擦る。いつのまにか、涙が伝うより早くに頬を、目を擦っていた。なのに濡れて、手のひらを拡げてみれば、小さな水たまりが一瞬でできた。水たまりごと、拳を握りしめる。
まだ心が揺らいでいた。自分の気持ちを抑えるか、自分の気持ちを吐き出すが。吐き出してしまった、あの人は先生のように私を捨てるかもしれない。足がすくんだ。あの人に捨てられることだけは、嫌だ。だけど、もう苦しいよ、苦しいよ、おにいちゃん…。
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