上 下
54 / 62
色気の正体

五十五話

しおりを挟む
「上田くん、こんな所みられて大丈夫なの」






「別に、やましいことなんてない。堂々としてればいいんだ」








 その声は震えていて、また私の顔を見ようとしなかった。可愛いな、とからかいたくなる。






 校舎の外に出てみれば、雨の匂と共に冷たい風が吹き上げる。膝上数センチのスカートを抑え、顔にかかった風を感じ、目を瞑った。細かい雨が、体全体にかかる。つめたっ、と上田くんに笑いかけると、上田くんは何も言わずに手を繋いだ。上田くんの体温がとても高くて、火傷しそうなくらいだった。









 上田くんは、私の手を握ってない左手で、深緑の大きな傘を開こうとした。だけど片手では開かなくて、上田くんは焦るばかり。私は微笑んで、空いてる右手を傘に添えた。さんきゅ、と上田くんは顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。私は意地悪して、「顔赤いよ、熱あるんじゃないの」と覗き込むと、そっぽを向かれてしまった。

 









 雨は柄のない傘に当たって、私たちの肩をかすめた。白い制服が濡れて、半透明になる。上田くんが、繋いでいる手を強引に引っ張った。なに、と不思議だったので聞いてみると、「濡れるから、もっとくっつけって」と何故だが不機嫌そうな声で言われた。だけど、耳が真っ赤になってて、あぁ、照れ隠しなんだなとすぐに分かった。








 薄暗い道路を学生二人で歩く。街頭が私たちを照らした。何の変哲もないその光は、月のように綺麗で、見とれるくらいだった。ぽろり、とふいに涙を零してしまう。どうした、と不安そうな顔で上田くんが顔を覗き込むと、もっと涙が溢れた。






 「もしかして、俺と歩くの嫌だったのか」と顔を真っ青にさせて言うもんだから、私は申し訳なくなって我慢していた嗚咽が自然と出てしまった。ちがうの、ちがうの、とか細い声で囁くと、上田くんは、繋いでいた手を離してしまった。すると急に寂しくなって、不安になった。



 目に冷たい風が入る。濡れた頬が、さらに冷たくなる。上田くんが、私の頬に手を伸ばし、優しく涙を拭った。すると、唇と唇が触れそうなくらい顔を近づけて、私を見下ろした。私がキスを待っていて、ゆっくりと目を閉じるが、いつまでたっても進展しなかった。不思議に思って目を開けると、上田くんは三十センチほど距離をとっていて、恥ずかしそうに下を向いていた。









 私が、可笑しくなって笑うと、上田くんは乱暴に私の髪の毛を撫でた。くちゃくちゃになっちゃうよ、と泣きながら笑うと、ごめんと言ってぱっと手を離した。








 上田くんはそれから、黙ったまま私の手を強く握った。その不器用な優しさが、今の私には毒だった。何故涙が出たのか分からない。どんな形でもあの人の近くにいられるこの状態に、満足だった。あの人の望みは、私が我慢することで手に入る。だったら、私のすることは一つだ。









 なのに、なぜこんなに胸が苦しいのだ。氷のように冷たいことも、炎ように温かいことも知っていた筈だった。あの人が教えてくれた筈だった。なのに、こうやって、ただ手を握られて、なぜこんなにもあたたかく感じるのだろう。






 そのあたたかみは、あの人が教えてくれたものではなかった。隣にいる、このクラスメイトだ。上田くんとは、今年同じクラスになったばかりで、数日に一回会話を交わすだけの仲だ。まだ、席替えでも近くになっていない。一度、一年生の頃に同じ委員会だった気がするが、ほとんど会話なんてしなかった。








 こんなにも他人なのに、なのにあたたかい。あぁ、そうか。私が欲しかったのは、これだ。この純潔な、恋心。それと、優しい良心。それが私に向けられることが、私の願いだった。あの人の願いは、求めるような恋心と、何があっても離れないエゴイストな考え。正反対だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

消防士の義兄との秘密

熊次郎
BL
翔は5歳年上の義兄の大輔と急接近する。憧れの気持ちが欲望に塗れていく。たくらみが膨れ上がる。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

水球部顧問の体育教師

熊次郎
BL
スポーツで有名な公明学園高等部。新人体育教師の谷口健太は水球部の顧問だ。水球部の生徒と先輩教師の間で、谷口は違う顔を見せる。

おもらしの想い出

吉野のりこ
大衆娯楽
高校生にもなって、おもらし、そんな想い出の連続です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...