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色気の正体
五十五話
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「上田くん、こんな所みられて大丈夫なの」
「別に、やましいことなんてない。堂々としてればいいんだ」
その声は震えていて、また私の顔を見ようとしなかった。可愛いな、とからかいたくなる。
校舎の外に出てみれば、雨の匂と共に冷たい風が吹き上げる。膝上数センチのスカートを抑え、顔にかかった風を感じ、目を瞑った。細かい雨が、体全体にかかる。つめたっ、と上田くんに笑いかけると、上田くんは何も言わずに手を繋いだ。上田くんの体温がとても高くて、火傷しそうなくらいだった。
上田くんは、私の手を握ってない左手で、深緑の大きな傘を開こうとした。だけど片手では開かなくて、上田くんは焦るばかり。私は微笑んで、空いてる右手を傘に添えた。さんきゅ、と上田くんは顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。私は意地悪して、「顔赤いよ、熱あるんじゃないの」と覗き込むと、そっぽを向かれてしまった。
雨は柄のない傘に当たって、私たちの肩をかすめた。白い制服が濡れて、半透明になる。上田くんが、繋いでいる手を強引に引っ張った。なに、と不思議だったので聞いてみると、「濡れるから、もっとくっつけって」と何故だが不機嫌そうな声で言われた。だけど、耳が真っ赤になってて、あぁ、照れ隠しなんだなとすぐに分かった。
薄暗い道路を学生二人で歩く。街頭が私たちを照らした。何の変哲もないその光は、月のように綺麗で、見とれるくらいだった。ぽろり、とふいに涙を零してしまう。どうした、と不安そうな顔で上田くんが顔を覗き込むと、もっと涙が溢れた。
「もしかして、俺と歩くの嫌だったのか」と顔を真っ青にさせて言うもんだから、私は申し訳なくなって我慢していた嗚咽が自然と出てしまった。ちがうの、ちがうの、とか細い声で囁くと、上田くんは、繋いでいた手を離してしまった。すると急に寂しくなって、不安になった。
目に冷たい風が入る。濡れた頬が、さらに冷たくなる。上田くんが、私の頬に手を伸ばし、優しく涙を拭った。すると、唇と唇が触れそうなくらい顔を近づけて、私を見下ろした。私がキスを待っていて、ゆっくりと目を閉じるが、いつまでたっても進展しなかった。不思議に思って目を開けると、上田くんは三十センチほど距離をとっていて、恥ずかしそうに下を向いていた。
私が、可笑しくなって笑うと、上田くんは乱暴に私の髪の毛を撫でた。くちゃくちゃになっちゃうよ、と泣きながら笑うと、ごめんと言ってぱっと手を離した。
上田くんはそれから、黙ったまま私の手を強く握った。その不器用な優しさが、今の私には毒だった。何故涙が出たのか分からない。どんな形でもあの人の近くにいられるこの状態に、満足だった。あの人の望みは、私が我慢することで手に入る。だったら、私のすることは一つだ。
なのに、なぜこんなに胸が苦しいのだ。氷のように冷たいことも、炎ように温かいことも知っていた筈だった。あの人が教えてくれた筈だった。なのに、こうやって、ただ手を握られて、なぜこんなにもあたたかく感じるのだろう。
そのあたたかみは、あの人が教えてくれたものではなかった。隣にいる、このクラスメイトだ。上田くんとは、今年同じクラスになったばかりで、数日に一回会話を交わすだけの仲だ。まだ、席替えでも近くになっていない。一度、一年生の頃に同じ委員会だった気がするが、ほとんど会話なんてしなかった。
こんなにも他人なのに、なのにあたたかい。あぁ、そうか。私が欲しかったのは、これだ。この純潔な、恋心。それと、優しい良心。それが私に向けられることが、私の願いだった。あの人の願いは、求めるような恋心と、何があっても離れないエゴイストな考え。正反対だった。
「別に、やましいことなんてない。堂々としてればいいんだ」
その声は震えていて、また私の顔を見ようとしなかった。可愛いな、とからかいたくなる。
校舎の外に出てみれば、雨の匂と共に冷たい風が吹き上げる。膝上数センチのスカートを抑え、顔にかかった風を感じ、目を瞑った。細かい雨が、体全体にかかる。つめたっ、と上田くんに笑いかけると、上田くんは何も言わずに手を繋いだ。上田くんの体温がとても高くて、火傷しそうなくらいだった。
上田くんは、私の手を握ってない左手で、深緑の大きな傘を開こうとした。だけど片手では開かなくて、上田くんは焦るばかり。私は微笑んで、空いてる右手を傘に添えた。さんきゅ、と上田くんは顔を真っ赤にしながら小さく呟いた。私は意地悪して、「顔赤いよ、熱あるんじゃないの」と覗き込むと、そっぽを向かれてしまった。
雨は柄のない傘に当たって、私たちの肩をかすめた。白い制服が濡れて、半透明になる。上田くんが、繋いでいる手を強引に引っ張った。なに、と不思議だったので聞いてみると、「濡れるから、もっとくっつけって」と何故だが不機嫌そうな声で言われた。だけど、耳が真っ赤になってて、あぁ、照れ隠しなんだなとすぐに分かった。
薄暗い道路を学生二人で歩く。街頭が私たちを照らした。何の変哲もないその光は、月のように綺麗で、見とれるくらいだった。ぽろり、とふいに涙を零してしまう。どうした、と不安そうな顔で上田くんが顔を覗き込むと、もっと涙が溢れた。
「もしかして、俺と歩くの嫌だったのか」と顔を真っ青にさせて言うもんだから、私は申し訳なくなって我慢していた嗚咽が自然と出てしまった。ちがうの、ちがうの、とか細い声で囁くと、上田くんは、繋いでいた手を離してしまった。すると急に寂しくなって、不安になった。
目に冷たい風が入る。濡れた頬が、さらに冷たくなる。上田くんが、私の頬に手を伸ばし、優しく涙を拭った。すると、唇と唇が触れそうなくらい顔を近づけて、私を見下ろした。私がキスを待っていて、ゆっくりと目を閉じるが、いつまでたっても進展しなかった。不思議に思って目を開けると、上田くんは三十センチほど距離をとっていて、恥ずかしそうに下を向いていた。
私が、可笑しくなって笑うと、上田くんは乱暴に私の髪の毛を撫でた。くちゃくちゃになっちゃうよ、と泣きながら笑うと、ごめんと言ってぱっと手を離した。
上田くんはそれから、黙ったまま私の手を強く握った。その不器用な優しさが、今の私には毒だった。何故涙が出たのか分からない。どんな形でもあの人の近くにいられるこの状態に、満足だった。あの人の望みは、私が我慢することで手に入る。だったら、私のすることは一つだ。
なのに、なぜこんなに胸が苦しいのだ。氷のように冷たいことも、炎ように温かいことも知っていた筈だった。あの人が教えてくれた筈だった。なのに、こうやって、ただ手を握られて、なぜこんなにもあたたかく感じるのだろう。
そのあたたかみは、あの人が教えてくれたものではなかった。隣にいる、このクラスメイトだ。上田くんとは、今年同じクラスになったばかりで、数日に一回会話を交わすだけの仲だ。まだ、席替えでも近くになっていない。一度、一年生の頃に同じ委員会だった気がするが、ほとんど会話なんてしなかった。
こんなにも他人なのに、なのにあたたかい。あぁ、そうか。私が欲しかったのは、これだ。この純潔な、恋心。それと、優しい良心。それが私に向けられることが、私の願いだった。あの人の願いは、求めるような恋心と、何があっても離れないエゴイストな考え。正反対だった。
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