雨の日が来たら、君を思い出すだろう。

雪莉月花

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色気の正体

五十三話

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 先生を、含み笑いで嘲った。心底酷い表情だろう、と自分も笑った。それでも、この敗北感からは逃れなかった。嫌がらせのつもりだった。だけど先生は、落ち着いた表情でゆっくり自身の気持を伝えた。






「それでも、私は桜庭くんのことを好きで居続ける。好きでいることを、辞められない。私ね、八年前、あの子に出会ってから、ずっと抑えていた。だけど、今は違う。私とあの子はただの他人。だったら、私が満足するまで好きで居続ける」







 苛立が高まった。気付いたら柄にもなく声を荒げていた。心の中が焦げるような感覚がした。






「そんなのっ、ただの自己満足だわ! 先生が、本当に満足するはずがない!」







「安心して、桜庭くんをとったりなんかしない」






 そう言って、先生は夕暮れを反射する廊下を歩いて行った。上履きのゴムが擦れる音が、遠ざかっていく。それと同時に、ちりちりと焼けるような怒りが湧いて北。





 歯ぎしりをする。これが、嫌なのだ。自己犠牲か何だが知らないが、先生のそれがあの人を清くする。余計なことを。私以外があの人に手を加えることをは許さない。あの人を変えるのは、私だけでいい。あの人は、私しかみない。これから先、ずっと。









 窓の外を見ると、天頂から紫色が降りてきていた。大きなあの太陽が沈む。本格的な夜が訪れ、漆黒の闇が辺りを包む。小さな星が滲む。私にとっては、一瞬の出来事だった。薄暗い教室に、私一人。孤独のような、安心するような、複雑な気持だった。





冷たい夜風に吹かれながら、帰り道を辿っていった。









 一昨日建てた一軒家。義父がローンを組んで、建てた、小綺麗な新しい家。窓から橙がかった白い光が漏れ出ている。楽しそうな笑い声と、箸を動かす影。いつもは何とも思わなかった日常が、闇となって私を飲み込む。取り残された自身の洗濯物を掴み、玄関を開ける。





  彼らは不意に開けられた玄関に気にすることなく、食事を続ける。笑い声がより一層大きくなる。脇に抱えた洗濯物が、もっと冷たくなる気がした。




   ‥私は、気付いたことがある。それは、母親が笑うことだ。私とアパートで暮らしていたとき、滅多に笑わない人だった。そういう類の人だと思ってた。だけど違った。母は、むしろ笑うことが好きなのだ。私が嫌われてたと言う気はさらさらない。だが、こうも変わられたら、私もそう思わなければならない。それが道理というものだ。







   寂しさと、虚しさが一気に訪れた。キッチンの明るさと、自身の部屋の暗さを比較してしまう。部屋を与えたのは、私が邪魔だったからじゃないよね? そんな馬鹿げたことを問いかけても、返事が返ってくることはなかった。





 


 電気をつけずにベットに潜り込む。制服の皺なんて気にしなかった。どうせ、自分でなおすんだから。お腹が鳴る。不吉のような音。急に、孤独な現実が叩きつけられた。きっとあの人たちは、私が出て行っても何も感じないだろう。‥多分、何事もなかったような顔で過ごし続ける。






 私は知らない。家族の温かさも、愛情も。私は、あの人と、悠治とほんとうの家族になりたい。今の家から籍を抜いて、あの人と一緒になる。結婚じゃだめだ。家族じゃないと意味がない。





  でも家族にセックスなんて必要なんだろうか。あの人が望むなら受け入れる。それが、私の特権。だけど、だけど、そんなことをしなくても繋がっていたい。あの人の肌が近いのは嬉しいのに、雨が止んだら急に悲しみが襲ってくる。あの人のは温かいのに、離れるほど不安になってしまう。こんな関係が、家族と言えるのだろうか。







 ぐるぐると渦巻いて私を囲む。奈落はすぐそこにあって、足を踏み外せばもう帰ってこれなかった。私はどうすればいい? 私は何になればいい? 問いかけても、あの人が望む答えは分からなかった。





 枕に顔を埋める。まだほんのり太陽の匂いが残ってる。昨日、カバーを干したことを思い出すと、そこでも独りだったことが急にプレイバックする。日光が照りつけたあの日、私は何を思っていたにだろうか。何度頭の中を探っても、あの時、感情が抜け落ちていたかのように思い出せなかった。
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