雨の日が来たら、君を思い出すだろう。

雪莉月花

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色気の正体

五十二話

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「まだ、悲しい?」





 私はいつもの調子で、猫撫で声を出す。兄は、心配するな、と優しい声で言って、私の頭を撫でた。温かい手だった。私は、ごめんね、と言って、優しくキスをした。






 いつのまにか雨は止んでいて、アスファルトに日差しが差して、もう乾いていた。雨。私が好きな雨。兄を初めて目にしたときに降っていた、雨。雨が降れば、兄をいつも以上に考えた。





 でも今の私に雨はいらない。雨がなくても、こうして隣にいれる。恥をさらしあうことは、私を安心させた。もう隠すものもない。ずっと後ろめたかった名前も、年齢も全て裸だった。








「あのね、私、あなたがお兄ちゃんで…」






「いい。そのことは、考えるな」







 そのとき、視界がまっくらになった気がした。兄は妹の私は、いらないということに気付いてしまった。妹の私が嫌いで、他人の私が好きなのだ。私は、兄とほんとうの家族になりたい。そのために何でも受け入れた。







 だけど兄は、私と本当に愛し合いたいのだ。家族愛ではなく、運命的な愛。私と兄の愛は、平行に進んでいく。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 月曜日の学校は、皆が知らない人に見えて少し怖かった。クラスメイト、後輩、先生、それら全てが知らない人。全ての視線が気になり、兄が私を汚していると、感づかれないか不安だった。






 長い授業が終わり、皆が部活に励んでるとき、私は教室の隅の机に顔を埋めて眠っていた。固い机に、肌を滑らす。冷たい感触が頬を撫で、やんわりと潰す。背中にひっついた制服が、精一杯のびる。







 …どれくらい経っただろうか。気付けば、あの青い空が変色していた。肘を教室の机について、窓越しの空を眺める。夕暮れで、橙色に染まっていた。美しい、茜色がまだらになっていた。







「多苗悠花さん」






 聞き覚えがある、だけどいつもより少し暗い声だった。振り返ると、肩まである髪の毛を結んだ先生がいた。毛先がしっかり下を向いていて、綺麗だった。何故だが、先生は笑っている。不思議に思って、だけどつまらなさそうに、なにかあったんですか、と聞いた。







「あなた、やっぱり学校では少し子どもっぽいなぁ、って」






 私に対しての嫌がらせなのか、悪気のない笑顔で言われると少し苛立った。その天然は、生まれ持ったその才能は、私の敵だった。あの人は、この笑顔に弱いことを知っている。私はたっぷり皮肉をこめて、悪戯っぽい口調で妖しく言った。






「先生、兄と寝たんでしょ」






 先生から笑みが消える。私は、続けて言う。





「分かるよ、そのくらい。だってあの人と血がつながってるもん」




 毒を吐く。饒舌に動き、見下す。それしか、自分自身の敗北感を隠すことが出来なかった。

 



「先生があの人と寝ても、あの人はずっと私のもの。あの人は、ずっと私のことしか見ていない」









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