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禁忌でも、愛さずにはいられない
四十六話
しおりを挟む「なに泣いてるの」
こいつは、震えながら笑った。お前も泣いてるくせに、と言い返せなかった。ただ、訳も分からず、みっともなく鼻水を垂らした。唾液をいつもよりたくさん含ませながら、こいつは俺の口に舌を入れた。粘り気のある、透明な液体。俺は猛るように、一滴残らず吸い取ると、こいつの乾いた口を湿った舌で潤してやった。
涙も、唾液も、汗も、混ざりあって、最終的にはひとつになればいいのに。だってそしたら、血も混ざって、俺はもう憎む必要がなくなる。血が、欲しい。ただ、ひとつになってしまったら、こうやって抱きしめられなくなると思うと、少しだけ名残惜しい気もした。
俺は、こいつの肩に顔を埋め、思いっ切り吸い込んだ。シャンプーの匂いとともに、こいつ自身から漂わせている落ち着く匂いが鼻腔に入ってきた。思わず煙草を吐くように、ゆっくりと息を肩にかけた。あつい、とこいつが呟く。だけどその声は、吐息が混ざった、甘えたような声だった。
「忘れるなよ、俺のこと」
いつのまにか囁いた俺の声は、幾度となく出した声よりより親父に近い響きがあった。あぁ、あのときの声だ。そう思ったら、悲しさがこみあげてきて、顔をゆがませながらだったけど、無理矢理笑った。その時だけ、親父が乗り移ったみたいだった。あの時、親父はこんな複雑な気持で俺にこの言葉を投げかけたんだろう。
それは、ただの慈しみではなかった。苛立もすこし混じった、だけどほんとうに離れたくない愛おしさが残って、一言で口にするのはおこがましかった。
唇をもう一度、こいつに重ねる。すこしだけ、甘い味がした。
––––––––––––––––
日の光は窓から全体に差していて、目を開けると眩しかった。遠くの方で、小鳥が甲高い声で鳴く。ひとつ、あくびをすると、目が潤んだ。ベットがきしむ音と、俺の声が重なってしまう。
あれから俺とあいつは玄関で果て、ひと休みしてからもう一度ベットで交わった。自身の匂いを嗅げば、あいつの匂いがこびり付いているような気がするくらい、深く抱き合った。つながっている場所が、熱くて火傷しそうだった。
そういえば、あいつは…、とベットを起き上がろうとすると、急に手を掴まれた。細長い、冷たい手。紛れもなくあいつの手で、その手を握り返すと、あいつは微笑んだ。俺もつられて、笑ってしまう。
あいつがいるなんて、いつもと違う。それは、世界の始まりのような、終わりのような感覚だった。湿ったシーツから、俺でも分かる独特な匂いがした。それは、俺とこいつが存在する証で、昨夜交わした契れの代償なようなものだった。
禁忌、でも構わない。たとえ先人から教えられた知恵でも、忌まわしくて不吉でも、愛さずにはいられないのだから。もう俺は人間ではなかった。人間を捨てた、獣だった。
「悠治…。私たち、もう離れないよね」
静かに言う。昨夜ならすぐに言えた筈の肯定が、言えなくなっていた。喉まで出ているのに、覚悟を決めた筈なのに手がどうしようもなく震えてだめだった。
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