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禁忌でも、愛さずにはいられない

四十一話

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 夜から降った雨は、止む事を忘れたように朝になったこの瞬間でも強さがおさまらない。思わず床に息を吹きかける。鈍色が、窓から零れ出る。いつもは閉めているはずのカーテンは開いていた。ゆっくりと、立ち上がった。床で寝たから、肩の骨や足の筋肉やらが痛かった。頬を撫でると、一本線がついていた。






 嵐太は分かっている筈だった。親に振るわれた暴力の痛さも、だけど愛してしまう切なさも。全て理解して、一緒に雨の中で打たれてくれると思った。あの春の瞳。あの目は、同じ、孤独者だとすぐに分かった。だから、期待した。それが昨日、ばらばらに砕け散った。





 窓の外を見つける。見つめた筈なのに、ガラスに映った俺が邪魔をした。空っぽな目をした、孤独な男がそこにいた。自己嫌悪がぐっと込み上げ、思わずガラスを叩いてしまう。鈍い音が、部屋中を走り回って俺の元へと帰ってきた。





「くそっ…」




 何度叩いても手が勝手に動き、鈍い音を永遠と響かせる。やがて手の方が、ガラスの硬さに耐えきれなくなり、肌から真っ赤な血がにじみ出た。痛かったけど、ガラスに付いた血は、わずかな光に反応して美しく光っていた。単純に、綺麗だった。




 むかしの、記憶が頭の中を横切る。今の痛みは、親父のなんかより、ぜんぜん比べものにならないくらいのかすり傷だった。そう考えると、もっとあの痛みが、親父を象徴するあの痛みをもっと欲した。





 あぁ、あの頃に戻りたい。





 叱咤された夜に響くかわいた声も、抉るような腹の痛みの後の刺激臭も、全てがなつかしい。恐怖もいつしか消え去ったとき、俺はもっと欲しがるようになった。痛いのは、嫌いだった。今もだ。だけど、それが親父の痛みだとしたら、それを快く受け入れるだろう。

 





 雨が降っている。横殴りの雨にいつもなら心を弾ませるはずなのに、今日に限って靄がかかったように俺の心は沈んでいる。理由は分かっている。いつまでたっても、時雨がこないからだ。俺は何時間待ったのだろうか、何分待っただろうか。他の男のところに、いってはいないだろうか。…なぁ、時雨は俺を一人にしないよな。なぁ…。







 急に、背後から凄まじい気配がした。さっきまで続いていた慈しみを欲する感情も、全ていなくなっていた。後ろを振り返れば、そこには奈落が待っている気がした。冷たい風が、足の間から抜け出す。





 親父は、俺を一人にした。そして、惨いような最後を迎えた。だけど、時雨はどうなんだ。一瞬のうちに、俺を魅いた憎らしい女。あいつが雨を好いて、その日に合わせて俺に会っていることは何となく分かった。その雨が降っているのに、なぜ時雨は俺の元に来ない。俺を独りにしないでくれ。





 覚えている、私も幸せになれる気がする、と。あいつが言ったのだ。あの湿った色っぽい声を、俺は忘れない。忘れることができない、心地よい響き。





 昔、親父が言った。忘れるなよ、俺のこと、と。泣き笑いのような、寂れた顔で、喉を震えさせながら小さく言った。俺の元から離れるのが悲しいのか、ストレスの吐き出し口が側に置けないのが苛立つのか、その時はわからなかった。俺はその時、前者だといいな、とこっそり願っただけ。




 俺は心地よい、どこか楽しんだ低い声がいつまでたっても好きだった。女に遊び慣れた、ダメな男の声。煙草を吹かせば、天性の魅力で女をいつも引き寄せていた。




 親父の声を思い出す度、いつのまにか時雨の声が耳をかすめるようになった。あの、どこか人生なんでどうでもいい、と言わんばかりの顔が親父と重なる。親父と時雨は、どこか似ていた。

 
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