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懐かしい人
二十六話
しおりを挟む「お願いって…」
強く押されると、居たたまれなくて困ってしまう。また、先生は生徒にいつも笑顔をみせていたのもあってか、先生がねだるような上目遣いをすると、たまらなかった。温かいご飯が恋しく思っているのが、実のところ本音だ。ここの所、残業続きだったので、最近は唐揚げ弁当や、煮物弁当などのコンビニ弁当しか食べていない。そんな中で、この提案とは先生も意地が悪い。
「…では、お言葉に甘えて頂きます」
ありがとう、と先生は微笑む。一瞬、昔の記憶が頭の中に流れ込む。むさ苦しい高校生活に、息抜きでする先生と会話。先生とは、他人には触れたくない家庭の話もした。多分先生の事は、少しだけ好きだったのかもしれない。でもそれはもう過去の話。今は、恋慕の情など湧かなかった。
他愛のない話を幾度かし、先生の家へ向かった。先生との会話は久しぶりだからか、昔より積もる話はあまりなかった。しかし、不思議と居心地は悪なかった。
会社から約一キロ離れた場所に、先生の住む場所はあった。七階建てのいたって普通の、ベージュのマンション。先生は二階に住んでいて、玄関を開けるとラベンターの香りがした。靴はスニーカーと、サンダルしか出ていなくて、隣にある靴おきに綺麗に整頓されていた。清潔だな、と関心しながら玄関を上がると、床には多少の畳まれた服が置いてあっただけで、見習いたいくらい片付いていた。
「ごめんね、朝忙しくて、洗濯物畳みっぱなしだった」
先生は衣服を片手に、そう言い、すぐさまタンスに仕舞いにいった。数分して帰ってきた先生は、いまつくるから待っててね、と冷蔵庫を開けた。別に盗み見をするわけではなかったが、冷蔵庫は調味料が隙間無く並んでいて、性格が現れていた。
十分程ぼーっとしていたが、先生の、できたよ、という声で我に返った。いい匂いが、漂う。先生が作ってくれた手料理は、とても健康的だった。先生曰く、遅い時間に重いものは食べれないでしょ、とのこと。
黒みそが使われた、豆腐とわかめ、油揚げ入りの味噌汁。小ネギがトッピングされている。あっさりとした豚肉の生姜焼きに、ひじきの副菜。それに何と言っていいか分からない、もっちりご飯。いつもの食事と比べものにならない程、美味だった。
「先生、やばいです。お店だったら、毎日通います」
箸を動かすスピードがいつもより早く、あっという間に平らげた。
「褒めても何もでないわよ。ご飯のおかわりは出るけど」
「ください」
即答で返し、味噌汁とご飯のおかわりをした。
おかわりも平らげたあと、お腹をさすっていると、先生が手を口の近くに持っていき、柔らかに笑った。
「良い食べっぷりだね。ところで、今日どうする」
「あと少ししたら、帰ります」
「もう終電間近だし、泊まっていったらいいんじゃない。ここからの方が、会社近いでしょ」
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