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同じ匂いをさせる同僚

十八話

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 桜庭は誰のものにもならないと思って油断していた俺が、馬鹿みたいだった。




 桜庭がこころまで奪われしまうには、そう長くの時間はいらなかった。むしろそれは一瞬で、俺の立ち入る隙なんてなかった。憎かった。けど、あいつは本当についていないな、と哀れむと同時に、それでよかった、と嬉しさがこみ上げてきた。






 女は突然やってきた。午前九時、俺が桜庭の残った仕事の為に、土曜出勤していると、女が尋ねてきた。長い髪を左右に揺らし、長い前髪の隙間からこちらの様子を、他人事のように伺ってきた。






「桜庭、さん、いますか」




 そのとき、ぐっ、と女の匂いが増した。人工物に埋もれていた、女から匂う素のにおい。鼻が一瞬で潰れそうな、強い匂い。それは、桜庭とよく似た、性のにおいだった。焦点が合っていない。




「桜庭なら、今日休みだよ」



「そう…ですか」




 女は少しだけ考え、躊躇いながら言った。



「家、教えてくれませんか」




 女はただ、必要最低限の言葉しか、口にしなかった。まるで人と馴れ合うのを極端に拒否しているように、自分の感情を外には出さなかった。髪の毛をよく触り、髪の毛意外にはあまり興味がなさそうとも言えた。




 俺は少し考えて、ようやく分かった。この女は、一昨日桜庭とひとつになったやつだ。その証拠に、すこしだけ桜庭の匂いがこびり付いている。洗っても消えない、性の、桜庭の匂い。





「ついてきて」





 女は何も言わずに、傘を揺らすだけだった。本当に言葉の意味が分かっているのか、と思いはしたが、俺が一歩歩き始めると、子猫のようについてきた。さきほどより、足を軽くしてついてくるような気がした。






 最寄りの駅まで沈黙を貫いた俺だが、お金持ってない、という女の声で破られた。最初は、幽霊のようにか細く何度が聞き直したが、ようやく人並みに聞こえるような声量になった。相変わらず、湿った声だった。





「いいよ、俺出すから。あとで、桜庭に請求するし」



 小銭で、切符を二枚買い、一枚を女に渡す。女の手の端が少し当たってしまったが、女は動じもしなかった。





「ありがとう、ございます」



 ただ、そう言ってあとは俺のことなど興味なさそうに、電車の窓越しの景色を遠目で見るだけだった。雨で、全体が灰色がかっていたが、どこかの車のライトだけは煩わしい程に光っていた。





 水滴が窓にひっついたり、遠のいたりと忙しい。また、時々大きな粒が小さく弾けて、ばらばらになる。散った雨は、この広い空の中で、くるくると回っていった。あと少しでくっつくというのに、もう元の粒に戻る事は全然なくて、少しだけさみしかった。





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