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同じ匂いをさせる同僚
十七話
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「桜庭、彼女いたの」
日曜日をはさんで、尋ねた。
「いや、いないけど…。あ、いるいる」
妙に焦った様子から、土曜見たあの女と健全な付き合いをしていない事が分かった。二人の様子から、恋人同士ではないことは薄々気付いていたが、今確信に変わった。女の方は、桜庭に愛情を向けているようだったが、こいつは違うだろう。
だって、幸せそうな顔をしていなかったのだから。本当はどんな顔をしていたか分からなかったが、俺には奈落にいるような、暗い顔に見えた。ぼんやりとする桜庭の顔を雰囲気で捉えたので、作り笑顔には俺は騙されなかった。
「ま、いいよ。桜庭がセフレの一人や、二人作ってても驚かないから。むしろ、そっちの方が健全だから」
「俺の人物像、相当なやつだな」
行きずりの女と、一夜限りの関係をもつよりは、マシだろう。それでは、俺の母親と同じ部類の人間になってしまう。お金を集って、自分の欲望を吐き出しているヒモ男には、なってほしくない。真面目に仕事に取り組んでいるからこそ、こいつの魅力が増すのだ。
「なぁ、嵐太。俺って、そんなに顔に出てる?」
子犬の如く、びくびくと震え警戒しているこいつが可笑しくて、思わず吹き出してしまう。取り乱した姿を見られまいと、真顔に戻るが、桜庭がなんだよ、と不満そうに聞いてきてより可笑しくなった。消え入りそうな声が、またかわいい。
「安心して、女の子たちは気付いていないみたいだから。それに俺以外のやつは気付いていない。皆、お前の事、爽やかな健全イケメンだと思っているか…ら…」
自分が発した言葉に、耳を疑う。俺以外、気付いていない。こいつがどうしようもなくだめな男で、憎らしいほど他人から愛されている事を。桜庭の化けの皮をはいだら、それはもう人間ではなかった。なにか、悪い悪魔が取り憑いているようで、人の心などありもしなかった。
人の心を奪い、取り巻きが何人も増えていく。かくいう俺も、桜庭から甘い蜜を、送り続けられている。餌付けするように、餌を与え続けられている。こいつが悪魔だってしっているのに、俺を依存させていく。あぁ、こいつが俺をだめにしていくのだ。
俺は徐々に上がっていく体温を感じ、席を乱暴に立った。桜庭が俺の名前を呼ぶが、この状態を見られたくなくて、応えなかった。革靴を慣らしながら、トイレに走っていく。すれ違った何人かは、奇妙ななにかを見るように戸惑いの色をちらつかせていた。
トイレまで足を止めずに走ったので、すこし息切れをした。鏡をみると、そこには酷い顔をした自分がいた。いまにも崩れそうな、顔。あぁ、やっぱり桜庭にはこんな顔見せられなかったな、と自分がとった行動に感心する。
桜庭は、誰のものにもならない。他人に愛され過ぎているのに、それに応えようとしない。桜庭の目には、皆魅力が足りていないのだろう。卑屈に顔を歪ませる。その顔の正体は、こころからの嬉しさだった。それでいいのだ、桜庭が誰のものにもならなくても。だって。だって、俺は桜庭の秘密を知っているのだから。俺は他の奴らとは違う。そう一線を引いていないと、こころが潰れそうだった。
桜庭、桜庭、さくらば。少しでもいいから、こっちを向いて…。
日曜日をはさんで、尋ねた。
「いや、いないけど…。あ、いるいる」
妙に焦った様子から、土曜見たあの女と健全な付き合いをしていない事が分かった。二人の様子から、恋人同士ではないことは薄々気付いていたが、今確信に変わった。女の方は、桜庭に愛情を向けているようだったが、こいつは違うだろう。
だって、幸せそうな顔をしていなかったのだから。本当はどんな顔をしていたか分からなかったが、俺には奈落にいるような、暗い顔に見えた。ぼんやりとする桜庭の顔を雰囲気で捉えたので、作り笑顔には俺は騙されなかった。
「ま、いいよ。桜庭がセフレの一人や、二人作ってても驚かないから。むしろ、そっちの方が健全だから」
「俺の人物像、相当なやつだな」
行きずりの女と、一夜限りの関係をもつよりは、マシだろう。それでは、俺の母親と同じ部類の人間になってしまう。お金を集って、自分の欲望を吐き出しているヒモ男には、なってほしくない。真面目に仕事に取り組んでいるからこそ、こいつの魅力が増すのだ。
「なぁ、嵐太。俺って、そんなに顔に出てる?」
子犬の如く、びくびくと震え警戒しているこいつが可笑しくて、思わず吹き出してしまう。取り乱した姿を見られまいと、真顔に戻るが、桜庭がなんだよ、と不満そうに聞いてきてより可笑しくなった。消え入りそうな声が、またかわいい。
「安心して、女の子たちは気付いていないみたいだから。それに俺以外のやつは気付いていない。皆、お前の事、爽やかな健全イケメンだと思っているか…ら…」
自分が発した言葉に、耳を疑う。俺以外、気付いていない。こいつがどうしようもなくだめな男で、憎らしいほど他人から愛されている事を。桜庭の化けの皮をはいだら、それはもう人間ではなかった。なにか、悪い悪魔が取り憑いているようで、人の心などありもしなかった。
人の心を奪い、取り巻きが何人も増えていく。かくいう俺も、桜庭から甘い蜜を、送り続けられている。餌付けするように、餌を与え続けられている。こいつが悪魔だってしっているのに、俺を依存させていく。あぁ、こいつが俺をだめにしていくのだ。
俺は徐々に上がっていく体温を感じ、席を乱暴に立った。桜庭が俺の名前を呼ぶが、この状態を見られたくなくて、応えなかった。革靴を慣らしながら、トイレに走っていく。すれ違った何人かは、奇妙ななにかを見るように戸惑いの色をちらつかせていた。
トイレまで足を止めずに走ったので、すこし息切れをした。鏡をみると、そこには酷い顔をした自分がいた。いまにも崩れそうな、顔。あぁ、やっぱり桜庭にはこんな顔見せられなかったな、と自分がとった行動に感心する。
桜庭は、誰のものにもならない。他人に愛され過ぎているのに、それに応えようとしない。桜庭の目には、皆魅力が足りていないのだろう。卑屈に顔を歪ませる。その顔の正体は、こころからの嬉しさだった。それでいいのだ、桜庭が誰のものにもならなくても。だって。だって、俺は桜庭の秘密を知っているのだから。俺は他の奴らとは違う。そう一線を引いていないと、こころが潰れそうだった。
桜庭、桜庭、さくらば。少しでもいいから、こっちを向いて…。
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