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同じ匂いをさせる同僚

十六話

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 端から見れば、何の会話をしているのか分からないくらい滅茶苦茶だった。あとから、休日に、と付け加えた。桜庭の返事を待っている時、まるであの母親に悪いところを見つかったように不安でいっぱいだった。





 桜庭は俺の不安を裏切るように、そっか、と優しく返事をするだけで俺をからかったりしなかった。俺が不自然に震えた態度を見て、問いただすことはしなかったことは、寂しかった。興味ないのかな、と悲しかったけど、それはさっきの自分と同じだったことを知り、ほんとうに何も言えなかった。






 だけどほとぼりが冷めてから、独り言にしては大きい声で「お前も、俺もつまらないな」と冗談じみながら、空を仰いでいた。その声に、俺以外誰も気付く事もなく、さっきまで女子に話しかけられていた桜庭が、空気になったようだった。俺はというと、存在を消したそいつの断面の秘密を知って、ひとりで喜んでいた。





 相変わらず、美しくて儚い横顔を見つめながら、手を近づけてしまう。だけど母親に汚されたこころと、からだで、触ってしまえば花のように腐ってしまう気がして、ペンをわざと落とした。上げた手を落としたペンを拾う事で、紛らわせいた。



 
 行き場を間違えたペンは、鈍く先が光っていた。桜庭が複数の女に話しかけられている。よく分からない匂いをまき散らしている女たちは、桜庭の肩に手を置いている。異性に嫉妬したのは、これが初めてだった。




 俺は一度だけ、女と一緒にいる桜庭を見た。あれは雨上がりで、湿った日。気まぐれに、ふらりと外に出て歩いた。雨の匂いが、漂ってきた。だけど雨の中に、ほんのりと性の匂いがして、辺りを見回した。分かりやすい程、高級感漂うマンションが建っていた。






 一つ、一つ窓を流れるように見つめていたら、四階のベランダの窓が開いていた。不用心だな、とまじまじと見つめていたら、煙草をくわえた男がだるそうに出てきた。色っぽい、男。紛れもなく、桜庭だった。いつもはセットしている髪は、半分左目を隠している。その目が動物のように急にぎろりと、左右に動いた。あ、目が…。






 目をそらした時、生憎女が薄着で出てきた。髪を茶色に染め、きつく巻いて、下着に、柔らかそうな上着を羽織っている。赤い唇が、少しぼやける視界で輝いた。女が自然な形で抱きつくと、桜庭もそれにこたえて大きな手を腰に回す。二人が顔を近づけ、舌を赤くちらつかせながらキスをする。ここまで息遣いが聞こえてきそうなくらい、二人は互いを食い合っていた。




 女が満足したのか、我慢できなくなったのか、女が部屋に戻ろうとしたとき桜庭と目が合った。いや、桜庭から目をあわせたと言った方が良いのだろうか。だってあいつは、俺に気付いていながら、恥じらい無く女と接吻をした。まるで、見せつけるように、俺に見やすい角度で舌は絡まった。




 
 桜庭が左手の人差し指を出し、唇に当てた。まるで、秘密、と言っているように、妖しい瞳で見つめてくる。先に部屋に戻った女が、まだぁ、と甘い声で呼んでいる。桜庭は「煙草消すまで待ってて」と、真顔なのに優しくこたえた。強く煙草を、ベランダの鉄に押し付ける。茶色い葉が、風に乗って舞う。桜庭は、その後俺を一度も見ずに、女に引かれていなくなった。






 ドキドキと、胸がなる。あの悪戯めいた顔が、桜庭がいなくなった後でも、頭から離れなかった。
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