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再び、雨

十二話

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 俺は衣擦れの音が気になり、目が覚めた。カーテンの隙間からは、よどんだ空気が流れ込んでいる。窓の縁がすこし、雨で濡れている。カーテンを開けると、まん丸い月が雲から顔を覗かせていた。月が空の天辺より少しだけ西に寄っていたので、まだ十二時過ぎだと言う事が分かる。



   
 月明かりに頼り女を探すと、案の定下着を付けていた。二つ穴がある下着のホックに片方しか掛けられなかったのを見て、俺は手を伸ばす。慣れている手つきで、ホックを引っ掛ける。するとその衝動で、左右に下着が伸びる。肩でねじれていた紐を、直す。女が肩を強張らせる。



 額に手を当てると少し熱っぽく、まだ風邪を引いているようだった。ただ先日よりは、気持悪くなかった。    





「もう、行くのか」




 か細い声で、寂しく鳴いてみる。また、またあの人に愛されないトラウマが戻ってくる。何か黒い津波のように飲み込まれそうに怖くて、ただ小刻みに震えるだけだった。あれほど女の顔をまじまじと見ていたのに、直視出来なくなった。だけど女ははっきりした声で、言い放った。




「今日は、帰らなきゃいけない。朝には戻らないといけないから」




 今日は、なんてこの前も帰ったくせに、とふてくされていたが女は俺の手をしっかり握り微笑んだ。




「あなたと私は、深い本能で繫がっている。また、雨の日に」



「待て」 



 手をゆっくり離され、女が立ち上がった時、意識が朦朧としている中で細い手首を掴む。あともう少し力を入れれば、折れそうな程力強く握る。骨の間に、俺の手がゆるく食い込む。骨が、生々しく形がはっきりしていた。


「俺の名前……、どこで知った」



「名刺、勝手に見た」



「それと」 




 女が俺の腕を振りほどこうとするが、その力より大きな力で引っ張る。下着姿の女が倒れ込んだ。そして、質問を重ねる。 




「お前、何ていうの。名前」




 耳に唇が触れそうな程、近くで囁く。女がくすぐったそうに、片方の肩を上げる。女は静かに瞳を閉じて、美しい音色を奏でるように答えた。



「しぐれ。時の雨の時雨。良い名前でしょ」




「あぁ」



 何となく感じた。彼女は、息を吸うように嘘をついていると。だが俺は、俺は女の嘘を満足するように、口に出した。




「時雨…。また今度な」




 それに頷くように、女は…。時雨は優しく微笑んだ。そして時雨は服を着て、風のように帰っていった。時雨の匂いが残った枕を抱きしめると、不思議と涙が出てきた。あれ以上は踏み込んではいけない、そう思い知らされたように、二度と自分から時雨のことを聞かなかった。
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