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再び、雨
八話
しおりを挟む金曜日の昼は、いつまででもぼんやりとしていた。風邪を引いてることもあるが、それだけではない気がする。あいつのことを思い出して、何故だか憂鬱になったのだ。心に蜘蛛の巣がかかったみたいに、酸素が入る隙間が小さくなっている。息が、しづらい。
結局体温を計ると見事に三十七度を超えていて、あと数度で三十八に届きそうだった。こんなにやわじゃないのになぁ、とか細い声で呟き、目を瞑る。瞼の不規則な模様が、本当の暗闇を妨げる。仕方なく眼球を下に向けると、少しだけ暗くなった。
(……そうに、あんた、かわいそうに)
汚い音吐が直接頭に語りかける。その声で、むかし土足で、他人に荒らされた記憶が一気に甦る。なにも知らない他人が、泥で俺の心を塗りつぶしていく。
(あなた、まだ中学生なんだから忘れなさい。あんな外道な人なんて)
また、さっきとは違う他人がなだめるように言う。俺の大切な人を、悪く言った奴。顔は覚えていないが、きっと見るにたえない醜い顔をしていたのだろう。その証拠にまだ耳に、ノイズがかった不協和音の声が聞こえる。
「忘れねぇよ…。あの人の事は、ずっと愛してるのだから」
自分でも驚くほど低い声で、醜い大勢に言い返す。
(あなたは、忘れちゃいけない。……も、……も。だから、だけど……になって)
今度は温かい他人が、語る。他人は否定しなかった。俺の愛情も、あの人の行為も。だけど寂しく、大人になって、と呟いた。
大人になったら、愛してくれるのか、未熟だった昔はそうこたえた。だけど今はしっている。それは叶わぬことなんだと。だけど俺は、あの人を愛させずにはいられない。あの人に向ける愛に見返りがないことは、ずっとガキの頃から知っていた。ずっと目を背け続けていただけだったのだ。もう俺は、大人なんだ。
「だけど、だけど。一度でいいから、愛して…」
自信がない、消え入りそうな声はひとりぼっちの部屋に残された。憎いほど透明な雫が、重力に体をのせて枕に落ちた。鼻の奥が嫌なくらい、つーんとする。俺は、枕の模様が、不規則な水玉になるまで泣き続けた。朝になると、真夏にかいた汗を吸ったように、枕は濡れていた。
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