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雨の匂いと共に

五話

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、実は幽霊だったのではないかと妄想する。が、ベットには、かすかに生臭い匂いがこびり着いていた。鼻腔を刺す、嫌な匂いだ。また、まだ隣には女がいたであろう温かみが残っている。幽霊の如く消えた女だが、確かにあの夜いた。



 せめて名前くらいは教えてくれても良かったのではないかと、苛立ちを覚えるが、女がいない事実の方の虚しさが心の中で勝った。



 半裸のまま部屋を歩き回り、煙草の入った箱を机から取り出す。慣れている手つきで、煙草を一本出す。何度かライターを押しても火がつかないので、やけになって思いっ切り押すとぼうっと火がついた。




 ちりちりと、煙草の焼ける音がする。口づけするように吸うと、肺の中に不純物が入っていく。深い消失感は、煙草の苦い味だけでは誤摩化せなかった。ただ、気持悪いだけだ。煙草の煙が、宙を面白可笑しく舞う。




 女の体の感触が、今でも手に残っている。煙草のざらざらとした触り心地が女と違い過ぎて、違和感を覚える。女特有の柔らかさ、唇を這わせると紅く模様のように広がる跡。そして、女が鳴くように出す甘い声。全てが愛おしかった。



「あー、しくじった…」 


 女が帰るくらいなら、一夜くらい起きてれば良かった。後悔しても、女は帰ってこない。




 煙草の味に飽き火を消そうとするが、周りに灰皿がなかった。反射的に吸いかけの煙草を手首の肌に押し付けると、熱さのあまり衝動的にやめてしまう。皮膚が焼ける音と匂いが、生々しかった。擦るように撫でると、少々血が滲んできた。




    これを熱いと思ってしまうほど、時が経ってしまったんだな。昔は慣れ過ぎてきて、もっと長い時間耐えてられたのだが。その事実が妙に悲しかった。時が経てば経つ程、あの人と過ごした日々が泡となって消えていく。あの人がいた証明は、段々と少なくなっていく。もう血、だけだ。





 二本目の煙草を出して吸う。もう一度煙草を吸うと、変わらない苦さが口の中に広がる。ため息のように深く、大きく吐いた。 胸がきゅうぅ、と締め付けられる。それでも俺は、吸いかけの煙草を何度も吸った。



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