雨の日が来たら、君を思い出すだろう。

雪莉月花

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雨の匂いと共に

二話

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 思ったよりも低くて、しかし男とは違う高さを持っていて、それが妙に甘ったるかった。その声色は、例えるなら遊女のように男に慣れ、誘惑するかと思うほど粘り気がある。言うまでもなく、刺激された。全身が、痺れるように疼いた。





 俺は冷静になり、どうすれば女の近くに居れるか真剣に考える。その姿は、女を口説くようだった。 



「お前、家はどこだ。送っていってやるから案内してくれ」    







 すかさず女の前へ体を滑り込ませると、口実を無理矢理作る。見知らぬ女に声をかけたのは初めてではなかったが、自分の声が少し震えていたので不思議だった。しかし不自然にはならなかったと、自分で思い込んでる。







 ゆっくりだが、傘を差し出されても歩き続けていた女はぴたりと止まる。大粒の雨が、だらだらと俺の首筋を、背中を、駆け抜ける。しかし、いくら待っても返事はない。禁忌に触れたように、女は反応せず、ただ下を向くだけである。 






 脈無し、か。と、ため息を短く漏らす。仕方ないので女の容姿を舐め回すかのように、見つめる。ほっそりとした顔に相反する、ふっくらとした弾力のありそうな唇。目は切れ長で、しかしくっきりとした二重まぶたと長い睫毛により、強調される。その顔立ちと、落ち着いた様子から、俺と同じ二十代後半か。と、勝手に決めつける。身につけているものをみると、鞄も持たず、財布も持たずだった。    



「ちょっと、ついてこい」
  





 俺の声は、激しく降り続ける雨にかき消されて聞こえているのかよく分からなかった。が、女は浅く頷くように、一度上げた顔を時がゆっくり流れるように下へと傾けた。雨は先ほどより、強くなった気がした。







 何度か俺の肩と、女の頭が触れ合う。その度に女は、下唇を噛むように顔を歪ませると、俺との距離をおく。だけど雨が女の肩をかすめると、慌てて俺との距離を縮めてくる。ふわりと、雨の匂いが混じったシャンプーの香りが辺りを包む。    






 そんなことをやっていると、俺の住んでいるマンションに着く頃には、二人とも雨男雨女のようにびしょ濡れになっていた。足の長さの違う、女の歩幅に合わせるのは思ったよりも簡単で、むしろ女が大股で歩いているかの様に感じた。      



 「風呂沸かすから、入ってこい。女物の服はねぇから、俺ので我慢してくれ」    





 乱暴に俺の服と、大きめのバスタオルを投げると、ソファーの上に大きく座った。しかし、いつまでたっても女は動かないので、風呂はあっちだぞ、と声をかける。それでも動く気配がないので、女の手を引っ張ろうとする。    



「あなたは、どうするの」




 女の隣に立つと、聞こえた声。予想外で、目を見開いてしまう。また、やっと会話らしい言葉を聞けて、ふっと安堵の笑みを浮かべてしまう。それが何故か納まらなくて、はっ、はっと短く言葉を吐き出した。俺に興味がないと思っていた奴からの、心配の言葉は思いのほか表情を緩ませ、笑いを誘わせる。      








 女が不思議そうな顔で首をかしげると、それが可笑しくて、薄ら笑いで留めるはずだったが、やはり笑みが溢れてしまう。 
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