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入学編
七話 救済
しおりを挟む学園長が試験の全容を言い渡した。マイクを通したような音声で。いや実際マイクは通しているだろうが。
殴り合え。受け手である新入生たちはほぼ皆一様に困惑していた。そのどれもが、青春を満喫しようとしていた生徒、目立たず気の弱い生徒、そして女生徒などで構成されていた。
「ちなみに殺すのは無しだ。もし仮に人を殺してしまった場合はこの島のみならず社会から追放されることとなる。刑務所にもぶち込まれる。少年法が効かないからな」
試験の追加説明をしても、生徒たちは固まっていた。
一向に動こうとしていない。展開が急すぎて追いつけていない様子だが、それはそうだ。
唐突に殴り合えと言われて殴り合う輩はそうそういないだろう。よっぽどやんちゃしてきたような奴でもなければ。
――――そうだ、いる。やんちゃしてきた生徒は、この学園にごまんといる。
遠方で悲鳴が上がる音がした。
「合法だよな⁉ なら思う存分暴れさせてもらうぜ‼ オラッ、リタイアしたいやつとМの奴は来なぁ‼じゃなくても殴り飛ばしてやるよ‼」
一般生徒を五人ほど相手にする男。体脂肪率と脳の筋肉以外の部分が五パーを下回ってそうな、ザ・脳筋と言った見た目の筋肉達磨、猿間龍二。
「学園長が認めたんだ、文句は言えねぇよなぁ」
周囲の人々を性別問わず殴りまくる、西道の出身中学校が同じ女、如月狂須。
「こ、来ないでぇ……僕、痛いのやだ、やだ。から、来ないでよぉ……」
真後ろにいた生徒に殴り返し、一撃で沈めた、言葉と行動が全く逆な男、静薄渉。
「……めんど。早く終わんねぇかなぁ」
と気だるげ言いつつ、周囲の生徒へ眼にも留まらぬ速さで蹴りをお見舞いさせる男・豹見潤太。
彼らが火種となり、体育館での乱闘に火が付く。 彼らが中心となり、体育館は混沌と化していく。
受け入れがたかった生徒たちも、その二人に拳を握り始める。その気でなかった生徒も、殴られて火が付く。言うなれば全員が全員着火剤。男は男を、女は女を殴る。如月を除けば大抵はそれだった。
もはや戦場だ。学園長の言葉で静まり返っていた体育館が、今これだけ荒れている。殴打音だけが、空間を占有していた。
そんな中、西道は体育館の端時に移動していた。先頭に並んでいたことが功を奏したようで、連中の殴り合いに巻き込まれる前に脱することができた。
「剛……あいつどこいった」
友達の姿を探した。が、動いている者で彼らしきものはいない。
もしや、と西道は壁際の方を見る。右、運動場がある方だ。
彼はそこで、巨体をできる限り小さくして座っていた。
それに気づき、すぐに駆け寄る。どうやらこちらが走ってきていることにも、気付かないようだ。
視線の先は周りの生徒をハチャメチャに殴りまくる如月。彼はその一点を見つめて、離さなかった。
「……怖い、如月。怖い、如月。怖い――――」
彼は延々とそんなことを繰り返す。西道は肩に手をかけても気づかず、恐怖の一色で塗りつぶされていた。
掛ける言葉が湧かなかった。軽く舌を鳴らして、体育館全体を見渡す。西道の身長は170ほどで、見渡せる範囲はそれなりにある。少なくとも平均身長は越していることから、たいていの生徒は眼で見ることができる。
「悪く思うな――――」
拳を掲げやってくる男生徒。
西道は拳が飛んでくるより先に顔面に拳を当て無力化。自分がいる方へ崩れ去るそいつをひょいと避けると、再び全体を見渡した。
(……ほんと、見渡す限り殴り合ってるな。ちらほらやべぇ奴がいる。……あれは)
見解を心の内で吐き捨てていると、生徒と生徒の間から一人の生徒が映った。
剛と同じように、曲げた膝を両腕で抱え込んでいる。目線がおぼつかない、焦点が合ってない。
まるで、何かを恐れているような。
上を見た。にやりと笑い企みを抱えたような生徒が、感動を見ていた。
それを見た俺は、何とも言えない気持ちになる。
欠けた心が揺れ動くような感覚が走った。
――――何考えてんだ、俺。
気付けば西道は発進していた。生徒がいない体育館の壁際を、なるべく早い速さで。
♢♢♢♢
「殴り合え。気の向くままに。やるもやらないも自由だ。我々はそれを見て君たちを審査する」
試験の開始を言い渡され、その試験の内容を簡潔に伝えられる。
神藤学園長。父親からそんなことを言いだされた神藤は、心を試合終了直前のジェンガ並みに揺さぶられていた。
(パパ……何言ってるの?)
学園長の発言が心底信じられないかのような表情。彼の力強い眼光を見ながら、神藤は動くことができなくなっていた。
ふと、横を見る。にやつく男子生徒の顔が見えたからである。
危機感を覚えた彼女は一歩退り、その生徒との距離を詰めるように足を動かした。
「ッラァ‼」
躊躇なく振り抜かれた右腕。それを受けた男子生徒は変形寸前の顔面で倒れる。
ぞおっと、悪寒が走った。最後尾にいる彼女は、千鳥足で生徒たちが固まる場所から脱する。
――――おかしいとは思っていた。孤島にある学園という時点で。そして案の定、この学園には秘密があった。
この世界ではいまだに戦争が起きていて、日本でもそれがまだ続いている。形式は違えど格技戦争という形で戦争を行っている。この学園はそれに起用する戦士を育成するための教育機関だったのだ。
数か月前、父から手紙を貰った神藤は喜んでいた。
『奏花へ 元気にしているか。俺は今オルネイア学園という学校を経営している。奏花も良かったら来ないか。
推薦枠が一枚余っていてな、奏花が来るならその枠をお前に譲ろう。いい返事を待っている』
中学時代、神藤は母親、それから使用人との生活を送っていた。父が仕事で離れると言うことで、中学に入るときに兄を連れて出て言ったからだ。自分よりも兄を気にかけるのか、そう憶測していた奏花だったが、その手紙が届いて心に花が咲いたような気持になった。当然すぐ返事をした。全面的に了承という内容を、二日掛けて手紙に記して。
だが、実際に来てみれば、こんな制度を取り入れていた。
昨日《さくじつ》桂坂からその制度の片鱗を聞かされた時は『そういう制度もあっていいわよね』程度で軽く受け止めていたが、学園長、つまり実の父から制度の全容を聞かされた今、彼女は心底落ち込んでいた。
体育館の内壁で体育座りのまま蹲っている。できる限り誰にも気づかれないようにと思っての事だった。
(パパ……私を陥れるこの学園に招いたの? 違うよね、ねぇ……違うよね……?)
心の声は聞こえない。ただ一人聞こえるとするならば、それはもう一人の自分。
だが生憎と感動の中には一つの人格しかない。よって自分で自分に言い聞かせるしかない。
「怖い……怖いよぉ……」
今にも泣き崩れそうだった。
そんな時、誰かの影が彼女を覆った。
恐る恐る見上げる。そこに立っていたのは、不気味な表情をした女生徒だ。
「あ、あんた。あの学園長の娘よね」
指を差し、嫌な顔で問う。
「そ、それが何よ……?」
恐怖感を覚えながらも必死に見栄を張って、言葉面だけは気を強く見せた神藤。
だがその女生徒は怯んでない様子だった。それもそうだ、皆が殴り合っている中、一人だけその集団から外れ蹲っているのだ。自分より強いわけがない。
「……やっぱりね」
ほぼないようなものだった距離をさらに詰める。愉快そうな笑みを浮かべ、そのまま頬に平手打ち。
力の向きと同じ方へ顔を背けると、頭の中が真っ青になった。そして、瞳が激しく揺れ動いた。
「ならよかった、ここに来てるってことは、仲が悪いんでしょ? 普通の親だったら愛する娘をこんな学園に放り込まないよね!」
完璧に見透かされていた。彼女の瞳が、より一層強く揺れ動く。
もう一度平手打ちを食らう。顔の位置を正面にきっちり戻されて、次は右の頬。
左の頬には、ほんのりと赤みが現れていた。
「なら殴っても大丈夫じゃん! ねぇ!」
「や……やめて」
そう言っても彼女は止めない。愉悦に浸るような顔が、より一層濃くなっていく。
止まらない。この人は何を言っても止まらない。
震えを抑えるので必死だった。いや、抑えられていなかった。
頬を打たれる度その震えは強くなる。その度にしっかり顔の位置を戻される。その 動作がまたさらに彼女の恐怖感を増進させた。
強く願った。
――――助けて、誰か。
次の平手打ちが飛んでくる。
神藤は恐怖しながら、瞼を過剰なまでに強く降ろしていた。
トン。そんな音がした。優しく、それでいて力強い音だった。
それと同時に容赦なかった平手打ちの雨もやむ。
恐る恐る瞼を持ち上げてみる。少しずつ開けてくる視界、その中に彼はいた。
「……お前だから助けたんじゃないからな。困ってたから助けたんだ」
西道寧牙は女生徒の首根っこを掴み、此方を見ている。そして告げる。淡々と。
その光景に目を奪われた彼女は、それまで不規則に脈打っていた心臓を、確かなリズムを刻むように上書きした。
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