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再会と別れ、そして春が来る
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塾に入って、別の友達ができた。それも嬉しいことの一つだった。行き、歩いていたら、男の人に声をかけられた。
「俊介……」
「ここ、通ってるの? 僕の予備校の隣だ」
隣は医学部進学コース専門の予備校だった。
「何時くらいまで授業あるの?」
「今日は八時かな」
「子どもだけ? 気をつけて帰りなよ」
「駅までついてきてもらえる」
土曜日の授業の後、俊介と待ち合わせをして、勉強を見てもらった。彼は先生みたいにスラスラ解いて気持ちよさそうだった。
「偏差値の低い学校に行った方が、高校に入ったとき、ハンディになるよ。進み方が遅かったり、周りの勉強意欲が低かったり」
「親は、偏差値だけじゃないって言ってる」
「僕にはわからないな。先生の言う方が合ってると思う」
「私、中学に入ったら、そう言ってる本当のお母さんと暮らすかもしれない」
私はつぶやいた。
「誰彼なくついていくんじゃないよ」
「あの家が、俊介の家でよかったんだ」
「結局、タクミも死んだし、僕何にも聞いてないままだ。警察には相談したの?」
「ううん。何にもなかったことになってる。タクミって、パパと同じ会社で働いてたみたいだけど、どういう関係なのか、パパも聞かれてもさっぱりわからないみたい」
「お父さんに、タクミに誘拐されたこと、話した?」
「ううん」
「どうして」
「なんだか、嫌な方向にいっちゃいそうだから。何にもなければその方がいいから」
「親には、なんでも相談しておいた方がいいよ」
「うちの家は、秘密だらけだから、誰かが暴きだしたら、何が出てくるかわからないの」
「それならわからない訳でもないな」
ただいま、と言って、帰った。家に警察が来ていた。
「何かあったの?」
「聡子さんに何かあったみたい」
「パパは?」
「警察が預かってる」
若村さんから私を引き離すように、婦警さんが寄ってきた。
「誰かに刺された」
「昨夜はおれとずっと一緒にいたから、こんなことできるはずがない。でも信用してもらえない」
「聡子さん、妊娠していました。その子もだめでした」
「慶一郎は、昔、高校辞めたとき恋人を殺したんだ。経緯は知らない。でもずっと苦しんでた」
そのとき、私は初めて、慶一郎が警察を嫌っている理由を知った。
「泰子が死んで、聡子ちゃんまで……」
若村さんは泣き出した。私も狂ったように泣きたかったが、こらえた。
「慶一郎は殺してない。絶対違う」
刑事は、あからさまに、慶一郎を犯人扱いしていた。
「飯買ってきてやったから食えよ」
「いらない」
「そう反抗せずに。女殺しは楽しそうだね」
「おれは殺してない」
「誰もそうは思わないよ。悲しいね」
「いい加減にしろよ。おれはやってないんだよ」
「奥さん、どこに?」
「実家に帰るって」
「奥さん、実家ってあるの?」
「不倫の子を妊娠して、その相手が、この前殺された、タクミって子。あなたと同じ会社の」
「どこからそんな話を」
「我々は調べ尽くす」
「調べたと言うなら、おれの娘が誘拐されたことも調べたのか?」
刑事は黙ってしまった。後ろにいた刑事がわって入った。
「我々は捜査を進めているところだったが、次の事件が起きてしまった。早く逮捕していればこんなことにはならなかった」
「お前を、な」
刑事は、私に、誘拐された経緯を尋ねた。刑事は、誘拐の計画を立てたのが、慶一郎だと、誘導してきた。
父が母を殺したと、疑いをかけられている。けれど、二人はそんな様子には見えなかった。
「念の為、死んだ子供の鑑定をする。できる限りのことはする。この女性に他に交際相手がいたとは思えないが」
急に現れた、本当の母親との短い時間が、終わってしまった。実感は湧かなかった。私は刑事に尋ねた。
「父には会えないのですか」
「しばらくは無理だよ」
刑事はにやにやしながら言った。
その日の夜、留置場に入れられていた慶一郎は、破った服で首を吊った。今までずっとそばにいた父が、遠く離れていた母の元に一人で行ってしまった。
「辛かったんだな。おれだって……」
若村さんは大泣きした。
「聡子ちゃんがいたから生きてこれたんだ。殺すはずがないだろ」
私たちの周りの悲しみをよそに、刑事たちは粛々と仕事を進めた。
「これで捜査は終了だな」
二件の殺人事件、書類送検だけ済ませて、捜査本部は解散した。
私は、社長と話し合い、一緒に住んでもらえることになった。
冬になって、溝口社長の元に、子連れの女が現れた。子どもはベビーカーに乗っていた。
「慶太。彼の子です。この子に相続権を認めてもらいます」
「後継者はひなと決めている。認めるものはない。お帰り」
「帰れません」
「自分のしたことを全て話しなさい」厳しい口調で諭した。
「事件は終わったはず」
「あなたが現れるのを待っていた。慶一郎は濡れ衣を着せられたまま死んだ」
「あなたがその子の父親を殺した」
「帰ります」
「待てよ。現れるのをずっと待ってた。泰子もお前が」
「だったらなんなの。あなたに関係ない」
「若村君!」
いきなり発砲した若村さんを、周りが取り押さえた。
「警察に連れて行ってください。銃は、こういう時のために、持ち歩いていました。殺されてもいいやつってっているんですよ」
「あなたがこんなことしなくても」
「今まで世話になりました。私は、所詮、こんなことしかできない者なんです」
子どもが泣きだした。私は天罰だと思ったが、目の前で起きたことにただ驚いていた。
私はその春、中学に上がった。思い出したくない双葉との生活より、聡子といた時のことを思い出す。慶一郎は、私だけを聡子にあずけて、双葉との生活に戻るつもりだったのだ。それは叶わなかった。
隣の予備校でも、桜が咲いていた。
「これから大変だけど、一人前の医者になれるように頑張る」
俊介の意気込みに、私もうなずいた。
「俊介……」
「ここ、通ってるの? 僕の予備校の隣だ」
隣は医学部進学コース専門の予備校だった。
「何時くらいまで授業あるの?」
「今日は八時かな」
「子どもだけ? 気をつけて帰りなよ」
「駅までついてきてもらえる」
土曜日の授業の後、俊介と待ち合わせをして、勉強を見てもらった。彼は先生みたいにスラスラ解いて気持ちよさそうだった。
「偏差値の低い学校に行った方が、高校に入ったとき、ハンディになるよ。進み方が遅かったり、周りの勉強意欲が低かったり」
「親は、偏差値だけじゃないって言ってる」
「僕にはわからないな。先生の言う方が合ってると思う」
「私、中学に入ったら、そう言ってる本当のお母さんと暮らすかもしれない」
私はつぶやいた。
「誰彼なくついていくんじゃないよ」
「あの家が、俊介の家でよかったんだ」
「結局、タクミも死んだし、僕何にも聞いてないままだ。警察には相談したの?」
「ううん。何にもなかったことになってる。タクミって、パパと同じ会社で働いてたみたいだけど、どういう関係なのか、パパも聞かれてもさっぱりわからないみたい」
「お父さんに、タクミに誘拐されたこと、話した?」
「ううん」
「どうして」
「なんだか、嫌な方向にいっちゃいそうだから。何にもなければその方がいいから」
「親には、なんでも相談しておいた方がいいよ」
「うちの家は、秘密だらけだから、誰かが暴きだしたら、何が出てくるかわからないの」
「それならわからない訳でもないな」
ただいま、と言って、帰った。家に警察が来ていた。
「何かあったの?」
「聡子さんに何かあったみたい」
「パパは?」
「警察が預かってる」
若村さんから私を引き離すように、婦警さんが寄ってきた。
「誰かに刺された」
「昨夜はおれとずっと一緒にいたから、こんなことできるはずがない。でも信用してもらえない」
「聡子さん、妊娠していました。その子もだめでした」
「慶一郎は、昔、高校辞めたとき恋人を殺したんだ。経緯は知らない。でもずっと苦しんでた」
そのとき、私は初めて、慶一郎が警察を嫌っている理由を知った。
「泰子が死んで、聡子ちゃんまで……」
若村さんは泣き出した。私も狂ったように泣きたかったが、こらえた。
「慶一郎は殺してない。絶対違う」
刑事は、あからさまに、慶一郎を犯人扱いしていた。
「飯買ってきてやったから食えよ」
「いらない」
「そう反抗せずに。女殺しは楽しそうだね」
「おれは殺してない」
「誰もそうは思わないよ。悲しいね」
「いい加減にしろよ。おれはやってないんだよ」
「奥さん、どこに?」
「実家に帰るって」
「奥さん、実家ってあるの?」
「不倫の子を妊娠して、その相手が、この前殺された、タクミって子。あなたと同じ会社の」
「どこからそんな話を」
「我々は調べ尽くす」
「調べたと言うなら、おれの娘が誘拐されたことも調べたのか?」
刑事は黙ってしまった。後ろにいた刑事がわって入った。
「我々は捜査を進めているところだったが、次の事件が起きてしまった。早く逮捕していればこんなことにはならなかった」
「お前を、な」
刑事は、私に、誘拐された経緯を尋ねた。刑事は、誘拐の計画を立てたのが、慶一郎だと、誘導してきた。
父が母を殺したと、疑いをかけられている。けれど、二人はそんな様子には見えなかった。
「念の為、死んだ子供の鑑定をする。できる限りのことはする。この女性に他に交際相手がいたとは思えないが」
急に現れた、本当の母親との短い時間が、終わってしまった。実感は湧かなかった。私は刑事に尋ねた。
「父には会えないのですか」
「しばらくは無理だよ」
刑事はにやにやしながら言った。
その日の夜、留置場に入れられていた慶一郎は、破った服で首を吊った。今までずっとそばにいた父が、遠く離れていた母の元に一人で行ってしまった。
「辛かったんだな。おれだって……」
若村さんは大泣きした。
「聡子ちゃんがいたから生きてこれたんだ。殺すはずがないだろ」
私たちの周りの悲しみをよそに、刑事たちは粛々と仕事を進めた。
「これで捜査は終了だな」
二件の殺人事件、書類送検だけ済ませて、捜査本部は解散した。
私は、社長と話し合い、一緒に住んでもらえることになった。
冬になって、溝口社長の元に、子連れの女が現れた。子どもはベビーカーに乗っていた。
「慶太。彼の子です。この子に相続権を認めてもらいます」
「後継者はひなと決めている。認めるものはない。お帰り」
「帰れません」
「自分のしたことを全て話しなさい」厳しい口調で諭した。
「事件は終わったはず」
「あなたが現れるのを待っていた。慶一郎は濡れ衣を着せられたまま死んだ」
「あなたがその子の父親を殺した」
「帰ります」
「待てよ。現れるのをずっと待ってた。泰子もお前が」
「だったらなんなの。あなたに関係ない」
「若村君!」
いきなり発砲した若村さんを、周りが取り押さえた。
「警察に連れて行ってください。銃は、こういう時のために、持ち歩いていました。殺されてもいいやつってっているんですよ」
「あなたがこんなことしなくても」
「今まで世話になりました。私は、所詮、こんなことしかできない者なんです」
子どもが泣きだした。私は天罰だと思ったが、目の前で起きたことにただ驚いていた。
私はその春、中学に上がった。思い出したくない双葉との生活より、聡子といた時のことを思い出す。慶一郎は、私だけを聡子にあずけて、双葉との生活に戻るつもりだったのだ。それは叶わなかった。
隣の予備校でも、桜が咲いていた。
「これから大変だけど、一人前の医者になれるように頑張る」
俊介の意気込みに、私もうなずいた。
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