17 / 30
三章.
1話.あしながおじさん
しおりを挟む
日和に私が初めて贈った贈り物は米国生まれの女性作家。ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』だった。
主人公の少女が孤児であったこと。そして、彼女が好きな小説であったからだ。日和はそれをとても大切にして、ずっと読み耽った。
その小説を、日和は高校二年生の今でも大事に持っている。
私はそこまで大事にしなくても、特に気にしたりはしなかったのだが。その話を清香が日和から聞いたとき、随分と私は茶化された。作中の『あしながおじさん』になりたかったわけではないと弁明するのも、手間だったから放っておいた。
***
私と染毬は、無限坂 玲衣の捜索から帰ってきた━━夕刻。
「ただいま」
「照望さん、おかえりなさい!」
私が予想していたよりも、日和は元気そうで何よりだった。
「清香さんとお買い物に行ってきたんですよ!」
「あぁ、そう言えば清香は?」
「一階の、ご自分のお部屋にいると思います」
「じゃあ、一応。お礼の一つは言っておくとするよ」
私は二階までの階段をゆっくり下り、一度外に出てから清香の部屋へと赴いた。
「清香━━日和を任せっきりにしてしまい申し訳なかった」
私は一階の引き戸を開け、入って直ぐにある膝あたりまでの段差に上がって、清香を探す。すると、フィットネスマットの上で音楽を聴きながら足を固定せずに、己の腹筋だけで上体起こしをする頼れる監視者がいた。
ダークグレーで上下一式のスポブラとレギンス付きのパンツという、上級者感の漂う服装に私は見ないことにしようと回れ右をした。感謝の意は、また今度。清香の身体は、さすが特殊部隊の所属なだけはあった。引き締まった腹筋に、無駄のない太もも。収まりきれていない谷間の中心を雫が流れている。アッパレとしか言いようがなかった。
━━ぐおっ。
今のは何だ。背後から迫り来る何者かの足音か。それとも、私の空耳か。
「涼川さん!今、私のことイヤラシイ目で見てたでしょう!そして、眺めるだけ眺めて満足したんですか?黙って入ってきて、黙ってご帰宅ですか?」
「いやいや、声はかけた。しかし、君がトレーニング中だったから邪魔してはならないと……ぐおーー!」
私に背後から裸絞を仕掛けた清香は、ご機嫌斜めのようだった。確かに、彼女を一目したのは事実だが、私は無罪である。
「生きて帰れると思わないで下さい!」
「その台詞は悪党の使う言葉であって、君のような美しい警察官が使う言葉では……」
「直ちに謝ったら、許してあげますよ!」
「黙って、日和を預けて留守にしてしまい……申し訳ない」
一層に清香からの私の首にかかる圧が増す。
「違いますよね?そうじゃないですよね?それも確かにそうですけど、丁度、今の罪に対する謝罪は……現行犯で逮捕しましょうか?」
「すまなかった!あまりにも美しい身体をしていたものだから、見惚れてしまったんだ」
私が清香に熱烈な歓迎を受けていると、私たちの背後から数時間前まで行動を共にしていた元人間の天才が現れた。
「何百歳でも、やはり照望は男性としての欲求が抑えられないのですわね……良いデータが取れましたわ」
清香は私を絞める腕を緩め、少女に向かって明るく微笑んだ。
「あっ、染毬ちゃん!こんばんは」
「堂川 清香さん、こんばんはですわ」
染毬も深々とお辞儀をして応える。初めて、此処に訪れた時と似た服装であった。以前とは異なり上部にも衣類を着ている。所謂、白と黒の配色を基調としたゴスロリファッションである。しかし、それよりも。
「とりあえず、この腕を何とかして欲しい」
「清香さん、照望は若い女性に身体を密着されて喜んでいますわよ」
染毬の指摘に清香は、突如私に対して過剰な反応を表し、私の頭を床に叩きつけて距離を置いた。
「清香……元気が良いのは結構だが、反応が活き活きとし過ぎているんじゃないかい?」
清香はフンっと、顔をそっぽに向けた。
「そうそう、照望。私明日から少しの間、この建物の三階で『お泊まり会』とやらに招待されましたの」
「日和ちゃんの部屋、少しの間、男禁制だから涼川さんは特に入って来ないで下さい」
「染毬、お泊まり会って何か知っていて参加するんだろうな?」
「ええ、各々の研究成果を発表する場に備えて、研究室に寝泊まりすることですわ」
「「知らなかった!」」
こうして、次の日から染毬が三階の日和の部屋に、数日間泊まることになったのである。
主人公の少女が孤児であったこと。そして、彼女が好きな小説であったからだ。日和はそれをとても大切にして、ずっと読み耽った。
その小説を、日和は高校二年生の今でも大事に持っている。
私はそこまで大事にしなくても、特に気にしたりはしなかったのだが。その話を清香が日和から聞いたとき、随分と私は茶化された。作中の『あしながおじさん』になりたかったわけではないと弁明するのも、手間だったから放っておいた。
***
私と染毬は、無限坂 玲衣の捜索から帰ってきた━━夕刻。
「ただいま」
「照望さん、おかえりなさい!」
私が予想していたよりも、日和は元気そうで何よりだった。
「清香さんとお買い物に行ってきたんですよ!」
「あぁ、そう言えば清香は?」
「一階の、ご自分のお部屋にいると思います」
「じゃあ、一応。お礼の一つは言っておくとするよ」
私は二階までの階段をゆっくり下り、一度外に出てから清香の部屋へと赴いた。
「清香━━日和を任せっきりにしてしまい申し訳なかった」
私は一階の引き戸を開け、入って直ぐにある膝あたりまでの段差に上がって、清香を探す。すると、フィットネスマットの上で音楽を聴きながら足を固定せずに、己の腹筋だけで上体起こしをする頼れる監視者がいた。
ダークグレーで上下一式のスポブラとレギンス付きのパンツという、上級者感の漂う服装に私は見ないことにしようと回れ右をした。感謝の意は、また今度。清香の身体は、さすが特殊部隊の所属なだけはあった。引き締まった腹筋に、無駄のない太もも。収まりきれていない谷間の中心を雫が流れている。アッパレとしか言いようがなかった。
━━ぐおっ。
今のは何だ。背後から迫り来る何者かの足音か。それとも、私の空耳か。
「涼川さん!今、私のことイヤラシイ目で見てたでしょう!そして、眺めるだけ眺めて満足したんですか?黙って入ってきて、黙ってご帰宅ですか?」
「いやいや、声はかけた。しかし、君がトレーニング中だったから邪魔してはならないと……ぐおーー!」
私に背後から裸絞を仕掛けた清香は、ご機嫌斜めのようだった。確かに、彼女を一目したのは事実だが、私は無罪である。
「生きて帰れると思わないで下さい!」
「その台詞は悪党の使う言葉であって、君のような美しい警察官が使う言葉では……」
「直ちに謝ったら、許してあげますよ!」
「黙って、日和を預けて留守にしてしまい……申し訳ない」
一層に清香からの私の首にかかる圧が増す。
「違いますよね?そうじゃないですよね?それも確かにそうですけど、丁度、今の罪に対する謝罪は……現行犯で逮捕しましょうか?」
「すまなかった!あまりにも美しい身体をしていたものだから、見惚れてしまったんだ」
私が清香に熱烈な歓迎を受けていると、私たちの背後から数時間前まで行動を共にしていた元人間の天才が現れた。
「何百歳でも、やはり照望は男性としての欲求が抑えられないのですわね……良いデータが取れましたわ」
清香は私を絞める腕を緩め、少女に向かって明るく微笑んだ。
「あっ、染毬ちゃん!こんばんは」
「堂川 清香さん、こんばんはですわ」
染毬も深々とお辞儀をして応える。初めて、此処に訪れた時と似た服装であった。以前とは異なり上部にも衣類を着ている。所謂、白と黒の配色を基調としたゴスロリファッションである。しかし、それよりも。
「とりあえず、この腕を何とかして欲しい」
「清香さん、照望は若い女性に身体を密着されて喜んでいますわよ」
染毬の指摘に清香は、突如私に対して過剰な反応を表し、私の頭を床に叩きつけて距離を置いた。
「清香……元気が良いのは結構だが、反応が活き活きとし過ぎているんじゃないかい?」
清香はフンっと、顔をそっぽに向けた。
「そうそう、照望。私明日から少しの間、この建物の三階で『お泊まり会』とやらに招待されましたの」
「日和ちゃんの部屋、少しの間、男禁制だから涼川さんは特に入って来ないで下さい」
「染毬、お泊まり会って何か知っていて参加するんだろうな?」
「ええ、各々の研究成果を発表する場に備えて、研究室に寝泊まりすることですわ」
「「知らなかった!」」
こうして、次の日から染毬が三階の日和の部屋に、数日間泊まることになったのである。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

愛してほしかった
こな
恋愛
「側室でもいいか」最愛の人にそう問われ、頷くしかなかった。
心はすり減り、期待を持つことを止めた。
──なのに、今更どういうおつもりですか?
※設定ふんわり
※何でも大丈夫な方向け
※合わない方は即ブラウザバックしてください
※指示、暴言を含むコメント、読後の苦情などはお控えください

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる