不死身の遺言書

未旅kay

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四章.

2話.殺し屋

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 NBI事件から二ヶ月後。

 廃ビルであった外壁の薄汚れた建物に住みついてから、総一郎と少人数の警察関係者の皆さんのおかげで私の住民届や諸々の手続きが済まされた。数年間の世間との隔絶したことによって生じた、面倒ごとが減りつつある。

 今となっては部下の研究員を殺戮装置に変貌させ、少女の人としての尊厳を奪った非道な科学者が営んでいたNBIだが、被験者として参加することが、私にとって死に最も近い手段だった。何度殺されても、全てが殺人未遂で済んでしまった。そのつどに次こそは死ねると、世界の呪縛から解放されるという不確定な希望にすがりながら時間を過ごしていたのだが、私にとってNBIがもたらしたものは結果的には何も無かった。

 死ねない。死ねない。死ねない。死ねない。死ねない。どれだけ時間が流れても、私には朽ち果てることは許容されない。周囲が移ろい変わっても。時代が転じても。世界の時の流れから隔絶され続ける我が身を、私は幾度となく殺そうとするだろう。

 「まあ……今日も無理だったか」

 無駄であることは解っていた。頭では理解していた。されど私は死に執着する。

 「ガッハアァ……アア…………嗚呼……」

 肺が酸素を欲して、上下に脈打った。床に伏し、目の前に転がったからになった薬瓶を怒りと落胆で、握り締めた拳を振り下ろし粉砕した。それでも、私の拳がガラスの瓶から生じる痛みを感じることなどないのだ。

 静寂を纏った空間の中で、私の鼓動と重なることなく刻み続ける秒針の音だけが嫌味のように鼓膜を揺さぶっている。

 「なあ、○○○。も君を愛している。君の想いに━━━━まだ……むくえられていないのかい…………?」

 天井を仰ぎ、私はもう思い出すことの出来ない○○○をただ想った。

***

 「死ねYO!」

 薄暗い室内で静かな黒い殺意が七発。私の身体を何者かが撃ち抜いた。その殺意は体内に残るものもあれば、骨を砕き貫通し床に凹みを作ったりもした。

 私にとって、サプレッサー付きの拳銃の漏れ出る発砲音が間抜けな音に聴こえてならなかった。床に物騒な痕を付けられるのは少々不愉快である。どうしようかと、軽く思考を巡らせる。深夜零時をまわる時間に他人の部屋に、ノックもなしに侵入してきた無礼者をどうするべきか。二階の仕事場の鍵を閉め忘れてパソコンの前で眠りかけていた私にも非はあっただろう。だが、この手の無礼者は施錠を破壊してでも侵入してくるだろう。だとして鍵の修理代はどこに請求するべきだろうか。目の前で現に銃先を向けている男に言うべきだろうか、そう思って行動に移しながら殺し屋モドキの顔をようやく視認した。

 「すまない。……殺してくれるつもりだったのだろうが」

 音を立てずに床に落ちていた銃弾を拾い上げ、いかにも体内の銃弾を手の平から出すかのように演出し、偽りの怒気を含めた声色で語りかけ悪そうにニヤついてみる。

 「悪いな……、小僧」

 意外と若かった。最初の死ねYO!のYO!というカタコトな、片腹痛い日本語具合から、どこかの外国人を金で雇ったものとばかり考えていたのだが。密かに用意していた『口から銃弾を五発バラバラ作戦』が興ざめである。相手が異国の者だと割りかしウケが良かったが、そこまで過激じゃなくても驚いてくれるだろう。

 「私も舐められたもんだ。こんなガキ一人で殺せると思われているのか」

 淡々と話しながら若き殺し屋モドキの顔を見ると、茫然として血の気が失せていた。きっと、銃の弾は全て撃ち尽くしてしまったのだろう。

 「標的ターゲットのいる、いわば敵地に単独で侵入する時に━━拳銃一丁、追加の弾無しで来るヤツがいるかァ?」

 「ヒィ!」

 ビクリと体を上下に震わせて、予想外の展開に私を凝視する。

 「大方の想像はできているさ。拳銃一丁で、私には足りると渡されたんだろ。それは間違っている。私は君みたいなガキと違って何十人の死を目の前で見て何人も殺している。そんな相手に対して……、そんなちっぽけな玩具を向けるとはいい度胸じゃないか」

 それっぽい威圧をしながら、机の端を軽く蹴ったりなんかして━━殺し屋モドキに距離を詰めてみた。

 「えげぇ……」

 呼吸にも似た声を漏らしながら、殺し屋モドキは腰を抜かし、尻もちをつきながら必死に距離を開こうと手足をバタつかせるが客用のソファーの横に追い詰められた。

 「ご……めんなさい」

 力なく声を絞り出し、出た言葉は謝罪の言葉であった。

 もう少し精神的に追い詰めても良い。否。殺しの経緯を聞き出す前に失神されても困るので私は雑に腕を掴み、ソファーに座らせた。

 「まぁ、泣くな。落ち着いて……座りなさい」

 「スッ……すいません。ゴメンなさい、ゴメンなさい……」

 謝られても困るのだが、少しずつ呼吸が落ち着いてきたのがわかる。

 「珈琲に砂糖はいるか?」

 「はっ……はい。すいません」

 いや、何で私は自分を殺しに来た相手に珈琲を流暢に落としてやっているのだろうか。永く生き過ぎて大抵のことでは、驚かなくなってしまったのは感じているが━━これ程とは……。

 「何故、君は私を殺しに来たのかい?」

 私はゆっくりと、穏やかな拷問を始めるのだ。少年は飲み慣れていない珈琲をゆっくり啜りながら話してくれた。
 部屋の明かりを点灯させると暗闇での印象以上に若く、少年という印象がさらに強くなった。

***

 「腹、空いただろう。食べなさい。食べきったら、私は君に殺されてあげるよ」

 「えっ……あっ……無茶ですよ!」

 「そうか?……美味しいんだけどなぁ」

 『激辛デスラーメン』を二つ横に並ばせて、カウンター席に殺人未遂少年━━羽田はた孝二郎こうじろうと座して食べている。近所にあるラーメン屋の『晩夏』で名物の激辛デスラーメンが、明るい店内で毒々しいオーラーを帯びている。

 「照望さぁん、無茶ですよ。それ食い切れるの、あんただけでさぁ」

 ラーメン屋の店主の言葉を軽く無視して、私は黙々と紅い麺と汁をレンゲに入れて口に運ぶ。コクのあるスープと海鮮の出汁がよく効いた味わいである。

 孝二郎は私を横目で見ながら、青ざめる。恐る恐る、赤黒いスープを口に運ぶ。

 「あーー……、美味しい!」

 一時いっときの旨味。

 「………………う゛ああ!」

 店主は苦笑いし、私は幼い殺し屋に課した罰がやんわり遂行されたのを確認した。罰を受けた少年は、救われなければならない。理不尽な世界。卑劣な大人の悪意から、護るのは年上の役割だ。

 「照望さん……、辛くないん……ですか?……ウエェ」

 「まぁ……、私は……痛みを感じないからな」

 私は激辛デスラーメンのスープを飲みきる。食べきったら代金は無料タダである。店主は更に『ははは』と笑った。私が食べきる度に、辛さは増しているらしいが神経刺激の感じられない私には変化が分からない。

 「えぇーーーー」

 孝二郎は、半ば納得しつつ引いていた。

 デスラーメンでも私は死ねないようである。
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