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『届かない想いを君に』

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拓人:(N)他人を信じることなんて、できない。

拓人:(N)愛想あいそうの裏側。

拓人:(N)言葉の持つ、本当の意味。

拓人:(N)知らないことが罪であっても、知る必要のないことは知らなくても断罪だんざいされないだろう。

拓人:『じゃあ、なぜ俺は苦しめられなきゃいけないのか』

拓人:(M)嫉妬しっと憎悪ぞうおかくされるべき、ヒトの内面ないめん

拓人:(M)物心ものごころがついた頃から聞こえてきた、その『声』から自身を守る。

拓人:(M)ゴツいヘッドホンで耳をふさいだ。そこから流れる音楽で、気をまぎらわして生きてきた。

(短い間)

『大学病院前バス停』

拓人:(M)━━通学路。高校近くのバス停で降りた。大学病院の前にある停留所ていりゅうじょ

美春:『お兄ちゃん。お兄ちゃん!おにい…………ヘイ!ブラザーッ!!」

拓人:『聞こえてるッ!何だよ美春みはるッ!』

美春:『おはよ!!』

拓人:『…………おはよう』

美春:『無視しちゃダメなんですよ!拓人たくとお兄ちゃん』

拓人:『頼む、朝くらいは静かにしてくれ』

美春:『別にいいじゃないですかッ!朝はバス停を通過する一瞬いっしゅんしかないんですから!』

拓人:『じゃあ、また放課後な……』

美春:『拓人お兄ちゃんの、浮気者ッ!女ったらし!コミュ障!』

拓人:『グサッ!!』

拓人:(M)最後、心に突き刺さる言葉を……。

拓人:(M)ゆっくり俺はバス停から高校へ歩みを進める。

拓人:(M)美春を俺は直接見たことがない。登下校中に毎日、俺に話かけてくる少女。

拓人:(M)俺と同じ、他人の心を読むこができる。

美春:『私は入院生活が退屈すぎて、「誰か~~!」って空に叫んでいたら偶然ぐうぜんお兄ちゃんと話せるようになっちゃったんだっけかな?』

拓人:『どうして疑問形なんだよ』

(間)

拓人:(M)俺みたいな人間にとって、高校の教室は苦痛でしかなかった。

拓人:(M)声、声、声……声。

拓人:(N)授業中でも関わらず、教室にいる同級生たちの声が常に濁流だくりゅうのように頭を流れていく。休み時間、心労しんろうえず、俺はヘッドホンをつける。

拓人:(N)それでも唯一ゆいいつ、心の声が聞こえて来ない女子がいた。

拓人:(N)葛木かつらぎ唯香ゆいか。クールで無愛想ぶあいそうなクラスメイト。

唯香:「ごめんなさい。このあと、用事があって」

拓人:(M)友人からの誘いをことわっても、矢面やおもての立たないタイプ。

唯香:「何?」

拓人:(困惑)「え?あ…………いや、何でもない」

唯香:「そう」

拓人:(M)何故なぜ、彼女の『心の声』だけ聞こえて来ないのか。……別にどうでもいいか。

(間)

美春:『え~~、私は学校に行きたいけどなー』

拓人:『学校なんか……楽しい場所じゃないけどな』

美春:『ふーーん 』

拓人:『なぁ、美春って、俺以外のヤツとテレパシー?で会話できんの?』

美春:『念話テレパスはお兄ちゃんとしか無理みたい……』

拓人:『そっか』

美春:『お姉ちゃんともお話し・・・できたら良かったんですけどね』

拓人:『え?姉妹いんの?』

美春:『そじゃよ~~』

美春:『めちゃ、美人ですよ』

拓人:『へーー』

美春:『信じてないでしょ?』

拓人:『信じるもなにも、お前の顔も見たことないのに想像とか無理じゃん』

美春:『病院で、ノーメイクなのにお兄ちゃんに顔なんてさらしたくないッ!』

美春:『美春の美貌びぼうに目を見張る・・・!なんちって!!!』

拓人:『はいはい』

美春:『恋バナとかないんですか?スクーール……ラッッブ!!』

拓人:『ない』

美春:『つまらない学校生活ぅ』

拓人:『他人の心なんか読めるのに、恋愛なんてやってられるかよ』

美春:『……なんか、ごめんなさい』

拓人:『……あ、でも』

美春:『おん?』

(回想)

唯香:「ごめんなさい。アナタみたいな、下劣げれつな人間に告白されても嬉しくないから」

(少しの間)

唯香:「……偶然通りかかったにしても、ぬすきは良くはないと思うよ……拓人くん」

拓人:「…………あ」

(回想終了)

美春:『え、お兄ちゃんって学校でカオナシなんですか?……ドン引きです』

拓人:『…………ッ』

美春:『あ、お姉ちゃん来たから……また明日ッ』

拓人:『お……おう』

(少しの間)

拓人:『電話かよ』

拓人:「あ、バス来た」

(間)

(別の日)

拓人:(N)夏の日差しが眩しい1日だった。

拓人:(呟く)「ヘッドホン…………あれ?スマホの充電がない……。音楽プレイヤーも……家に置きっぱじゃん……マジか」

拓人:「おい……嘘だろ」

拓人:(N)今日に限ってか。よりによって、球技大会の日に俺は身を守るすべを無くしてしまった。

拓人:(N)流れていく。通り過ぎていく。集合体の中で、騒がしい感情が……あふれかえってくる。気持ち悪い。気持ち悪い。きもちわ……。

唯香:「先生、幹島みきじまくんが気持ち悪そうなので、保健室に連れて行きます。ごめん、青山さん。この後の、バスケわりしてもらえる?」

(間)

(保健室)

拓人:「…………ん?保健室か」

唯香:「拓人たくとくん、体調大丈夫?」

拓人:「俺、どうしたんだっけ?」

唯香:「体調悪そうだったから」

拓人:(M)「そっか。…………しずかサイコー」

(間)

唯香:「…………」

拓人:「葛木かつらぎさん、保健室までありがとう」

唯香:「別にいいの。バスケ、試合に出たくなかったし」

(少しの間)

唯香:「唯香でいい」

拓人:「あ……、おけ」

拓人:「唯香さん、この前、ごめん」

唯香:「別にいいよ。週一で告白されるから。慣れちゃった。何となく下心したごころが透けて見えてたし」

拓人:「俺と保健室で2人っきりなのは……別にいいの?」

唯香:「拓人くんって、そういうタイプじゃないでしょ。いつも誰も信用してないみたいな顔してるし」

拓人:「そ……そっか」

(少しの間)

唯香:「放課後」

拓人:「え?」

唯香:「放課後。病院の前のバス停でずっと座ってるよね」

拓人:「……見られてた」

唯香:「近くの建物に用事で行くんだけど、結構長い時間座っているのが窓から見えたから」

拓人:「……あ。え……」

唯香:「別に答えなくていいよ。皆んな、人には言いたくないことの1つや2つあるでしょ」

拓人:「…………」

唯香:「でも、朝、挨拶したら返事くらいしてね」

拓人:「ごめん。全く気づかなかった」

唯香:「朝の挨拶って大事なんだよ」

拓人:「すいません」

唯香:「拓人くんが良かったら、もうちょっとすずませて」

拓人:「はい」

拓人:(M)気にしなければ、気にならなかった。

拓人:(M)唯香ゆいかさんの心の声が聞こえない。

拓人:(M)冷房の音だけが聞こえる空間では際立つ事実。それが、とても心地ここちいい事か。

唯香:「どうしたの?」

拓人:「あ、いや」

唯香:「別に顔見てたくらいで、下心あるとか思わないよ」

拓人:「……助かりますッ!」

唯香:「助かりますって……ふふっ」

拓人:(M)笑ってくれたことに、ただ安堵あんどした。

拓人:(呟くように)「人との会話って、こんな感じなんだな」

唯香:「…………そうだね。誰かが、会話を返してくれるのって素敵なことだよね」

拓人:「…………?」

唯香:「青山さんが疲れちゃうかもだから、行ってくるね」

拓人:「……行ってらしゃい」

唯香:「うん」

拓人:「唯香ゆいかさんッ!!」

唯香:(扉前で振り返る)「ん?」

拓人:「おしゃべり……ありがとう」

唯香:「おしゃべりって……ふふっ。拓人たくとくんも無理しないでね」

拓人:「ありがとう」

(少しの間)

美春:『アオハルじゃないですかッ!!』

拓人:『急に叫ぶなよ』

美春:『すいません。若人わこうどは青春にえていまして……』

美春:『でも、いいなー。私も青春したい!保健室で2人っきりとか、変態すぎる!』

拓人:『青春と変態を一緒にするな』

美春:『その女狐めぎつね、お兄ちゃんでも心の声が聞こえないなんて、そんなことあるんですね』

拓人:『女狐って……、どういう立場だよ』

美春:『仮にその子と何も無かったとしても、お兄ちゃんに恋人ができたら……』

拓人:『……?』

美春:『私と『お!しゃ!べ!り!』してくれなくなるんですか?』

拓人:『は?恋人なんて、作れねーよ!』

美春:『……ならいいですけど。もし裏切ったら、大声でお兄ちゃんのあることないこと、病院の窓から叫びますからね』

拓人:『へいへい』

(間)

拓人:(M)保健室の一件いっけんから、唯香さんから毎朝━━。

唯香:「おはよう、拓人くん」

拓人:「唯香さん、おはよう」

拓人:と、挨拶を交わすようになっていた。

(少し間)

拓人:(呟く)「あれ?今日は、唯香さんがいない……めずらしいな」

美春:『……ちゃん』

美春:『…………ぉにいちゃん』

(少しの間)

美春:『怖いょぉ』

(少しの間)

拓人:「美春みはるッ!!!!!!!!」

拓人:(N)まさか、自分が教室からヘッドホンも机に置いたまま、走り出すとは思わなかった。

拓人:(M)マラソン大会も合唱コンクールも全て手を抜いてきた俺だったけど。

拓人:━━全力で走った。

拓人:(M)足がもつれて転んでも、すぐに立ち上がった。

拓人:(M)病院なんて、絶対に行きたくない場所なのに。

拓人:(M)全ての悲嘆ひたんほどき少女の元へ、走る。

美春:『お兄ちゃんッ!』

美春:『怖い……よぉ』

拓人:(M)病院に近づくにつれて、美春の声が鮮明になって行く。

美春:『痛い……痛い痛い』

美春:『怖い……よぉ』

美春:『お兄ちゃん……』

美春:『助け……』

拓人:「美春…………美春ッ!!!」

拓人:(M)声が近づき、扉の横に葛木かつらぎ美春みはると書いてある。

美春:「お兄ちゃんッ!!!」

拓人:「美春ッ!!!!」

(扉を勢いよく開いた)

唯香:「……拓人くんッ!?」

拓人:「ちょっと待て!!!」

拓人:(N)点滴に注射を打とうとしている医者。

拓人:(N)寝たままの少女。

拓人:「やめろ!!」

唯香:「拓人くん……どうして」

拓人:「美春!来たぞ!拓人だ!!もう大丈夫。もう大丈夫だから!!」

唯香:「拓人くん、美春はずっと寝たきりで……」

拓人:「……え?」

(少しの間)

美春:(乾き)「お…………にい……ちゃ……ん」

唯香:「え?美春!!美春!!!!」

拓人:「美春ッ!!!」

(医者は機材を取りに病室を出た)

美春:「お姉……ちゃ……ん。お……兄……ちゃん。いつも……ありが……とぉ」

(間)

唯香:「ねぇ、拓人くん。美春は、8年前の事故で……ずっと目を覚さなかったの」

拓人:「ぇ……」

唯香:「でも、不思議なこともあるのね。今日は新しい薬を試す日だったんだけど、試す直前ちょくぜんに目を覚ますなんて……しかも、拓人くんが血相けっそうかいてあらわれるし……」

(少しの間)

唯香:「ぇ……、人の心が読める?」

拓人:「あぁ。つらそうな美春の声が、学校にいたのに聞こえて来たんだ」

唯香:「じゃ……じゃあ、私の心の声も……?」

拓人:「いいや、それは読めない。なぜか唯香さんの心の声だけ……聞こえないんだ」

唯香:「…………唯香ゆいか。………………唯香」

拓人:「ふぇ?」

唯香:「なんで、美春みはるは呼び捨てなのに……拓人くぅん?」

拓人:「ゆい…………さ。……………唯香ゆいか!」

唯香:「……よろしい。…………」

拓人:「…………」

美春:「ケホケホッ……」

唯香:「美春、大丈夫?」

美春:「久しぶりに、声出したから……」

拓人:「美春、何があったんだ?」

美春:(涙がポロポロ)「……怖かったんです。怖くて……怖くて……。いつもと違う位置に注射した……ので」

唯香:(美春を抱きしめる)「怖かったね。ごめんね。気づいてあげられなくて」

美春:「ううん。いつもお見舞いに来て、たくさんおしゃべりしてくれてありがと……」

拓人:(M)『俺は帰った方がいいかな』

美春:『あ、お兄ちゃんは居てもらって』

拓人:「感動の再会中に、冷静に語りかけてくんなよ?」

唯香:「…………?」

美春:「お姉ちゃんの心の声は、私には聞こえるよ」

唯香:(顔を真っ赤にする)「…………美春ッ!」

(少しの間)

拓人:(N)姉妹からは『心からの喜びと安堵あんど』が、心なんか読めなくても分かった。

(間)

拓人:(N)美春が駄々だだをこねた結果、3日間の外泊許可が出た。その次の日、美春の担当医が入院中の少女への猥褻わいせつ行為で逮捕された。被害者少女は美春とは別棟べっとうで、実際に美春がどこまで知っていたのだろうかと俺は思う。

美春:(呟くように)「本当はもっと早く助けてあげたかったんですけどね」

拓人:「ん?美春、何か言ったか?」

美春:「何でもありませんよ。もっと車椅子、優しく押してください」

唯香:「もー、美春。拓人くんにワガママ言わないの、ごめんね?」

拓人:「だ……大丈夫」

美春:「水族館、楽しみです!え、お兄ちゃん……、そんなこと思ってるんですか!」

唯香:「……何考えてるの?」

拓人:「え?何も!!」

美春:(M)2人とも、さっさとお互いの気持ちに気づいちゃえばいいのに……。

美春:「お姉ちゃんの服が大胆だいたんで目のやり場に困るってさ!」

唯香:「え!?」

拓人:「は?……思ってねーよ!可愛いとは思ッ……あッ!」

唯香:「…………ッ!」

(少しの間)

美春:「女狐は……お姉ちゃんだったか」


(おわり)
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