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プロローグ:もっこりハレンチ騎士

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プロローグ

 苦しい……。
 息苦しい、というか呼吸ができない感じ。
 吸うもの吐くのも苦しい。
 とにかく苦しい。
 自由が利かない。

「はい。吸って―……吐いてー……」

 なんか高圧的な命令口調の声が聞こえる。
 顔は見えない。

「そうじゃない。はい。吸って―……違うっ」

 なんて偉そうな。
 こんのお……。
 苛ついたあたしは体を起こそうとした。
 バタン。
 ガタン。

「暴れるな!……押さえろ!」

 肩や腰に人の手が掛かる感触。
 無理矢理押さえつけられていた。
 こちらも負けじと全力で抵抗する!

「そっち抑えて!」

 体重をかけてギュッと抑え込まれる。
 重い。
 苦しい。
 息が止まる。

「……苦し……離……て」

 声が何とか出せた。
 ……気がする。

「やめ……」

 手が動いた。
 顔に何か付いているのに気づいて触れる。
 硬い、何か。
 プラスチックのような……。

「こほっ……」

 管が入ってる。
 喉に鼻に何か刺さってる。
 苦しい。苦しい。

「抑えて!暴れる!」

 高圧的なあの声が響く。
 邪魔だ。
 あたしは起き上がりたいんだ。
 どけ。その手をどかせ。

「ぐぼ……」

 管から入ってくるのは空気?のような感覚。
 呼吸器?
 のような気がする。
 でも、苦しい。

「暴れるな!暴れるな!このっ!」

 何人もの人間の手が、あたしを無理やり押さえつける。
 やめて!やめて!やめて!

「覚醒します!」
「これ以上は……」

 苦しい。苦しい。
 そして……。
 あたしは気を失った。
 ああ、死ぬんだ。
 そう理解した。



 確かに、その時に、鈴木和子は死んだ。
 原因は良く判らない。
 突然、昏倒し、緊急搬送されたが……。
 放置されていた時間が長過ぎたのだろう。
 懸命の救命作業の甲斐なく、間に合わなかったのだ。

 搬送が遅れたのは女性だったから、かもしれない。
 倒れた女性に自動体外式徐細動器AEDを使うにも痴漢扱いを恐れた男性は躊躇してしまう。
 胸を開けて取り付けなくてはならないからだ。
 ならば同性は?というと……。

 医療関係者でもなければ操作方法自体を知らない人も多い。
 結局、周囲の人たちはおろおろするだけで見守るしかなかった。
 暫くして誰かが救急通報したのだが……。
 遅すぎたのだった。


 
 くやしい、くやしい。
 思えば真面目に生きて来たのに碌なことはなかった。
 顔立ちは……十人並み。
 スタイルも悪くはないと思うが良いわけでもなった。
 ごく普通のありきたりな女子だ。
 
 ……いや。
 普通よりちょっと劣っていたかもしれない。
 男に言い寄られることもなく、性格が可愛いといわれることはなかった。
 それでも遂に彼氏ができた。

 イケメンではなく、むしろブサメン。
 小太りのアニメオタクだったが、真面目な人に見えた。
 うん。
 まさか初デートの前に他の女に靡くまでは。

 あたしより少し可愛い娘から声を掛けられたら、あっさりそっちに行ってしまった。
 やっぱり、顔かあ。
 それともスタイルかな?
 ちょっと胸が大きくて、痩せてるだけじゃない。
 あんな女。

 そもそも、自分の名前も嫌いだった。
 『子』なんて今どきカッコ悪い。
 親は令和から取ったって言ってたけど。
 平成生まれのあたしに何で令和が関係あるの?
 むしろ昭和の和じゃないの。

 キラキラネームは嫌だけど、もう少し可愛い名前だったら。
 もうちょと可愛く育ったかもしれないじゃない?
 『子』でも令和なら令子とかだと、まだ良かったんだけど。
 『レーコ』だとカッコ良く聞こえると思うし。
 あおい花音かのんとか、色々あるでしょうに。

 ああ……腹立つ。
 どうせなら真面目に生きないで、滅茶苦茶に暴れて好き勝手にすれば良かった。
 ルールも守って、校則も守って…横断歩道の信号だって守ってきた。
 でも、何も良いことはなかった。
 後悔ばかり。
 
 そのまま死んじゃうなんて。
 あたしは少子化の世の中で貴重な女子だぞ?
 おまけに処女だ!
 しかも、パパ活みたいなこともしてない清純可憐な女子だぞ?
 ちょうお買い得だったはずだよ!
 
 それなのに……それなのに……。
 世界はブ〇には冷たい。
 どうせならどうせなら……。

 超絶美形に生まれたかった。
 ぼんっ!きゅっ!ぼんっ!のナイスバディに生まれたかった。
 それならもっと違う人生があったハズ。

 ……ホント?

 それはそうだよ。
 もっと面白おかしく派手な生き方をしたかった。

 ……なんで?

 それに、どうせなら男の子に生まれたかった。
 女は面倒くさい。
 良いことが無い。
 男子はいいなあ。 

 ……そう?ホントに?

 もちろん。
 ああ……思えば惨めな人生だった。
 もしも、生まれ変われるなら……。

 どうせなら、どうせなら。
 ……って、誰の声?

 


「まあっ。元気な男の子ですよっ」
「また男か……。男はもう要らないというのに」
「そう仰らずに。優れた戦士になるかもしれませんよ」
「うちはコネのない下級騎士なんだ。政略結婚に使える女の方が欲しかったのに」
「若しくは高名な魔術師になるかもしれませんよ」
「宝くじを当てるような話をされても困る。私は確実に使える子供が欲しいのだ」

 赤ん坊が目を覚ます。
 まだ良く見えないのだろう。
 ぼんやりとした瞳で中空を眺めている。
 幼いうちの視力はとても低いためだった。

 赤ん坊はかつて鈴木和子と呼ばれた存在だった……はずだった。
 和子には会話の内容がさっぱり判らなかった。
 言葉が判らないのだ。
 英語でもない、何か不思議な言葉であることは理解した。
 動画を高速で再生している音声を聞いているようだった。

 彼女は生まれ変わっていたのだ。
 もっともそれを理解できるまでには数年かかることになったが。
 それは思考力も赤ん坊と変わらなくなっていたからだ。
 記憶がはっきりするのも、自己意識を取り戻すのも、実に10年以上の時間が必要だった。
 
 そして……時は流れた。



    *    *    *


 
 彼女に様々な感覚が戻ってきた。……気がした。
 15才の成人を迎える頃だった。
 そして、何かを理解した。

 鏡を見るとはっきりと判る。
 美形だ。
 風が吹けば揺らめく黒み掛かった青い髪は肩に掛かるくらい。
 少し伸ばした前髪が目に僅かに掛かるが気になるほどではない。

 紛うことなき美少年。
 道を歩けば少女たちが十人が十人見惚れるだろう。
 彼女が思い描いたような白馬の騎士のようだ。
 それが自分の姿だと認識したとき、思わず歓喜の声を上げた。
 この姿なら好き放題の自由な人生が歩めそうだった。

 そして……。
 逞しい筋肉質の胸板。
 もう少し細い方が好みだったが、動きも機敏で膂力もかなりのものだった。
 幼い頃から強制された剣術の訓練でも、その腕力で驚くほどの強さを見せた。
 ならば不満はない。

 腰は細い。
 少女かと思うほど細く引き締まった腰回りのためか、全体的に逆三角形のすらりと逞しい肉体であった。
 服を着ても鎧を着ても違和感がない。
 美術館の芸術的な彫像の様ですらある。
 すばらしい。
 心底、そう思った。
 
 ……どうですか?

 何の声だろう?
 どこかで聞いたことがある気がする。

 ……美形で、男の子ですよ?

 そういえば、そんなことを願った気がしていた。
 これは、あれだろうか?
 神か何かの声か?
 そうだとしたら……。

 ……そして、ぼんっ!きゅっ!ぼんっ!ですよ?

 ぼんっ……きゅっ……。
 彼女……いや、今では彼は、手で体を確認した。
 厚い胸板がぼんっ!で。
 細く括れた腰がきゅっ!か。
 そう感じていた。

 そこで首を捻った。
 ならば……もう一つのぼんっ!は?
 彼は手を伸ばした。
 
「なんじゃあああああああああああああああああああっ!?こりゃああああああっ!?」

 彼は理解した。
 いやいや。理解したくないけど理解した。
 元々の中身が女子な彼にとっては驚異に満ちたものでもあった。


 もっこり。


 そこには巨大な膨らみがあった。
 もちろんソレが何か判らないわけではない。
 知識としては知っているものの、理解を越えていた。

 ……間違いなく、最後のぼんっ!です。

 彼は真っ青になって虚空を睨んだ。

「やり直しを要求するっ!!」

 彼の股間は驚くほど大きく、誰が見てもソレと判るほど膨らんでいたのだった。
 何か、特別な戦闘状態というわけではない。
 通常の状態でそれなのだ。
 美少年のモノと思えば触ってみたい!けど、触りたくもない。
 そんな気持ちだった。

 ……今度こそ貴方の望む幸せな人生を。

「待って!待って!待ってー!」

 半狂乱になった彼の悲鳴はどこにも届くことはなかった。




「ルキウス!ルキウス・スフォルツァ!」
 
 中年男性の叫ぶ声が聞こえた。
 咎めたり叱咤するような声色ではない。
 勝者の名を告げたものだった。

 元は鈴木和子だった彼の名だ。
 剣を用いた試合の場だった。
 刃が潰してある訓練用の剣と言えど、重さやバランスは真剣と変わらない。
 叩きつけられれば痛いのは勿論のこと、打ち身や痣……運が悪ければ骨を折られるほどだ。

 ルキウスはその恵まれた膂力と優れた身のこなしで5人抜きの試合で5人を圧倒したのだった。
 余裕すらあった彼だが手加減は最低限だった。
 殺し合いではないとはいえ、いつか相対するかもしれない相手だ。
 圧倒的な強さを見せつけて恐怖を植え付けておくのは悪くない。
 やがて腕を上げた相手でも苦手意識を持つと実力を発揮できなくなったりするものだ。

 ルキウスは軽く腕を挙げてみせた。
 観戦していた人々が感嘆の声を上げた。
 同時に……隠し笑いの声も。

「いやですわ。……興奮なさっているのかしら?」
「戦いは気が昂るものだそうですし……」
「それにしても……」

 若い女性たちのくすくす笑い。
 それだけなら寧ろ心地良かったかもしれない。
 しかし、彼女たちの視線はルキウスの……。
 股間に集中していた。

「ご立派ですわ」

 笑い声。
 何という事なのだろう。
 腰から上だけなら超絶美形の少年剣士であるのに。
 何か、女子だった時に似た納得しかねる視線だった。

「ははは。レディたちに見惚れたか?」
「相変わらずデカいな!」
「常時戦闘状態かよ!」

 周囲の男たちの嫉妬の野次が飛ぶ。
 ルキウスは無言で睨みつけた。
 男になっても同じなのだろうか。
 好意的とは言えない視線や声が癇に障った。

 腰から上……それだけなら絶世の美少年が華麗に舞うような剣技を見せたと評されただろう。
 それが……ただ。
 もっこり。
 傍目で見てもはっきりと判るソレのために全てが台無しだった。

 女性たちの視線が痛い。
 よほど好色な女性ならともかくも、多くは珍獣を……あるいは汚らしいものを見る目だった。
 並み以下の容姿の女子を見る男子たちの視線と大差がない。
 不快極まりない。

 ルキウスは憮然として対戦用サークルから外に出た。
 心情を外に見せないようにゆっくりと。
 辺りを睨みつけながら歩いた。

 決して好意的ではない視線と声を背中に受けていると、視線は下へ下へと落ちていく。
 気持ちの落ち込みようは、遥か記憶の彼方の時代と変わらない。
 足元の地面ばかり見てしまう。


 向かい側に裸足の爪先が見えた。
 サンダルの先だろうか。
 細い、労働とは縁のなさそうな綺麗に揃った指だった。
 爪が綺麗で艶があり、まるで透明なジェルネイルでも塗っているように見えた。
 
 この世界にポリッシュなんて無いはずなのだから、おそらく自然のものなのだろう。
 生まれながらアイシャドウになっている人間もいるというのだから可能性が無いわけでもない。
 視線を少しづつ上げていくと……何となく判ってはいた気がした。

 ああ、いるんだ。やっぱり。こういう娘が。
 ……と、嫉妬と絶望と羨望が心の中で葛藤した。
 そこにあったのは類稀な美少女だった。

 細い。細い。何だろう。これは。
 女子の夢、アンダー65なんてものじゃない。
 もう少し細いのかもしれない。
 それなのにあの大きなメロンは何だろうか。
 俗にいう乳袋ができるような立派な胸だった。

 10代前半ローティーンとしか思えない幼めの顔立ちは男たちの注目を一身に浴びるだろう。
 緩やかなウェーブのかかった桃金髪ピンクブロンドが体に纏わり付くように揺れていた。
 ずるい。と心底思った。
 立っているだけで幸せが飛び込んでくるような存在なのだろう。
 ルキウスの中に残っている女子の部分が呪詛の声を上げかけた。

 それが言葉にならなかったのは、少女の服装のせいだった。
 シアー素材と呼べば良いのだろうか。 
 この世界でこんな素材があるのだろうか?と考えたが思いつかなかった。 
 透け透けでほとんど下が丸見えに近い際どい薄布を纏っただけの姿だったのだ。

「あんた……痴女?」

 そうとしか思えなかった。
 胸も下腹部も危なさレッドゾーンだ。
 セクシィ系コスプレイヤーでもここまではいないだろう。
 破廉恥すぎる。

 いや。それだけ自分に自信があるのかもしれない。
 グラビアアイドルの様に見せつけているのではないのだろうか。
 ここでルキウスにもう少し注意力があったのなら、別なモノにも気付いたかも知れなかった。
 少女のお腹……臍の下辺りに何かの文様があったのだ。

「ボクは自然の神に仕える自然派だからね。服はないくらいが良いんだけどTPOがあるからね」

 鈴を転がすような声。
 少女は微笑んだ。
 天使みたいな、というのはこういう娘なのかもしれないと思った。
 痴女でなければ。

「それより、剣士ルキウス」

 少女はまっすぐルキウスを見た。
 小さいなと思った。
 平均を下回りそうなくらい背が低い。
 現代日本でなら人気沸騰なロリっぽさだった。
 それがルキウスに視線を合わせようとつま先立ちで見上げていた。

「ボクと、世界を救う旅に出てよ」

 痴女の上にオカシイ娘だった。
 『オレとビッグになろうぜ!』と昭和のロッカーみたいな誘い文句だ。
 実は可哀相な頭の娘かも知れない。

「あんた……何言いだすんだ?だいたい俺は……」
 ルキウスは腰を振って、少女に見せつけた。
 
 もっこり。

「こんなだぜ?」

 女子ならこれを見ればドン引きすること請け合いだ。
 良くても笑いだすくらいだ。
 ロリっ子美少女には刺激が強すぎるだろう。

「ふん。ボクだって持ってるよ」

 ぼよんぼよん。
 メロンが揺れた。

「もう一度言うよ。ボクと世界を救って」

「ダメだ、こりゃ」

 ルキウスは呆れるしかなかった。
 しかし、この邂逅こそが全ての始まりだった。
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