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第4章 富国弱兵
第4章 富国弱兵~9 ああっ!かみよっ!
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9 ああっ!かみよっ!
沙那は時間があるとあちこちを歩き回る。
初めて見るモノや聞いたことのないモノ、色んな発見があるからだ。
彼女のいた世界や時代にもあることはあったが既に使われなくなって、今では用途が不明のものなんかもある。
最初に不思議に思ったのは道路かも知れない。
どことなくヨーロッパちっくな風景だから、道路は石畳が普通なのかと思っていた。
ところが石畳の道なんて、かなり発展した大きな街のメインストリートぐらいしかなかった。
多くは土を踏み固めただけのもので、雨が降れば泥だらけになる。
大きな主要街道は石畳舗装がされているが、だいたいが町や村からは離れている。
町に出入りから主要街道へは、やはり土の道しかない。
ごくごく稀に砂利を撒いた道もあるのだが、沙那がイメージするヨーロッパ的な世界とはだいぶ違った。
元が湿地帯で縦横に水路が繋がっているアレキサンダー領内だけかと思えば、荷物の流通は河川や運河を使っていることが多い。
沙那の想像では荷馬車でゴトゴト運ぶと思っていたものが、船や艀で運ばれて行くのをよく見た。
そして、帆も何もついていない船が多いけど、どうやって動かすのだろう?と思ってもいた。
男爵邸から運河や川を毎日眺めているとその理由が分かった。
馬や牛などで曳いていくのだ。
河川はもとより水路になっているところには並行して道が作られている。
そこを動物が歩き、ロープで船や艀を曳いていくのだ。
見るからに遅い。
遅いが大きなものや重量物、大量のものを運ぶときは便利なのだった。
水面に浮かんでいる船などは一旦動かし始めると、それほど大きな力でなくても動かせるからだ。
強力な機械での陸上輸送が可能な世界にいた沙那には驚きだった。
鉄道も自動車もないということが、こう働くのかと。
水上だと、馬が何頭も必要な馬車でやっと運べる量の荷物が、船なら1頭で運べてしまう。
沙那のいた世界の歴史でイギリスやスペインや……その他の国が大発展したのは海洋国家だったからだと思い知った。
社会の授業では何故海がそこまで重要なのか、どれほど説明されても判らなかったが……目にすると理解できる。
物流の規模が大きいことは、そのまま経済的な発展と豊かさに直結するのだ。
だから、沙那が毎朝のように眺める運河や川には並行した道路が必ず2つある。
最も水際のちょっと細い道路は船や艀を曳く牛馬の歩く道なのだった。
もう一つは人間が主に使う道で、こちらは少し広い。
そういえば、小学生の頃に家族で海外旅行に行ったことがあるが、なるほど、同じように作られた道がある場所をしばしば見た。
有名観光地の建物ばかり見てると気が付かなかっただろう。
当時、子供だったからこそ見えたのかもしれない。
それをこうして再確認している自分が、なんとなく滑稽な気がした。
、散歩に出て運河の傍に行けば、沢山の荷物を積んだ小舟を曳いていく牛とその手綱を持った麦わら帽子を被ったおじさんが歩いていく。
田舎のせいか、彼らにとってエルフとして認識される沙那を見ても驚いたりはしない。
笑顔で挨拶してきたりもする。
干し柿をくれるおばあちゃんなんかもいた。
とにかく、時間がゆっくり進んでいる感じがした。
その沙那の周囲、というか後ろをトテトテ続くのは親衛ぺんぎん隊である。
見るからに怪しい人形なのだが、変わり者の領主がまた何か始めたのだろうと不思議に思われないようだった。
「きゅーきゅーきゅー」
もはや沙那の傍に当たり前のようにいるぺんぎん人形だったが、これがまた不思議な形をしている。
クローリーは沙那から聞いた話から、漠然としたぺんぎんを想像して作った。
沙那の落書きのような絵が原型だけにリアルさがない。
見た目ならコウテイペンギンである。
かわいい。
しかし、これが実在したら不思議生物である。
手があるのだ。
ちゃんと鰭もある。
こちらが本来のぺんぎんにとって人間の腕なのだが、何故か両方あるのだ。
もちろん様々な作業にができるようにというクローリーの計らいだったが、不思議生物に間違いはない。
鰭をぱたぱたと犬の尻尾のように振りながら、手には各々の獲物たる武器が握られている。
もっとも玩具に毛の生えたようなモノでしかないが、無礼者を追い払えればそれで十分なのだった。
時折、沙那はぺんぎんたちにおやつを与える。
小魚のすり身入りのビスケットである。
これは沙那の手作りだった。
特別家庭的というわけでもないが、そのくらいはできる。
というよりもペットの世話をしているみたいで楽しいのかも知れない。
からからからと軽やかな音を立てて2頭立ての馬車がゆったりと傍を走ってきた。
沙那の姿を見つけると、ヒンカが声をかけた。
「お。沙那ではないか。お主の待ち望んでたものがいよいよ出来て来たのじゃ」
ヒンカが御者台で立ち上がった。
馬車は平台の荷馬車で山のように積まれた荷物を包むように布が掛けられていた。
「待ち望んでたものー?」
「うむ。これじゃ」
ヒンカは懐から畳んだものを取り出して、沙那に渡す。
受け取って首を捻りながら広げてみた沙那は眉を顰めた。
「茶色い紙ー?」
沙那が見たものは茶色というよりも黒ずんだ紙だった。
少しごわごわしているが、硬さはない。
むしろ柔らかい。
ヒンカが始めたものの一つに紙工房があった。
帝国では貴重品の紙も絹の国ではごく普通の雑貨として流通していた。
長く絹の国の文化圏にいたヒンカにとっては当たり前のものだった分、手に入らないことに大いに不満だった。
そこで職人を呼び寄せて工房を作って紙の生産を始めていた。
すでに公文書に用い始めたほか、学校にも教材として利用し始めたところだ。
とはいえ、納屋の一つを改築した製紙工房ではそれほど多くの量を供給できてはいなかった。
それでも消費の方が追い付いていない。
なにより文字の読み書きができる人間が少なすぎるのだ。
沙那もなんどもアレキサンダー領製の紙を手にはしていたが、もっと白かったしもっと厚みがあった。
文字を書きやすいように表面を滑らかにもしてあった。
それが今、手の中にあるものにはない。
「藁半紙……?」
強いて言えばそれが近かった。
沙那が元いた世界でもめったに見ないタイプのものだ。
ごくごくたまに地域の回覧板で使われることがあるという程度のものだ。
「少し近いが……違うんじゃ」
「何に使うのー?」
「おとし紙じゃ」
「おとし……なにそれー?」
昭和の時代から来た賢者ならすぐに分かったかもしれない。
沙那がそれを見かけることはほとんどなかったろう。
「トイレットペーパーじゃ。まあ、ティッシュペーパーとかにも使うことになるはずじゃ」
「えー?」
「学校で使用した古紙を再生したものじゃ。だから黒ずんどるんじゃ」
「っということはー……海綿からサヨナラだーっ!」
沙那は歓喜した。
この世界で最も困ったことの一つが解消されそうだった。
シャワートイ……代わりの小さな噴水をトイレに設置することはできた。
少々手間がかかって面倒ではあったが、あるとないとでは大違いだった。
それとトイレットぺーパーが組み合わされば完璧だ。
もちろん彼女たちが知る柔らかいトイレットペーパーとはかなり異なるものだったが、使用目的は達成できる。
ヒンカの国では紙質が固めだったので、これでも十分なのだ。
沙那にとっては多少不満はあるだろうが将来的に改善していくことはできるだろう。
「ヒンカちゃんすごーいっ!」
「じゃろー?」
火薬よりなにより、彼女たちにとっては生活の質の改善の方が優先だった。
それにティッシュペーパーになるものができたのは大きい。
また、ヒンカにとって紙は別な意味もあった。
紙は自力更生できず、購入しなくてはならないものだからだ。
もっとも儲ける必要ない。
目的はお金の必要性を高めることで、アレキサンダー領内に貨幣経済を広めることだったからだ。
教育の向上と合わせて貨幣経済を徹底させることは、そのさらに先にある経済計画のために必要だった。
生活の質の向上は住民の欲を刺激する。
* * *
それから程なくして。
他領から訪れた商人は驚いた。
アレキサンダー領の農民が、紙で鼻を拭いて捨てたことに。
繰り返すが帝国内では紙は貴重品である。
商人は理解できずに、なんと……その鼻を拭いた紙を拾って帰った。
不思議で仕方なかったのだった。
さらにその後、確約で販売されていたアレキサンダー紙は帝国各地に広まった。
クローリーはもとより、ヒンカも想像していなかった事態に、製紙工房を拡張することになった。
『車輪屋石鹸』と並んで『車輪屋ちり紙』はアレキサンダー領を代表する輸出品になった。
トレードマークは車輪とぺんぎん。
郵便業で始まった車輪屋はなんと総合物流業として発展していくことになる。
沙那は時間があるとあちこちを歩き回る。
初めて見るモノや聞いたことのないモノ、色んな発見があるからだ。
彼女のいた世界や時代にもあることはあったが既に使われなくなって、今では用途が不明のものなんかもある。
最初に不思議に思ったのは道路かも知れない。
どことなくヨーロッパちっくな風景だから、道路は石畳が普通なのかと思っていた。
ところが石畳の道なんて、かなり発展した大きな街のメインストリートぐらいしかなかった。
多くは土を踏み固めただけのもので、雨が降れば泥だらけになる。
大きな主要街道は石畳舗装がされているが、だいたいが町や村からは離れている。
町に出入りから主要街道へは、やはり土の道しかない。
ごくごく稀に砂利を撒いた道もあるのだが、沙那がイメージするヨーロッパ的な世界とはだいぶ違った。
元が湿地帯で縦横に水路が繋がっているアレキサンダー領内だけかと思えば、荷物の流通は河川や運河を使っていることが多い。
沙那の想像では荷馬車でゴトゴト運ぶと思っていたものが、船や艀で運ばれて行くのをよく見た。
そして、帆も何もついていない船が多いけど、どうやって動かすのだろう?と思ってもいた。
男爵邸から運河や川を毎日眺めているとその理由が分かった。
馬や牛などで曳いていくのだ。
河川はもとより水路になっているところには並行して道が作られている。
そこを動物が歩き、ロープで船や艀を曳いていくのだ。
見るからに遅い。
遅いが大きなものや重量物、大量のものを運ぶときは便利なのだった。
水面に浮かんでいる船などは一旦動かし始めると、それほど大きな力でなくても動かせるからだ。
強力な機械での陸上輸送が可能な世界にいた沙那には驚きだった。
鉄道も自動車もないということが、こう働くのかと。
水上だと、馬が何頭も必要な馬車でやっと運べる量の荷物が、船なら1頭で運べてしまう。
沙那のいた世界の歴史でイギリスやスペインや……その他の国が大発展したのは海洋国家だったからだと思い知った。
社会の授業では何故海がそこまで重要なのか、どれほど説明されても判らなかったが……目にすると理解できる。
物流の規模が大きいことは、そのまま経済的な発展と豊かさに直結するのだ。
だから、沙那が毎朝のように眺める運河や川には並行した道路が必ず2つある。
最も水際のちょっと細い道路は船や艀を曳く牛馬の歩く道なのだった。
もう一つは人間が主に使う道で、こちらは少し広い。
そういえば、小学生の頃に家族で海外旅行に行ったことがあるが、なるほど、同じように作られた道がある場所をしばしば見た。
有名観光地の建物ばかり見てると気が付かなかっただろう。
当時、子供だったからこそ見えたのかもしれない。
それをこうして再確認している自分が、なんとなく滑稽な気がした。
、散歩に出て運河の傍に行けば、沢山の荷物を積んだ小舟を曳いていく牛とその手綱を持った麦わら帽子を被ったおじさんが歩いていく。
田舎のせいか、彼らにとってエルフとして認識される沙那を見ても驚いたりはしない。
笑顔で挨拶してきたりもする。
干し柿をくれるおばあちゃんなんかもいた。
とにかく、時間がゆっくり進んでいる感じがした。
その沙那の周囲、というか後ろをトテトテ続くのは親衛ぺんぎん隊である。
見るからに怪しい人形なのだが、変わり者の領主がまた何か始めたのだろうと不思議に思われないようだった。
「きゅーきゅーきゅー」
もはや沙那の傍に当たり前のようにいるぺんぎん人形だったが、これがまた不思議な形をしている。
クローリーは沙那から聞いた話から、漠然としたぺんぎんを想像して作った。
沙那の落書きのような絵が原型だけにリアルさがない。
見た目ならコウテイペンギンである。
かわいい。
しかし、これが実在したら不思議生物である。
手があるのだ。
ちゃんと鰭もある。
こちらが本来のぺんぎんにとって人間の腕なのだが、何故か両方あるのだ。
もちろん様々な作業にができるようにというクローリーの計らいだったが、不思議生物に間違いはない。
鰭をぱたぱたと犬の尻尾のように振りながら、手には各々の獲物たる武器が握られている。
もっとも玩具に毛の生えたようなモノでしかないが、無礼者を追い払えればそれで十分なのだった。
時折、沙那はぺんぎんたちにおやつを与える。
小魚のすり身入りのビスケットである。
これは沙那の手作りだった。
特別家庭的というわけでもないが、そのくらいはできる。
というよりもペットの世話をしているみたいで楽しいのかも知れない。
からからからと軽やかな音を立てて2頭立ての馬車がゆったりと傍を走ってきた。
沙那の姿を見つけると、ヒンカが声をかけた。
「お。沙那ではないか。お主の待ち望んでたものがいよいよ出来て来たのじゃ」
ヒンカが御者台で立ち上がった。
馬車は平台の荷馬車で山のように積まれた荷物を包むように布が掛けられていた。
「待ち望んでたものー?」
「うむ。これじゃ」
ヒンカは懐から畳んだものを取り出して、沙那に渡す。
受け取って首を捻りながら広げてみた沙那は眉を顰めた。
「茶色い紙ー?」
沙那が見たものは茶色というよりも黒ずんだ紙だった。
少しごわごわしているが、硬さはない。
むしろ柔らかい。
ヒンカが始めたものの一つに紙工房があった。
帝国では貴重品の紙も絹の国ではごく普通の雑貨として流通していた。
長く絹の国の文化圏にいたヒンカにとっては当たり前のものだった分、手に入らないことに大いに不満だった。
そこで職人を呼び寄せて工房を作って紙の生産を始めていた。
すでに公文書に用い始めたほか、学校にも教材として利用し始めたところだ。
とはいえ、納屋の一つを改築した製紙工房ではそれほど多くの量を供給できてはいなかった。
それでも消費の方が追い付いていない。
なにより文字の読み書きができる人間が少なすぎるのだ。
沙那もなんどもアレキサンダー領製の紙を手にはしていたが、もっと白かったしもっと厚みがあった。
文字を書きやすいように表面を滑らかにもしてあった。
それが今、手の中にあるものにはない。
「藁半紙……?」
強いて言えばそれが近かった。
沙那が元いた世界でもめったに見ないタイプのものだ。
ごくごくたまに地域の回覧板で使われることがあるという程度のものだ。
「少し近いが……違うんじゃ」
「何に使うのー?」
「おとし紙じゃ」
「おとし……なにそれー?」
昭和の時代から来た賢者ならすぐに分かったかもしれない。
沙那がそれを見かけることはほとんどなかったろう。
「トイレットペーパーじゃ。まあ、ティッシュペーパーとかにも使うことになるはずじゃ」
「えー?」
「学校で使用した古紙を再生したものじゃ。だから黒ずんどるんじゃ」
「っということはー……海綿からサヨナラだーっ!」
沙那は歓喜した。
この世界で最も困ったことの一つが解消されそうだった。
シャワートイ……代わりの小さな噴水をトイレに設置することはできた。
少々手間がかかって面倒ではあったが、あるとないとでは大違いだった。
それとトイレットぺーパーが組み合わされば完璧だ。
もちろん彼女たちが知る柔らかいトイレットペーパーとはかなり異なるものだったが、使用目的は達成できる。
ヒンカの国では紙質が固めだったので、これでも十分なのだ。
沙那にとっては多少不満はあるだろうが将来的に改善していくことはできるだろう。
「ヒンカちゃんすごーいっ!」
「じゃろー?」
火薬よりなにより、彼女たちにとっては生活の質の改善の方が優先だった。
それにティッシュペーパーになるものができたのは大きい。
また、ヒンカにとって紙は別な意味もあった。
紙は自力更生できず、購入しなくてはならないものだからだ。
もっとも儲ける必要ない。
目的はお金の必要性を高めることで、アレキサンダー領内に貨幣経済を広めることだったからだ。
教育の向上と合わせて貨幣経済を徹底させることは、そのさらに先にある経済計画のために必要だった。
生活の質の向上は住民の欲を刺激する。
* * *
それから程なくして。
他領から訪れた商人は驚いた。
アレキサンダー領の農民が、紙で鼻を拭いて捨てたことに。
繰り返すが帝国内では紙は貴重品である。
商人は理解できずに、なんと……その鼻を拭いた紙を拾って帰った。
不思議で仕方なかったのだった。
さらにその後、確約で販売されていたアレキサンダー紙は帝国各地に広まった。
クローリーはもとより、ヒンカも想像していなかった事態に、製紙工房を拡張することになった。
『車輪屋石鹸』と並んで『車輪屋ちり紙』はアレキサンダー領を代表する輸出品になった。
トレードマークは車輪とぺんぎん。
郵便業で始まった車輪屋はなんと総合物流業として発展していくことになる。
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