上 下
23 / 131
第2章

第2章 多島海 11

しおりを挟む
11 妖精、ゲットだぜー!

「ねー!クロちゃーん!」
 上から沙那が手をぶんぶん振っている。
 あんなに動くともう色々はみ出たりみえたりしかねない勢いだ。
 体はともかく精神的にはまだまだ子供の部分が残っているのだろう。
「妖精さん、連れてって良いー?」
「連れて行くって……すっぽんぽんなんスよね?」
 クローリーが上を向いて答えた。
 微妙に首を動かしてみたが、見たい部分は見えなかった。
「それ、オレが変態趣味で女の子を裸にして連れ歩いてるように見えないっスかねえ?」
「んー?何か着せてみるとかー?」
「着せたら見たいところが見られな……じゃない。そんなんで良いんスかねえ。どのくらいのサイズか分かるっスか?さにゃと同じくらい?」
 もちろんクローリーには判らない。
 妖精は千差万別で大きさも何もかもバラバラだ。
 彼自身妖精召喚を行ったことはあるので余計に判断に困る。
「大丈夫かもねぇ。あたしにも見えないから。さにゃちゃんには見えるみたいだけどぉ」
 マリエッラも首から上を出す。
「お。お。マリねーさん!もうちょっと立ってくれないっスか?できたら膝から上が見えるくらいに……って、痛ぇっス」
 後頭部をシュラハトに引っ叩かれたのだ。
「ん。んー?妖精さんって姿消したり、小さくなったりとかできないのー?」
 沙那は首を傾げた。
「よくそーいうご都合主義なのってあるでしょー?」
「……小さくはなれる」
 温泉の妖精が静かに答えた。
「できるの!?」
「……はい」
 そう言うとみるみる小さくなる。
「これくらい?」
 妖精は沙那の掌ほどの大きさになる。
「お。おおー!?すごい!」
「……いつもは遊ぶお友達に近い大きさにしてたから」 
「へー!へー!便利だねーっ!」
 沙那は妖精を摘まんで自分の頭の上に乗せる。
「これだとクロちゃんが覗こうとしてもボクの髪の毛の中に隠れられるね」
「……別に隠れるつもりは」
「だめっ。クロちゃんはあれでかなりえっちだから」
「ちょ!?なんか風評被害っス」
 下からクローリーが抗議した。
「あたしには、そもそも最初から見えないけどねえ」
 マリエッタには沙那が独り言を呟きながらパントマイムをしてるようにしか見えない。
「そーいえば、妖精さんは何ができるのー?」
 沙那は当然なにも考えていなかった。
 なんか可愛いペットができたくらいの感覚だ。
「……泉を作れる。水が出せる。おわり」
「おー!?水ー!?……温泉なのに水だけー?」
「……お湯も出せる」
「どのくらい?」
「……この辺りにあるくらいなら」
「よしっ!」
 沙那はぐっと握り拳を作った。
「無限お風呂ゲット!」
「……いえ。あの。勝手に連れて行かないで欲しいんですが」
「ここにいても見えたり見えなかったりするよりはー、見えてお話しできるボクと一緒の方が楽しいよ?きっと」
 沙那はにんまりとほほ笑んだ。
 


「ふん……」
 テリリンカの代官テイルは小さな紙きれを握り潰した。
 帝国内では貴重品な紙であったが、絹の国シリカとの交易のあるこの地ではわりと一般的だ。
 簡単な手紙にも気楽に使うことができる環境にある。
「そこそこ高く売れた、らしいですね」
 テイルが握りつぶした紙には短いが取引の売り上げのことも書いてあった。です
「帝国の御仁は未だに香辛料が元手の安いものだとはご存じないようで。そもそも産地がどこかすら分かっていないようだが」
 テイルはくるりと振り向いた。
 痩せ型で背は高い。二枚目だが、どこか昆虫を思わせるような雰囲気を持つ。
 鋭く蛇にも似た眼差しで、足元に転がった人物を見下ろす。
 鉄枷を付けられ床に這いつくばるような姿勢をとっていたのは若い女性だ。
 肩ほどまで伸びたショートボブの銀髪の少し逞しい体躯で、鉄枷の鎖の音を鳴らしてテイルを睨み上げた。
「テイル……何を企んでいる?」
「企む?まさか。私は潮目を見るのと同じで、時流を見ているに過ぎない」
 テイルの目は蔑みの色である。
「テリラ、あなたやテリューは十分に強力な力を持ちながら、海路の安定で僅かばかりの報酬を得ることで満足している。愚かだと思いませんか?」
「どこがだ!?」
「3つの大国の間を繋ぐ海路を実質的に支配している状態で、更なる高みを目指さないところがですよ」
 テイルはテリラの足を先の尖った靴の爪先で突いた。
「私なら海の王を目指しますね。陸地の覇者たちも手を出すのが難しいこの地で、第4の大国として海洋帝国を作るのですよ」
「……ばかばかしい」
 テリラがテイルの靴に唾を吐いた。
「産地では大した価値もない香辛料を、それまでの半値で譲ると言っただけで……このように帝国の貴族どもが靡いてくるのですよ」
 先ほど握り潰した紙を蝋燭の火にかける。
「彼の貴族は帝国内で香辛料を売り捌き暴利を得て、こちらも利益を得つつ大陸への足掛かりを得る。もっとも今までやっていたこととそう変わりはありませんが」
 テイルはテリラの腹を蹴った。
 鈍い音がして、テリラが体を折る。
「陸の覇権国家では海を越えての侵略は難しい。ですが、海洋覇権国家が足場を得たらどうなるでしょうか?」
 実のところ、交易は陸上よりも海上の方が遥かに利益は大きい。
 馬車と船では労力に対して輸送力が桁違いのだ。
 多くの歴史で海上覇権国家がもっと裕福で最も強力であることが多いのはその為だった。
「エムレイン伯爵イストですか。なかなかの策略家のようですが所詮は陸を這いずるだけの存在。こちらに便宜を図ることで共存共栄と……そう巧言令色ぶりを発揮していますが、得られる富はこちらの方が多いのですよ。あちらは知らないようですが」
 蝋燭の炎に焼かれるエムレイン伯爵の蝋印を見つめながら、テイルは笑った。
「戦争も覇権も、力とは金と情報。その両方を握るテリリンカが世界を制して何が悪いのでしょう」
「大層な演説だ……」
「内部分裂で纏まりのない帝国と、豊かさに溺れて拡大する意志の少ない絹の国シリカ。両方に挟まれて海に全力を注げない砂の国アルサ。そこに付け入る隙があるとは思いませんか?第4の勢力です」
 テイルは野心家だった。
 海の民の首領であるテリューの一族に生まれ相応の地位を得た。
 後継者にテリラが選ばれても当初はあるがままに受け入れた。
 海路の安定を目指す海の民としての能力も十分にあった。
 それが変貌したのは、帝国貴族エムレイン伯爵家のイストから使いが来た時からだった。
 帝国内部にいる野心家、しかも自家の支配を見据えての行動。
 多方面に働きかけていることはすぐに判明した。
 テイルはそれに乗る振りをしながら、自分の野望を育ててきた。
 戦乱が来ると睨んだのだ。
 この機に海の民の勢力を拡大して、国際的なキャスティングボードを握るチャンスなのだった。
 しかし、テリラはそれを望まずにテリュー以来の共存共栄の姿勢を崩さなかった。
 だからこそ口惜しく、そして反乱を起こした。
 テリラを軟禁して実権を握ったのだ。
 テイルはテリリンカの事実上の支配者になると、まずは交易路の封鎖にかかった。
 将来的にはともかくも、ここで短期的に財力を掻き集め戦乱に備えるのだ。
 テリリンカを封鎖することによって帝国領内への交易を制限して富を独占し、交易路をテリリンカとエムレイン伯爵領に絞る。
 イストにはエムレイン家に交易を優先するように見せながらも、その実は上前の多くをテリリンカに吸収する。
 香辛料という金のなる木があるからこその方法だった。
 テリリンカを利用しようと暗躍するイストを逆手にとって主導権を奪うのがテイルの目的だったのだ。
「さあて。どのように乱れますかね。策士策に溺れると言いますから」
 テイルは顔も知らないイストのことを思い浮かべた。
 ただ、彼は気が付いていなかったのだが、実は彼のやり方は帝国などと同じ収奪と搾取の延長線上にしかなかった。


「ぷっはーっ!」
 温泉から出て着替えた沙那は腰に手を当てたジャパニーズスタイルで冷水を一気に飲み干した。
「ほんとはフルーツ牛乳かコーヒー牛乳が欲しいところだけどー。でも、このお水冷たくて美味しいね」
 全員温泉から上がって元の服に着替えていた。
 何枚も着替えを用意するほどの余裕はないのだ。
 沙那にはそれが気に入らないのだが、そろそろこの生活にも慣れ始めている。
「そりゃ、山から引いてる湧き水だからさ。山水は夏は冷たく、冬は暖かい」
 椅子に座ったシュラハトが答える。
「ふうん」
「それで、妖精を連れて来たって……ホントみたいっスな」
 タオルを頭に被ったクローリーが訊いた。
 妖精召喚魔法も学んだ彼には妖精の姿が見える。
「でも……小さすぎて肝心なところが見えないっス……」
「しょんぼりしない」
 マリエッラが微笑んだ。
「温泉の妖精か。この辺りはどこにでもいるのか」
 シュラハトは見えないながらも沙那の頭のあたりに視線を向ける。
「さー?でも、さっきいろいろお話してみたら、あちこちの島を回ってるんだってー」
「ほう……」
「人が多く集まるところが好きなんだってー」
「……なんだそりゃ」
 シュラハトは肩を竦めた。 
「ま、妖精ってのは気まぐれっスからなー」
「気まぐれっていうよりー変っていうかなんていうかー」
 沙那が指先で妖精を突く。
「なんだっけ。イズミちゃんだっけ」
「なんスかそれは?」
「名前―。なんかお友達がそう呼んでたんだってー」
「お友達っスか」
 シュラハトは懐かしいものを見る目で沙那を見た。
 何年か前……彼には遥か昔にも感じられたが、命を分けてくれた少女アユも同じ名で精霊を呼んでたことを思い出したのだ。
「いっぱい人がいるところが好きらしいんだけどー、なんか最近人が少なくなってるんだってー。なら、クロちゃんちに連れてくればお風呂問題解決で!人もいっぱい集まりそうでしょー?」
 それはどうだろうか?とシュラハトは思ったが口にはしなかった。
 異世界召喚者ワタリである沙那だからこそ、見て感じることができるのか。
 アユも異世界召喚者ワタリであるテリューの因子を持っていたからか。
 シュラハトには判断できなかったが、彼がアユから受けたのと同様にマリエッラから命を分けてもらった沙那に僅かながらシンパシーを感じた。
「それ、ようせ……イズミさんは了承したんスか?」
 クローリーが不思議そうに首を回した。
 彼の知る妖精というものは気まぐれで不可思議だ。
「え?もちろん!無!理!矢!理!」
 沙那が満面の笑みで胸を張った。
「だいじょーぶ!いけるって!お風呂とシャワーのためにっ!」
「無茶苦茶っスな……妖精より酷いっスなあ」
 クローリーは呆れ切った目で沙那を見る。
「なあ?俺にも妖精は見えねえんだが……」
 冷水の入ったカップ片手にリンザットが口を挟む。
「人が多く集まるところが好きであちこちを飛びまわってるっていうんなら、ここから離れたりするかな?」
「んー?なんか、ここのところ温泉に来る人が少ないんだってー」
「少ない?……そういや客がいつもほど多くねえな。というか俺たちしかいないな?」
 リンザットが周りを見回した。
 そういえば入港してる船も少なかった。
 全体的に町が閑散としていた。
「ということでー妖精さんゲットー!」
 沙那がガッツポーズした。
 まるでカミナリネズミを捕まえたような感じだ。
「……ゲット違う」
 温泉の妖精イズミが沙那にしか聞こえない声で抗議した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯
ファンタジー
 VRMMO『無題』をプレイしていた雪乃の前に表示された謎の選択肢、『この世界から出る』か『魔王になる』。  魔王を拒否して『この世界から出る』を選択した雪乃は、魔物である樹人の姿で異世界へと放り出されてしまう。  人間に見つかれば討伐されてしまう状況でありながら、薬草コンプリートを目指して旅に出る雪乃。  自由気ままなマンドラゴラ達や規格外なおっさん魔法使いに助けられ、振り回されながら、小さな樹人は魔王化を回避して薬草を集めることができるのか?!    天然樹人少女と暴走魔法使いが巻き起こす、ほのぼの珍道中の物語。 ※なろうさんにも掲載しています。

処理中です...